個人の遺贈4億4000万ドル(約600億円)から、アートNPO助成のための財団が米国に誕生
米ウィスコンシン州ミルウォーキーに、4億4000万ドル(約600億円)という巨額の基金でルース財団が設立された。基金を遺贈したのは、故ルース・デヤング・コーラー。同財団は、年間約1700万ドル(約23億円)の助成金を支給する計画だが、これはアンディ・ウォーホル財団のようなトップクラスの団体と肩を並べる規模だ。
第1回目の助成金は全米の78のアートNPOに贈られ、総額は125万ドル(1億7000万円)に上る。各団体の運営予算に応じ、1万ドル(約135万円)、2万ドル(約270万円)、5万ドル(約675万円)いずれかの単位で支給された。
ルース財団の初代理事長を務めるカレン・パターソンは、インタビューにこう答えている。「助成の対象には、ミッションが明確で、コミュニティづくりとクリエイティブな取り組みのバランスが取れている団体を選びました。我われは、独自性のあるミッションを掲げているアート団体に資金を提供したいと思っています。これはルースが大切にしていたことでもあるんです。彼女は、どうやってアートを生み出すかということには厳格で、今まで見たこともないようなものが好きでした」
パターソンは当初、第1回目は25の団体に各5万ドルの助成金提供を考えていた。しかし、助成対象の推薦に関わった第一線のアーティストと話し合う中で、小規模な団体には1万ドルでも「大きな影響を与えられる」ことが分かったという。
ルース財団の助成は、用途の制約がないという点で例のないものだ。つまり、運営費など、アート団体を維持するために必要なら何に使っても構わない。一方、通常のアート界のフィランソロピー(*1)は、展覧会の開催やカタログ制作といった特定のプログラムが対象であることが一般的だ。
*1 個人や企業による社会貢献活動や、寄付行為に対する呼称
パターソンは、アートNPOでキュレーターとして働いていた自身の経験から、この方針を決めたと言う。彼女は、最近までフィラデルフィアのファブリック・ワークショップ・アンド・ミュージアムで、展覧会ディレクター兼キュレーターを務めていた。「制約のない助成金がどれだけ助けになるか知っているので、まずはここから始めたかった」と語るパターソンは、今後は空調システムやデータベースのアップグレードといった、目立たない取り組みに助成を行う可能性にも言及している。
ルース芸術財団理事長のカレン・パターソン Courtesy Ruth Foundation for the Arts
助成金を受けた団体の1つに、ロサンゼルスで活動する約30のアートスペースが結成したロサンゼルス・ビジュアルアーツ連合がある。同団体の共同創始者メーガン・スタインマンは、ルース財団の助成金が用途を限定していないことについてこう話す。「既存の財団のやり方に自分たちの活動を合わせたり、提供される条件によって活動が制約を受けたりするのではなく、与えられた助成金を最大限に活かす方法を自分たちで決められる。つまり、自分たちのために活動を続けることができるんです」
パターソンは、助成を受ける団体をアーティスト・イン・レジデンスのような形で運営し、「戦略的なプラン、資産管理、コレクションに関するコンサルティングなどを支援する専門家のリソース」を利用できるようにしたいとも語っている。それは、「よい仕事をしたい」団体が「よい仕事ができる」よう、「プレッシャーを軽減する」ためだという。
ルース・デヤング・コーラー(1992) Courtesy Ruth Foundation for the Arts
財団の基金を遺贈したデヤング・コーラーは、ウィスコンシン州で大手配管機器メーカーを経営するコーラー家の一員で、同州シボイガンのジョン・マイケル・コーラー・アーツ・センターのディレクターを40年以上にわたり務めていた。ちなみに、パターソンは主任キュレーターとして、デヤング・コーラーの下で働いていたことがある。
デヤング・コーラーは米国中西部における著名なパトロンで、ウィスコンシン州芸術評議会の理事長や全米芸術基金の委員でもあった。1983年にはRKD財団を設立し、この財団を通じて米国中西部をはじめ全米の様々なアート団体を支援。寄付は約40年で2000万ドル以上になる。
デヤング・コーラーが2020年に亡くなった時、RKD財団に4億4000万ドルが遺された。年間助成目標の1700万ドルは、この財団の資産の5%に相当する。パターソンは基金の意義についてこう説明する。「我われはルースの寛大な精神を引き継いでいきます。助成活動を始めるにあたって決めたのは、米国各地の小規模で有名ではないけれども価値あるアートの場を支援するのに、ルースが従来やってきたやり方を尊重しようということです」
