急増するコレクター、若手作家の値段の高騰。「狂騒」に陥いるアートマーケットを2人のトップアドバイザーが語る
今年のアート・バーゼルは、株安、原油高、インフレ懸念など、経済危機の予兆を感じさせるような環境で開催された。しかし、VIPプレビューでの売れ行きは好調で、フェアは活気に満ちていたという。そのアート・バーゼルが始まる直前に、ARTnewsはアートアドバイザーのベテラン、アラン・シュワルツマンとフィリップ・ホフマンにインタビューを行い、最近のアートマーケットのいびつさや、新しいコレクターの傾向などについて聞いた。
アートアドバイザーのシュワルツマンはシュワルツマン&アソシエイツの創設者。ホフマンはファインアートグループの創設者だ。
2020年に設立されたシュワルツマン&アソシエイツは、多角的なアドバイザリー事業を行っている。以前シュワルツマンは、元オークションハウス幹部のエイミー・カペッラッツォと投資銀行家のアダム・チンとのパートナーシップでAAPという企業を運営していたが、サザビーズが同社を8500万ドルで買収したのち独立した。
一方、ロンドンを拠点とし、20年の歴史があるファインアートグループは、アート投資ビジネスを行う先駆的企業として創業。その後、アドバイザリー分野へと拡大し、近年ではアートファイナンス業務も展開している。
この3月、ホフマンとシュワルツマンは両社の業務で広範な協力関係を締結すると発表している。そんな2人に、数々のアート作品に彩られたシュワルツマンのニューヨークオフィスで話を聞いた。
──まずは、アートマーケットがどんな状況にあるのか伺いたいと思います。世界は今、株式市場や暗号通貨の暴落、ウクライナ戦争や米議事堂襲撃事件に関する公聴会、また物価高騰や景気後退など、信じられないほどの激動の中にあります。あるギャラリー経営者によると、今秋に起こり得る経済危機を見越して、アートディーラーには委託されている作品を全部売り尽くそうという動きもあるそうです。
シュワルツマン:世界的にあらゆる面で大変動が起きている。そんな中でアートマーケットが、特に若手アーティストの市場がめちゃくちゃな状態になっているのは、ある意味当然でしょう。
もちろん、市場について1つの視点だけで話すのは難しい。有名アーティストの市場もあれば、新進アーティストの市場もあるし、オークションについても考慮する必要があります。業界ではオークションのこと以外には耳を傾けない傾向があるけれど、アートマーケットでオークションの占める割合は10%程度でしかないことを忘れているんじゃないでしょうか。
5月のオークションを見ると、高価格帯の市場では、各アーティストの評価の高い作品への需要は旺盛でした。一方で、同じ作家であっても、中間的な価格帯の作品については、いくら値を下げても売れないという状況になってきています。最高の作品だけを集めようという資金と眼識を持った人が増えたんですね。彼らの興味はそこにしかない。だから、そのレベルでの取引は活発です。
高価格帯の作品、特にパブリックオークションで買取保証がある作品は、既にある価格水準から相当な交渉が行われています。そして、オークションハウス間の作品の奪い合いや、第三者保証の保証人候補の審査などを経る中で、価格はひたすら上昇する。つまり、パブリックオークションが開催される時点で、その作品の価格は既に最大値にまで引き上がっていると言えます。
過去何年もの間、我われがハイエンドのオークションから学んだのは、ほとんどの参加者は十分な情報を得た上でオークションに臨んでいるということ。予想価格などはもはや関係ありません。自分が何に対して購入を決断するか明確な基準を持っているので、勢いに流されることはないんです。
アート・バーゼルの会場風景(2022) Courtesy Art Basel
── 若手・新進アーティストの価格が高騰している点についてはどう考えていますか?
