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  • 2022.07.29

アートをセルフブランディングに利用するセレブたち。第一人者はやっぱりキム・カーダシアン!?

かつて、セレブのイメージを決めるものはラグジュアリーブランドだった。しかし、ソーシャルメディアの爆発的普及によって、セレブが自らを差別化する戦略が変化している。ファッションで始まり、アートとのコラボへと向かっているセルフブランディングの変遷を見てみよう。

メトロポリタン美術館(ニューヨーク)のメットガラ「(In America: An Anthology of Fashion(イン・アメリカ:ファッションのアンソロジー)」に出席したキム・カーダシアン。2022年5月2日 Getty Images for The Met Museum/Vogue

何かと話題の絶えないセレブ、キム・カーダシアンが、この5月にまたネットで炎上した。メトロポリタン美術館(ニューヨーク)のメットガラに、マリリン・モンローの有名な“ヌード”ドレスで登場したからだ。このドレスは、モンローが1962年にJ・F・ケネディ大統領に向けて「ハッピーバースデー、ミスタープレジデント」と歌った時に着ていたもの。モンローの体にぴったり合うように細部まで調整され、まるでヌードのように見えるこの歴史的なドレスは、過去50年間、当時のまま保存されていた。それが、専門家たちが警告していたにもかかわらず、保存に悪影響を及ぼす環境に一瞬にして晒されてしまったのだ。

この一件と時を同じくして、米国最高裁の保守派判事が、人工妊娠中絶を合憲とした73年の「ロー対ウェイド判決」を覆そうとしているという情報がリークされた。今年のメットガラのテーマだった「金ぴか時代」(*1)と、時計の針を逆戻りさせるかのような最高裁での動きは、多くの人に後期資本主義(*2)の終焉を思わせるものだった。


*1 米国で資本主義が急速に発展をとげた時代。南北戦争の終結から1893年恐慌までの間、主に1870年代と1880年代を指す。

*2 国家が市場や社会に介入することで成立する段階の資本主義。1950年代以降の資本主義を指す場合が多い。元はドイツの経済・社会学者が用いた概念。

しかし、これはカーダシアンのお決まりのやり方でもある。彼女は、生涯をかけて富裕層ならではの文化資本を蓄積する方法を追い求めているのだから。

ただ、自分のイメージを高めるため、(モンローのドレスを着たカーダシアンのように)貴重なものを独占的に手にできることを誇示するスターは少なくない。他人に差をつける手段として美術館や有名アート作品に目をつけるセレブも増えている。

ここ10年間を見ても、そうした事例にはことかかない。キム・カーダシアンの元夫、カニエ・ウェストは2013年に、ジョージ・コンドの絵でカスタマイズしたエルメスのバーキン(バッグ)をカーダシアンにプレゼントした。コンドは、ウェストのキャリアの中でも重要な意味を持つ5枚目のアルバム、「My Beautiful, Dark, Twisted Fantasy(マイビューティフル、ダーク、トゥイステッドファンタジー)」(2010)のジャケットカバーも手がけている。ウェストは、日本を代表するアーティストの村上隆や、骸骨のモチーフで知られるウェス・ラングともコラボ。さらに、19年のIMAX映画「Jesus Is King(ジーザス・イズ・キング)」の撮影は、アリゾナ州北部にあるジェームズ・タレルのランドアート、《Roden Crater(ローデン・クレーター)》の中で行われた。

その後、数多くのヒップホップアーティストがウェストに続けとばかり、アート作品を自らの活動に取り入れている。2015年、ウェストの友人でライバルでもあるドレイクは、メガヒットとなった「Hotline Bling(ホットライン・ブリング)」のミュージックビデオの中で、ジェームズ・タレルのインスタレーションをコピーして使用した。また、21年のアルバム「Certified Lover Boy(サーティファイド・ラバー・ボーイ)」では、世界で最も裕福なアーティストの1人、ダミアン・ハーストとコラボ。カバージャケットにはハーストによる妊婦の絵文字が並んでいる。