ファースト・ピープルズ・ファンドの移動アートスペース、ローリング・レズ・アーツ Courtesy First Peoples Fund
78の助成先は、デヤング・コーラーが過去に助成したことのある団体に加え、50人近いアーティストの推薦で選ばれた。推薦に関わったアーティストには、メル・チン、ニコラス・ガラニン、ミシェル・グラブナー、トレントン・ドイル・ハンコック、グアダルーペ・マラヴィラ、エボニー・G・パターソン、ガラ・ポラス=キム、ジョーン・クイック=トゥ=シー・スミス、ナリ・ウォードなどがいる。
「アーティストたちには、アートだけではなくコミュニティでの影響力が大きい団体を3つ挙げるようにお願いしました。ルースにとって重要なポイントだからです」とパターソンは語る。「我われは、アーティストがコミュニティづくりとクリエイティブな取り組みにおける意思決定者だと考えています。アーティストが信頼するアート団体なら、私たちも信頼できるというわけです」
推薦のプロセスは、パターソンが知るアーティストが他のアーティストを紹介するという仕組みで行われ、推薦用紙には、「そのことを理解している団体を挙げる」や「敬意をもってあなたに接した団体の名前を挙げる」というような、シンプルな3つの質問項目があったという。
推薦に関わったアーティストの1人、トーマス・ギブソンは、その過程について、「恩返しの機会を与えてくれたのが嬉しかったね。アーティスト自身が、これまで付き合いがあって恩恵を受けてきたアート団体はどこか、明確なやり方で検討することができたし」と話す。「こうしたアートNPOにできることは限られているし、彼らが資金を必要としているのをつい忘れてしまうから」
ウーマン・スタジオ・ワークショップ(Women Studio Workshop)、ニューヨーク州ローザンデール Courtesy Women Studio Workshop
1万ドルの助成を受けたバクスター・ストリート・アット・ザ・カメラ・クラブ(ニューヨーク)のディレクター、ジル・ワインストックは、アーティスト主導の推薦制は彼女の団体のような組織がアーティストに与えてきた影響力を反映するものだと語る。「必要なことに助成金を活用できるのはありがたい。それに、基金の側から『ここに助成金を使うのがふさわしい』と決めつけないのは、私たちを信頼してくれていると感じます」
ルース財団は、今後数年、こうした推薦制を通じて助成金を授与していく。その対象には今回の助成対象となった78の団体と、推薦されたが選ばれなかった団体が含まれる。パターソンはまた、アーティストによる諮問委員会を設立する予定だ。
「とにかくスピーディーに物事を進め、助成金を必要とされるところに分配したい」とパターソンは言う。「今まさに行われている活動を受け入れつつ、そこに影響を与えるんです」
助成対象団体の一覧は以下の通り。
Afro Charities(メリーランド州 ボルチモア)
Alas De Agua Art Collective(ニューメキシコ州サンタフェ)
Alice Austen House Museum(ニューヨーク州スタテンアイランド)
All My Relations Arts(ミネソタ州ミネアポリス)
Alternate Roots(ジョージア州アトランタ)
Amargosa Opera House(カリフォルニア州デスバレー)
Appalshop(ケンタッキー州ホワイツバーグ)
Art Omi(ニューヨーク州ゲント)
Arts @ Large(ウィスコンシン州ミルウォーキー)
Arts of Life(イリノイ州シカゴ)
Ballet X(ペンシルバニア州フィラデルフィア)
Baxter Street Camera Club(ニューヨーク州ニューヨーク)
Bemis Center For Contemporary Arts(ネブラスカ州オマハ)
Benny Andrews Estate(ニューヨーク州ブルックリン)
Black Cube Nomadic Museum(コロラド州デンバー)
Black Lunch Table(イリノイ州シカゴ)
BlackStar Projects(ペンシルバニア州フィラデルフィア)
Brooklyn Rail(ニューヨーク州ブルックリン)
CAM Summer Fellowship(テネシー州メンフィス)
Center for Contemporary Arts(ニューメキシコ州サンタフェ)
Charlotte Street Foundation(メリーランド州カンザスシティ)
Children’s Museum of the Arts New York(ニューヨーク州ニューヨーク)
Coleman Center for the Arts(アラバマ州ヨーク)
Contemporary Art Library(カリフォルニア州ロスアンゼルス)
