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全米の美術館で勢いを増す労働運動。ボルチモアでは美術館と美術大学の労組結成が対照的な結果に

全米で労組結成の動きが公私立の美術館に広がっている。きっかけは、コロナ禍で浮き彫りになった美術館業界の労働環境や雇用をめぐる問題点だ。そんな中、メリーランド州ボルチモアで最近結成された2つの組合が明暗を分けている。片や市長が歓迎の意を表し、片や経営陣が結成決定のすぐ後に人員削減を宣告したのだ。

ボルチモア美術館 Mitro Hood

ボルチモア美術館の労組結成を市長が称える

米国の美術館では、このところ賃金と労働条件の向上を求める動きが活発化している。メリーランド州のボルチモア美術館(BMA)では7月14日夜、89対29の賛成多数で従業員組合の結成が決定された。

ボルチモア・ビジネス・ジャーナルによると、BMAの従業員は、米国州郡市職員連盟(AFSCME)のカウンシル67に加入する予定だという。AFSCMEは、ニューヨークのメトロポリタン美術館やアメリカ自然史博物館、ロサンゼルス現代美術館(MOCA)などの従業員が加入するカルチュラル・ワーカーズ・ユナイテッドを通じて、全米の美術館従業員約1万人を代表している。

現在、BMAで暫定的な共同館長を務めるクリスティン・ディーツェとアスマ・ナイームは、「投票結果と従業員による組合結成の決定を尊重する」との声明を発表した。なお、BMAの理事会は、6月にサンフランシスコ近代美術館館長に転出したクリス・ベッドフォード前館長の後任探しを続けている。

BMAの従業員は、2021年10月に労組結成の計画を発表。組合のウェブサイトによると、公平な賃金と雇用保障に加え、自分たちに直接影響を与える美術館の方針決定に意見を反映させることなどを求めている。従業員の多くは、コロナ禍が労組結成のきっかけなったと言う。特に、コロナ感染のリスクが大きい現場の職員が、安全対策や日々の意思決定にほとんど発言の機会を与えられなかったことを挙げる声が多い。

また、BMAはコロナ禍でも従業員の解雇や一時帰休を行わなかったが、米国各地の美術館では大量解雇が行われ、業界における雇用の不安定さが明るみに出ている。

ボルチモアのブランドン・スコット市長は声明で、「労組結成に至ったBMAの従業員とAFSCMEの仲間たちを非常に誇りに思う。私自身が組合員の家庭で育ったので、組合が労働者に大きな力を与えることをよく知っているからだ。より多くの市民がこうした恩恵を受けられるようになることをうれしく思う」と述べた。

BMAの例をはじめ、米国では美術館従業員による労働運動が勢いを増す一方だ。この2年間で、ニューヨークのニュー・ミュージアムやソロモン・R・グッゲンハイム美術館、フィラデルフィア美術館、ボストン美術館、MOCAといった大手の美術館で組合が結成されている。

また、ホイットニー美術館(ニューヨーク)は、経営陣の自主判断で労組結成が迅速に承認された数少ない美術館のうちの1つだ。同館では、従業員が技術・事務・専門職組合への加入を申請してからわずか2週間後に決定が下されている(MOCAでも組合設立が自主的に承認されている)。


メリーランド州立美大では、労組結成後すぐに人員削減が発表

一方、同じくボルチモアにある米国有数のアートスクール、メリーランド州立美術大学(MICA)では、従業員組合結成からほんの数週間後、人員削減が発表された。


メリーランド・インスティテュート・カレッジ・オブ・アート Wikimedia Commons/Public Domain

2カ月前の5月24日、MICAの従業員は、サービス従業員国際労働組合(SEIU)ローカル500支部への加入を86対17の賛成多数で決定。アートフォーラム誌が7月14日に報じたところによると、新しく結成された組合の代表が、従業員の労働条件を変更する交渉に入るよう経営陣に申し入れたわずか2日後に、人員削減を知らされたという。

今回のリストラでは、組合で労働条件をめぐる交渉を担当するユニットの約1割にあたる従業員が削減される計画で、24の職種がレイオフの対象になる。この発表は、従業員にメールで通達され、アートフォーラムが内容を確認。それによると、削減が決まった24の職種のうち「およそ半分」で組合員に影響が出るとの見通しが示されている。

メールにはまた、こう記されていた。「我われは、リストラがこれらの職種にどのように影響するか、また、これらの職種の従業員に提供される退職金パッケージの詳細について、ローカル500と交渉することに合意した」。SEIUローカル500とは、メリーランド州とワシントンD.C.の公立学校、大学、非営利団体、たとえばガウチャー・カレッジ、ハワード大学、プランド・ペアレントフッド(性と生殖に関する医療サービス非営利組織)の従業員を代表する団体だ。

MICAの組合代表は6月27日、サミュエル・ホイ学長に対し、組合の初回契約交渉に先立って経営側が労働条件を変更することのないよう、正式に申し入れを行っていた。しかし、MICAで図書館司書として働くSEIU代表のシアン・エバンスはアートフォーラム誌に対し、学校側はいっさいこの申し入れに応じなかったと語っている(学長の事務方は申し入れを受け取ったことを認めていない)。

MICAは、コロナ禍による入学者の減少を公表するとともに、経費削減を行っている。2020年には従業員給付を停止し、役員給与を10~15%削減した。

エバンスは、この動きが「MICAの学生に悪影響を与える」と指摘している。エバンスによると、人員削減のプロセスについて、組合代表と経営陣との最初の話し合いが7月7日に行われ、7月15日には2回目の話し合いが行われたという。(翻訳:清水玲奈)

※本記事は、米国版ARTnewsで2022年7月15日に掲載された2本の記事をまとめたものです。それぞれの元記事はこちら(ボルチモアメリーランド)。

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