2018年には、ビヨンセと夫のジェイ・Zが発表した「Apeshit(エイプシット)」のミュージックビデオがルーブル美術館で撮影された。ビデオには同館の主要美術品がいくつも登場する。ジェイ・Zはその5年前にも、伝説的パフォーマンスアーティストのマリーナ・アブラモヴィッチの作品《The Artist Is Present(作家は在廊中)》をベースに、「Picasso Baby(ピカソ・ボーイ)」のミュージックビデオを制作している

こうしたアートとのコラボは、舞台装置として華やかさを加えたり、どんな人脈があるかを見せびらかしたりする以上の意味がある。セレブが世間に対して自分をどう見せるかという戦略に大きな変化が起きているのだ。それは、まずファッションから始まった。


セレブファッションの変遷


トム・フォードに特注したトップスを着用した女優のゼンデイヤ。第25回放送映画批評家協会賞授賞式にて(2020) Photo : Getty Images

セレブとセレブファッションの関係は、ここ数十年で劇的に変化している。

1969年に映画「ファニー・ガール」でアカデミー賞の主演女優賞を受賞した時、バーブラ・ストライサンドは透け透けのパンツスーツで登場。それが変化の始まりだった。それからというもの、スターは華やかさよりも奇抜さで注目を集めるようなファッションを選ぶようになる。特に「ピープル」のようなセレブ雑誌では、目新しいものが大きく取り上げられたからだ。また、その頃からカジュアル化が進み、90年代には権威のある授賞式でも、セレブがレッドカーペットの上を破れたジーンズで歩くのはごく普通のことになった。

しかし2000年のゴールデングローブ賞に、ハル・ベリーがヴァレンティノの白いドレスで現れると、ガラリと流れが変わる。ベリーのスタイリスト、フィリップ・ブロッホは、この時のことを「ドレスでキャリアを築ける時代が来た」と表現している。スーパースターやセレブはスタイリストを必要とし、セレモニーだけでなく、日常的にスタイリストのコーディネートを頼るようになったのだ。

こうした傾向は、この10年で一気に加速している。インスタグラムやティックトックが、公私の境目を崩壊させたからだ。セレブは無限のレッドカーペットの上を歩くだけでなく、まるで高級誌の記事のような生活を毎日のように演出しなければならなくなった。そして、公の場での斬新なファッションがSNSにアップされるのを見たいというニーズが高まるにつれ、スターたちは今まで見たこともないようなファッションを、ますます追い求めざるをえなくなる。

かつて、セレブの全身を包んだ有名デザイナーの服は、人々が自分たちも着てみたいと夢見るだけのものだった。しかし、2010年頃からファッションブロガーやインスタグラムのインフルエンサーが現れると、高級ファッションは“民主化”され、セレブ雑誌に登場する面々だけのものではないと感じられるようになった。

センスの良さだけで有名になったインフルエンサーが、スターと一緒にファッションショーの最前列に陣取るようになると、有名デザイナーの服を着るだけでは不十分になる。セレブたちは、ショーで発表される前の服を先取りして着たり、クチュールコレクションの中でも希少で高価なものや、アトリエに特注した服を選んだりするようになった。

今では、カサブランカやボーデといったブランドも、ストリートウェアのファン向けに手描きの高級ラインを出している。また、2020年にトム・フォードは、1万5000ドルの金属製のトップスを発表。このウェアは、購入者の胸の形にぴったり合うよう、3Dボディスキャナーを使って制作される。


ロサンゼルスで開催された第61回グラミー賞授賞式で、ティエリー・ミュグレーのドレスを着たカーディ・B(2019年2月10日) Photo: Getty Images for The Recording Academy

2016年には、レアなデザイナーズアイテムでさえ、レアとは言えなくなった。さらに、トランプ時代に1%の富裕層とそれ以外との格差が広がり、社会が分断されるようになると、セレブたちは新しいジャンルに目を向けるようになる。入手するのが難しいビンテージクチュールだ。