Cousin Collective(米国〈詳細不明〉)
Creative Growth(カリフォルニア州オークランド)
Experimental Sound Studio(イリノイ州シカゴ)
First Light Alaska(アラスカ州アンカレッジ)
First Peoples Fund(サウスダコタ州ラピッドシティ)
Fusebox Festival(テキサス州オースティン)
Greetings from South-Central(カリフォルニア州ロサンゼルス)
Griot Museum of Black History(ミズーリ州セントルイス)
GYOPO(カリフォルニア州ロサンゼルス)
Haystack Mountain School of Craft(メイン州ディアアイル)
Headlands Center for the Arts(カリフォルニア州サウサリート)
Independent Curators International(ニューヨーク州ニューヨーク)
Institute 193(ケンタッキー州レキシントン)
International Print Center New York(ニューヨーク州ニューヨーク)
Leap Arts in Education(カリフォルニア州サンフランシスコ)
Leather Archive and Museum(イリノイ州シカゴ)
Locust Projects(フロリダ州マイアミ)
Los Angeles Contemporary Exhibitions (LACE)(カリフォルニア州ロサンゼルス)
Los Angeles Visual Arts (LAVA)(カリフォルニア州ロサンゼルス)
Lump Gallery(ノースカロライナ州ローリー)
MARSH STL(ミズーリ州サンルイス)
Materials for the Arts(ニューヨーク州ロングアイランドシティ)
Midway Contemporary Art(ミネソタ州ミネアポリス)
Milwaukee Film(ウィスコンシン州ミルウォーキー)
Museum of Jurassic Technology(カリフォルニア州ロサンゼルス)
Pearl Fryar Topiary Garden(サウスカロライナ州ビショップビル)
Penumbra Foundation(ニューヨーク州ニューヨーク)
People’s Kitchen Collective(カリフォルニア州オークランド)
Pike School of Art(ミシシッピ州マコーム)
Poeh Center and Museum(ニューメキシコ州ポホアキ)
Project for Empty Space(ニュージャージー州ニューアーク)
Project Row Houses(テキサス州ヒューストン)
Real Art Ways(コネチカット州ハートフォード)
Real Time and Space(カリフォルニア州オークランド)
Rivers Institute(ルイジアナ州ニューオリンズ)
O.U.R.C.E. Studio(ノースカロライナ州バーンズビル)
Sala Diaz(テキサス州サンアントニオ)
Seattle Asian American Film Festival(ワシントン州シアトル)
Side Street Projects(カリフォルニア州パサデナ)
Skowhegan School of Painting & Sculpture(メイン州スカウヒーガン)
Smack Mellon(ニューヨーク州ブルックリン)
Storefront for Art and Architecture(ニューヨーク州ニューヨーク)
Taller Puertorriqueño(ペンシルバニア州フィラデルフィア)
Tamir Rice Foundation(オハイオ州クレバーランド)
The Black School(ルイジアナ州ニューオリンズ)
The Children’s Art Carnival(ニューヨーク州ニューヨーク)
The Clay Studio(ペンシルバニア州フィラデルフィア)
The Heidelberg Project(ミシガン州デトロイト)
The Laundromat Project(ニューヨーク州ブルックリン)
Twelve Gates(ペンシルバニア州フィラデルフィア)
Voces Ciudadanas(ニューヨーク州ブルックリン)
White Columns(ニューヨーク州ニューヨーク)
Women Studio Workshop(ニューヨーク州ローザンデール)
Yaddo(ニューヨーク州サラトガ・スプリングズ)
(翻訳:平林まき)
※本記事は、米国版ARTnewsに2022年6月30日に掲載されました。元記事はこちら。