シュワルツマン:ここ数年、コロナ禍や美術館の変革、現代アート界で注目されるものの変化が起きているけれど、ほぼ同じ時期にとても魅力的な若手アーティストが数多く台頭してきましたね。
5年前、新進アーティストの市場デビュー時の作品は4000〜8000ドルといった価格帯で、買い手の側には自分の趣味嗜好に沿って新しい作家を探し、より幅広い作品と出会いたいという気運があったんです。
そしてこの2年、ロックダウンで自宅から出られない状態が続いたので、コレクターが作品を探す時間も使える資金も格段に増えました。実際、富裕層の多くはこの間に資産を増やしているんです。その結果として、新進アーティストの市場が拡大しました。ただ、需要が供給量をはるかに超えてしまったことで、市場は大きく混乱しています。実際、富裕層コレクターの数も増えています。
ギャラリーのほうも、新作を求めるコレクターが多すぎるので、誰に優先的に売るかという従来の考え方が歪められてきているんです。様々な要因はあるけれど、主にこうした需要の急増で再販が活発化しています。たとえば、ある年に7万5000ドルで販売された作品が、半年後のオークションでは80万ドル、2年後は300万ドルというようにね。こんなことは今までなかった。それに、価格がこれくらいの水準に達したアーティストの数も爆発的に増えているんです。
──フィリップスのデイセールでは、予想価格1万ドルのものが実際には40万ドルで売れたりしますよね。
シュワルツマン:買っているのが本気のコレクターだからじゃないでしょうか。ただ、ここで対象になっているのは資産レベルが10万ドル、300万ドルといった人たちです。こうした新しい買い手の目当ては投機じゃない。彼らは自分の欲しいものがはっきりしているし、欲しいものはすぐ手に入れて満足するという行動パターンなんです。
ホフマン:それは、たとえば誰かと同じアーティストの作品を所有している人がいたとして、その人が突然「自分は3万ドルで買ったけれど、もしかすると140万ドルで売れるのでは」と思うことがよくあるという意味? でも、オークション会社は、同じ作品を短いスパンでオークションにかけることには消極的。そうした動きをフォローしきれないと考えているからね。
シュワルツマン:確かに、あるアーティストの作品価格が0から1000ドル、あるいは0から400万ドルに変化するような時には、常にこうした問題が生じるね。80年代後半から目につくようになったのは、こんなパターン。あるアーティストへの需要が急拡大した時にプライマリーマーケット(*1)で買えなかったというコレクターがいて、そうした状況でそのアーティストの作品がオークションに出ると、プライマリーマーケット価格の20倍にもなるような高騰が起きる。そうすると、1つか2つの作品は高値のまま売れるが、その後セカンダリーマーケット(*2)での価格は下落していく。なぜなら自分の欲求を満たすために最前線で入札合戦を繰り広げていたコレクターの目的はもう達成されてしまっているから。つまり、そのアーティストの価格はいったん高い水準に引き上げられるが、その後はより幅広い買い手に手の届く価格へと下がっていくということ。作品の供給をうまく管理しなきゃいけないのは、ディーラーやオークション会社が直面している大きな課題だろうね。
*1 アーティストがギャラリーやアートフェアなどで最新作を発表・売買すること。またその市場。
ホフマン:だから、今は全ディーラーが5年間の再販禁止条項を設けているわけだね。
──でも、強制はできないですよね。
ホフマン:強制力はないが、ギャラリーは再販禁止条項を念押しするし、作品を売りたいと考える顧客には圧力をかけています。しかし、購入した作品を再販する人は確かにいる。もちろんギャラリーにとっては面白くないことだけれど、自分なりのコレクションを構築しようとしている顧客に「再販は不可です」と命令することはできない。結局は買い手次第なんですよ。買い手がそのつもりはないと言っていても、経済状況が変化することだってある。ギャラリー側も、「もしウチのギャラリーから他に何か買いたいなら、手放したい作品はウチのギャラリーを通じて売ってくださいよ」と暗に伝えるものです。作品がオークションに流れないようにするためにね。
シュワルツマン:有望な若手アーティストの初個展が始まる前に、作品が完売しているという状況は数え切れないほどあります。その貪欲さと情報の速さには驚きますよ。そうなると、アートフェアに、そうした有望アーティストの作品が出品される可能性はほとんどありません。
アクアベッラ・ギャラリーのブースに展示されたフランシス・ベーコンの作品 Courtesy Art Basel
──ホフマンさんにお聞きします。最近のビジネスで起きたこと、たとえばオークションなどは今どんな状況にあると思いますか?
ホフマン:変だなと思うのは、株式市場が混乱していたことです。インフレが進んでいて誰もがそれを心配している。一方で我われがアート・バーゼル用に用意した数百万ドルレベル作品の1つが、プリセールス(先行販売)で高値で売れたという報告をさっきスタッフから聞いたばかりです。
顧客はインフレをとても警戒しています。これから何が起きるのか、銀行や株式市場以外に資産を移すべきかなど、あらゆる可能性を考えているでしょう。おそらくですが、彼らの4分の1程度は一流美術品の購入を検討していると思いますよ。作品を楽しみ、同時にそこから利益を得ることもできるとね。そして、アランや私のようなアドバイザーがいるなら、正しい判断を下すことができるだろうと踏んでいる。だから購入意欲が旺盛なんです。
オークションでも我われの顧客は積極的です。予想価格の2倍から3倍の金額を支払う必要があるかもしれないと伝えた場合でもね。一流の作品を購入したいという意欲があるんですよ。アート・バーゼルでは、高額作品の動きが非常に活発になることが予想されます。そうした作品は遅くても24時間以内には売れてしまうでしょう。ヨーロッパには米国人コレクターに知られていないディーラーもあります。彼らは「いい作品がある」とアピールしなければならない。一方、オークション会社は世界的なネットワークを通じて各地で作品を売ることができる。しかし、ギャラリーや一部の小規模ディーラーは、そういうやり方はできないのが現状です。
シュワルツマン:各アーティストの最高水準の作品に対する需要が高まっている中で、市場は「ブルーチップ」(*3)と呼ばれる一流アーティストの定義を広げているんだろうか。また、ブルーチップの範疇に入るアーティストは以前より多くなった?