またもやカーダシアン家を筆頭に、セレブたちは有名デザイナーの過去の作品を漁り、大物スーパーモデルが着た希少なドレスを探し出すようになった。そして、この新しい需要を満たすため、最高級ビンテージファッションを扱う業者が登場してくる。

キム・カーダシアンとそのファミリーは、2016年にMTVビデオ・ミュージック・アワードの授賞式でガリアーノのビンテージミニドレスを着て以降、オフのファッションでもジャネット・マンデルデビッド・カサヴァントといったデザイナーやファッション収集家のビンテージ物を身に着けるようになった。その中には、シャネルのマイクロビキニ(1993)や、トム・フォードによるグッチのG-string(1997)などの過激な水着もある。

2019年、ヒップホップミュージシャンのカーディ・Bは、ティエリー・ミュグレーが1995年のグラミー賞のために作ったドレスで登場。それは貝が開いたようなデザインで、カーディ・B自身が真珠のように見える。そして、たったこれだけで、かなり前に引退していたミュグレーに再び光を当てたのだ。今年4月には、ベラ・ハディッドがディオールのデザイナーだった当時のイヴ・サンローランが59年にデザインしたドレスでプリンス・トラスト・ガラに出席。その後、カンヌ映画祭では、87年のジャンニ・ヴェルサーチ、86年のシャネル、トム・フォードがデザインをしていた頃の貴重なグッチのドレスを着ている姿が見られた。

しかし、セレブたちが向かうところに、大衆は必ずついていく。そして今、往年のデザイナー物の服は、5年前ほど自慢できなくなっている。多数のeマーケットプレイスや小売店が乱立したおかげで、グーグル検索と同じくらい簡単に80年代のジャン=ポール・ゴルチエが見つかるからだ。

かつては一握りの特権階級のものだったエルメスのバーキンも、その魅力を失った。以前は手に入れるにも数年待ちで、闇転売が横行するほどだったが、今はどこにでもあるようなものになってしまったのだ。その原因の1つは、(やはり)カニエ・ウェストかもしれない。ウェストは今年2月、当時ガールフレンドだったジュリア・フォックスのバースデーパーティーで、彼女と彼女の友人たちに、まるでプロモーショングッズのようにバーキンを配っている。超富裕層のステータスシンボルだったバーキンが、いかに無意味なものになったかを象徴する出来事だ。


アートがセレブのステータスシンボルに


フリーダー・ブルダ美術館にあるジェームズ・タレルのインスタレーション《Dasube(ダスブ)》の前を歩く人(2011) Photo: Uli Deck/picture-alliance/dpa/AP Images

ハイファッションが一般化した結果、セレブたちは自分たちの差別化のため、ラグジュアリーの概念を見直すようになった。

ここで、話はアートに戻る。

ドレイクとダミアン・ハースト、ジェイ・Zとマリーナ・アブラモヴィッチのようなアート界とのコラボレーションは、単に自分がずっと憧れていたクリエイターと仕事をすることだけが目的ではない。そういう部分もあるかもしれないが、実際は、こうしたアーティストやアートの名作をセレブ自身のブランドに昇華させることが重要なのだ。どんな服を選ぶかで、良家の子女なのかサブカルチャー好きなのかが分かるように、セレブがどんなアーティストを選ぶかは、ある種の美意識やオーラ、センスを伝えるものなのだ。つまり、彼らは自分自身を表現する要素としてアートを取り込んでいるということになる。

このように、セレブが利用することでアート作品が一般の人々に広く知られるようになると、今度はアート作品が特定のセレブを思い起こさせるようになる。

カーダシアン家はこの手の戦略に非常に長けている。人気のブランドやアイコンを吸収して、元の意味を失わせ、自分たちを表現するものとして再定着させるのだ。モンローのドレスがいい例だ。保管上の問題はさておき、今やカーダシアン抜きにこのドレスのことを語れない。今や彼女は、米国史上最大のスターの1人の隣に自分を位置づけている。

カーダシアン家の邸宅には、一目でトレーシー・エミンやジェームズ・タレルと分かるインスタレーショがそこかしこに飾られ、単なる自撮りの背景になっている。実際、キム・カーダシアンはここ数カ月、自分のファッションとタレルの作品を組み合わせた投稿を始めているので、タレルのアートはキムのイメージから切り離せなくなっている。

このマーケティング戦略は、大手ブランドや他のセレブたちにも取り入れられ始めている。


2021年に発表された、ティファニーの広告キャンペーン「About Love」メインビジュアル(Mason Poole/Tiffany & Co.)

