気鋭女性アーティストに入札合戦。クリスティーズ21世紀美術イブニングセール、売上総額は約141億円
5月14日、クリスティーズ・ニューヨークで21世紀美術イブニングセールが開催された。トップロットのバスキアに次ぐ第2位の高額落札で存命女性作家の最高記録を更新したマルレーネ・デュマスをはじめ、シモーヌ・リー、セシリー・ブラウン、エマ・マッキンタイアなど、女性アーティストの好調ぶりが目立ったこのセールの結果を見ていこう。

クリスティーズ・ニューヨークで5月14日に行われた21世紀美術イブニングセールは、それに先立つ2日間のイブニングセール同様、まずまずの結果で、予想最低額7950万ドル(約116億円)に対し、落札総額は9640万ドル(約141億円)となった。
しかしこの結果は、以前より低い水準にある。昨年5月のセールでは、出品57点で1億1470万ドル(約167億円)を記録。そのうち約3440万ドル(約50億円)はロサ・デ・ラ・クルス・コレクションの作品によるものだ。また、同年11月の同カテゴリーのセールでは、42点の出品で1億650万ドル(約155億5000万円)を売り上げている。
とはいえ、14日の出品数は43ロットと、昨年5月のセールより少なかったのは確かだ。今回は24ロットに第三者保証が、17ロットに最低価格保証が付けられていた。また、4ロットがオークション前に取り下げられ、2ロットが不落札で、セルスルー率は92%だった。
US版ARTnewsがコンタクトしたアートアドバイザーたちは、今年1月のロサンゼルス近郊の山火事、トランプ関税の影響、値動きの激しい株式市場、先行きの不透明さなどを考えると、もっと悪い結果になってもおかしくなかったと話す。事実、2024年の現代アートのオークション売上が大幅に減少したことは、複数の報道で指摘されている通りだ。アートアドバイザーの1人、ローラ・レスターはセールの結果をこう見ている。
「今の市場、特に最も高額な作品のマーケットは、従来とは異なる動きを見せています。待つ余裕がある人たちは待ちの姿勢ですが、良い買い物をするチャンスを逃すまいとする人たちにとって、今が絶好の時期であることは明らかです。このセールの売れ行きがそれを物語っています」
やはりアートアドバイザーのアビゲイル・アッシャーは、「今も確実に動きはあります。ただし、売れるには適切な価格水準であることが求められています」と言い、アナ・ソコロフは、「精彩を欠いた」セールだったとコメントしている。
マルレーネ・デュマス、シモーヌ・リーが記録更新
オークションは、かつてアゴ・デミルジャンとティキ・アテンシオ(US版ARTnewsのトップ200コレクターに選ばれたこともある)の自宅を飾ったトップアーティストの作品15点から始まった。この15点のうち、リジア・クラークの彫刻作品《Bicho(動物)》(1960)はオークション前に出品が取り下げられ、予想価格200万から300万ドル(約2億9000万~4億4000万円)のエルズワース・ケリー《Gray Panel II(グレイ・パネルI I)》と、予想価格50万から70万ドル(約7300万〜1億円)のフェリックス・ゴンザレス=トレス《Untitled(March 5th)#2(無題[3月5日]#2)》は予想落札額の下限に届かなかった。
トップロットとなったのは、ジャン=ミシェル・バスキアの《Baby Boom(ベビーブーム)》(1982)。幅213.5センチのこの大型作品は、メガコレクターのピーター・M・ブラント(US版ARTnewsの元オーナー)から出品され、落札額は2000万から3000万ドル(約29億〜44億円)と予想されていた。競りが開始され、8回の入札の後に落札したのは、クリスティーズ・グローバル・プレジデントのアレックス・ロッターが担当した電話入札者で、結果は2000万ドル(約29億円)、手数料込み2340万ドル(約34億円)だった。