*3 ブルーチップとは株式市場における優良銘柄のこと。そこから派生し、ブルーチップのアーティストとは、オークションで一定の販売年数および高額価格を保つアーティストを指す。美術館やコレクターがいかに重要であると考えるか、また、美術史における評価よりも、再販(オークション)時の価値に重きが置かれる。アーティストの一例として、クロード・モネ、パブロ・ピカソ、ジョアン・ミロ、アレクサンダー・カルダー、アンディ・ウォーホル、ジャン=ミシェル・バスキア、ダミアン・ハースト、バンクシー、カウズらが挙げられる。
ホフマン:毎年2、3人のアーティストが新たにブルーチップの中に入ってくるが、まだごく少数だね。投資的な面からすると、インフレヘッジのために美術品を購入するのなら、多額の資金調達が必要。ただ、お金を借りてでも、もっとアートを買いたいと考えるコレクターもいるし、社会貢献活動やアート作品の寄付も急増している。最高レベルの作品を購入し、それをアート機関に提供することで自らの名を世に知らしめたいと考える人たちがいるんですよ。
──アート・バーゼルでは、ブルーチップは1階、新進作家は2階というように分かれていますね。
シュワルツマン:実は、プライマリーマーケットの作品に注力するようになったギャラリーが1階にもかなり増えているんです。つまり、これまで2階で行われていたような売買が1階でも起きているということ。中には、1階での展示を提案されたギャラリーがそれを断ったという例もある。
2階の作品はほとんどプライマリーマーケットのものだけれど、VIP向け内覧会に来る人が増えるほど、2階に行くタイミングは遅くなる。2階から見始める人もいますけどね。でも、活発にコレクション活動をしているなら、こうしたプライマリーマーケットのアーティストとは既に何かしらの接点を持っているのだろうから、急ぐ必要はないんです。
2階に出展するギャラリーの中心は、数十年の歴史があるベテランギャラリー。たとえメガギャラリーではなくても、定評のあるギャラリーはあります。また、小規模ながらも堅実で長く続いているギャラリーもある。多くはこのところ苦戦している中堅アーティスト市場を中心に商売をしているけれど、一方で中堅市場にうまく適応しているギャラリーも目立ちます。そういうギャラリーは、所属年数の長い安定したアーティストを抱えているし、ここ数年は新しいアーティストも加わっています。これは、以前は見られなかった現象で、好みや需要の変化を反映しているんでしょう。
──近年、中堅アーティストの市場は苦戦していますね。その傾向はまだ続くでしょうか?
シュワルツマン:ブルーチップでも新進アーティストでもないものが中堅とされたので、その市場が急激に拡大した時期がありました。でも、長い間所属してきたアーティストや近年扱うようになった新進アーティストの中に、需要が大きく伸びているものがあることに気付いているギャラリーも少なくありません。厳しい時期を乗り越えてきたギャラリーが数多く存在する一方、存続が危ぶまれるギャラリーもあります。以前のように画一的な状況ではなさそうです。もちろん、ギャラリーがトップアーティストを失うと、危機的な状況になってしまいますが。
──市場が活況だとしても、アーティストが常に恩恵を受けるとは限りませんね。
シュワルツマン:アーティストがお金を稼ぐことができれば、とてもうれしいですよ。たとえ質や価値の観点から見て市場の反応が偏ったものであってもね。同時に、一時、注目されたアーティストがその後急速に忘れられていくのを何度も見てきました。それはここ数十年間だけの話ではありません。好みの変化は犠牲者を生み出すものなんです。
それでも、私の知るアーティストの多くには苦境から立ち直る力があるし、彼らのアートへの情熱は、市場がどう動こうと変わらないものです。ですから、今は作れば売れると考えるアーティストを中心に市場が肥大化しているかもしれないけれど、アート界の健全さが維持されているのは、真摯に制作に取り組んでいるアーティストたちのおかげなんです。ただし、その中には大成功する人もいれば、そうならない人もいるということですね。(翻訳:山越紀子)
※本記事は、米国版ARTnewsに2022年6月14日に掲載されました。元記事はこちら。