ティファニーは2021年11月、ザ・カーターズ(ビヨンセとジェイ・Zの夫婦ユニット)を起用して新しいキャンペーンを立ち上げた。その中で、ジャン=ミシェル・バスキアの1982年の絵画《Equals Pi(πとイコール)》が使われているが、この作品は、ティファニーを買収したファッションコングロマリットLVMHが最近購入したものだ。偶然にもこの絵には、ティファニーブルーに近い色が使われている。

ティファニー副社長のアレクサンドル・アルノーはもう一歩踏み込んで、バスキアはこの色をティファニーへのオマージュとして使ったという自分の推測をファッション業界誌WWDに語っている。もっとも、美術史家やバスキアの友人たちから、すぐに反論の嵐が起きたが。


ソーシャルメディア効果で変化が加速


ベルリンのマルティン・グロピウス・バウで行われた草間彌生の回顧展に展示されたインスタレーション《Infinity Mirrored Room: The Infinite Light of the Universe Illuminating the Quest for Truth(無限の鏡の間:真理の探究を照らす宇宙の無限の光)》(2021年4月29日) Photo: Getty Images

セレブが始めたセルフブランディングは、すでに一般のインスタグラムユーザーにも浸透している。この数年間、美術館やアートフェアの来場者たちは、展示されている作品より自撮り優先なようだ。自撮りに夢中になるあまり貴重な美術品を破損してしまう事件が増加していることにも、その傾向が表れている。

草間彌生の《Infinity Mirror room(無限の鏡の間)》のシリーズやチームラボの没入型インスタレーションは、こうした自撮り欲やセルフブランディングのニーズを満たすことに最も成功した現代アートだろう。実際、どちらも展覧会にはすぐに長い列ができる。そして、来場者は動画や写真を次々とSNSにアップすることで、いわば無料の広告を大量に生み出すのだ。アイスクリーム博物館やカラーファクトリーなど新しい体験を提供するアトラクションも、こうしたソーシャルメディアのトレンドを意識して作られている。

アートを取り入れる流れは、ファッションの世界でもゆっくりと、かつ静かに起きている。たとえば、バッグブランドのコペルニは、ガラス製品ブランドのヘヴンとコラボし、2022年秋コレクションでガラス製のバッグを発表した。見た目はバッグというより造形的な花びんのようだ。また、ロエベの2023年春コレクションでは、アンディ・ゴールズワージーのように時間の経過を取り込んだインスタレーションを衣服という形で発表。ファッションショーの何週間か前に服に種を埋め込んで植物を成長させるというもので、元のデザインを維持するためには慎重に水をやったり、形を整えるために刈り込んだりする必要がある。


ヘヴンとのコラボバッグを発表したコペルニの公式インスタグラム。画像引用元:
https://www.instagram.com/p/Ca2ssaLt3GS/?utm_source=ig_embed&ig_rid=a75f0e40-eb8e-4ae9-ac8d-7c575071d051

こうしたトレンドを目に見える形で示したのは、ミュージシャンのモッド・サンだ。この3月、サンタモニカのイタリアンレストランでディナーを終えて出てきたのを目撃された時、彼はアンディ・ウォーホルの《Brillo Box(ブリロ・ボックス)》をまるでクラッチバッグのようにさりげなく抱えていた

この分では、サンローランの代表作であるモンドリアン・ドレス(1965)が復刻されるのも時間の問題だろう。その時は、サンローランにインスピレーションを与えた画家、ピート・モンドリアンの作品自体を元にデザインしたものになるかもしれない。(翻訳:平林まき)

※本記事は、米国版ARTnewsに2022年7月12日に掲載されました。元記事はこちら

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