続く落札額第2位は、予想落札額1200万から1800万ドル(約17億5000万〜26億3000万円)とされたマルレーネ・デュマスの《Miss January(ミス・ジャニュアリー)》(1997)だった。ルベル・ファミリーのコレクションから出品された縦280センチのこの作品は、900万ドル(約13億円)から入札が始まり、1150万ドル(約16億8000万円)、手数料込み1360万ドル(約19億8000万円)で決着。落札したのは、クリスティーズの戦後・現代美術担当副会長、サラ・フリードランダーとの電話で入札したコレクターだった。これでデュマスは、存命の女性アーティストの最高額を樹立したことになる。
アートアドバイザーのアッシャーは、「今のように不安定な世界で、生き生きとした力強さとフェミニズムをこんなふうに表現する作品が、存命の女性アーティストの世界記録を達成したことには胸が躍ります」と嬉しげだった。このように、デュマスの作品が高額で売れたことを心強いと評する声が聞かれた一方、入札時間がわずか1分で、あまり活発な動きがなかったと指摘する声もある。レスターに言わせると「パッとしない」入札だった。
いずれにせよ、デュマスは2018年10月にジェニー・サヴィルが打ち立てた記録を正式に上回った。サヴィルによるヌードの自画像《Propped(つっかえ棒)》(1992)は、サザビーズ・ロンドンで、予想落札額300万から400万ポンド(約5億8000万〜7億7000万円)のところ、950万ポンド(約18億3000万円)で落札されている。
それ以上に会場の興奮が高まったのは、やはり存命の女性アーティスト、シモーヌ・リーの作品が登場したときだった。高さ325.1センチのブロンズ彫刻《Sentinel IV(見張り IV)》(2020)の入札は260万ドル(約3億8000万円)から始まり、最終的に470万ドル(約6億9000万円)、手数料込み570万ドル(約8億3000万円)まで上昇した。落札したのは、クリスティーズの副会長兼アメリカ地区クライアントアドバイザリー責任者のマリア・ロスが担当した電話入札者だった。
これまでのリーの落札最高額は、2023年5月にサザビーズ・コンテンポラリー・イブニングセールに出品された《Las Meninas II(女官たちII)》(2019)の300万ドル(約4億4000万円)なので、今回はそれを大幅に更新したことになる。リーはMoMA PS1のガラに出席中だったが、ライブストリームで《Sentinel IV》のセールを見守っていた。

気鋭女性アーティストの作品に入札合戦
そのほかの高額落札作品には、セシリー・ブラウンの《Bedtime Story(ベッドタイム・ストーリー)》、アテンシオとデミルジャンのコレクションだったエド・ルシェの《Blast Curtain(ブラスト・カーテン)》がある。両作品とも予想落札額600万ドル(約8億8000万円)のところ、《Bedtime Story》は、510万ドル(約7億4000万円)、手数料込み620万ドル(約9億円)となり、女性アーティストの作品が注目される傾向の根強さを実感させた。一方、《Blast Curtain》は460万ドル(約6億7000万円)、手数料込み560万ドル(約8億2000万円)で決着している。
女性アーティストへの関心は、ダニエル・マッキニーの肖像画《The Fool(ザ・フール)》(2021)にも色濃く見られた。会場の入札者、オンライン入札者、そしてクリスティーズの印象派・モダンアート担当副社長兼中国担当地域ディレクターのサロメ・タン・ボーとの電話で入札した買い手の間で、4分半の入札合戦になり、最後はオンライン入札者によって16万5000ドル(約2400万円)、手数料込み20万7900ドル(約2900万円)で落札された。
デュマスとリーに加え、画家ルイス・フラティーノの《You and Your Things(あなたとあなたの物)》(2022)も、手数料込み75万6000ドル(約1億1000万円)で落札され、フラティーノ作品の最高落札額を更新した。
前出のブラントは、ジョン・カリンの《Jaunty & Marne(ジョーンティ&マーン)》(1997)も出品。この作品は予想最低落札額の250万ドル(約3億6000万円)、手数料込み300万ドル(約4億4000万円)強で落札された。一方、やはりブラントが委託していた1988年のクリストファー・ウールの無題の作品(「Helter Helter(ヘルター・ヘルター)」と書かれている)は、予想落札額が350万から550万ドル(約5億1000万〜8億円)とされていたが、オークション前に取り下げられた。
ブラントは、アンディ・ウォーホルの《Campbell's Soup Can Over Coke Bottle(コーラの瓶にかぶせたキャンベルのスープ缶)》(1962)を12日夜のクリスティーズ20世紀美術セールの最終ロットとして出品予定だったが、これも事前に取り下げられている。カリンとウールを出品するのが誰であるかについては、アートネットニュースが5月初めの記事で伝えていた。アートアドバイザーのレスターは出品者側の状況をこう説明する。
「私のクライアントの多くは今、非常に慎重になっています。今は大きな賭けをするべき時期とは言えません。そして、これらの作品が市場のトップエンドから出品されているのは明らかです。つまり、現在の情勢に大きな影響を受けている人たちです」

セールの最終ロット、エマ・マッキンタイアの《Up bubbles her amorous breath(彼女の艶かしい吐息が泡立つ)》(2021)は激しい入札合戦になった。複数の委託入札、3人のスペシャリストとの電話入札者、そして会場の入札者1人が競り合った結果、電話で入札した買い手が16万ドル(約2300万円)、手数料込み20万1600ドル(約2900万円)で落札。保証なしで出品されたこの作品も、マッキンタイアのオークション最高記録を樹立した。その興奮の中で幕を閉じたイブニングセールについて、アッシャーはこう言った。
「この夜を盛り上げたのは女性たちでした。私がフェミニストだから特にテンションが上がったのかもしれませんが」(翻訳:清水玲奈)
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