市民権テストにパスしないと入れない!? 今年のグラストンベリーで存在感を放った社会派アート作品

2007年にターナー賞を受賞したマーク・ウォリンガーが手がけるインスタレーション《Jungle Gym》が、グラストンベリー・フェスティバル2025で展示された。来場者は、移民や難民が経験する官僚的な手続きを通過する必要があり、入国審査の困難を疑似体験できる。

移民が受ける境遇を体験できる《Jungle Gym》がグラストンベリー・フェスティバル2025のターミナル1で展開された。Photo: Courtesy of Terminal 1 Glastonbury
移民が受ける境遇を体験できる《Jungle Gym》がグラストンベリー・フェスティバル2025のターミナル1で展開された。Photo: Courtesy of Terminal 1 Glastonbury

6月25〜29日にかけて開催された今年のグラストンベリー・フェスティバルは、政治色が強かった。

パンクデュオのボブ・ヴィランは「イスラエル国防軍(IDF)に死を」というかけ声で観客を扇動したことで物議を醸し、キア・スターマー首相から非難を浴びている。一方でシンガーソングライターのニール・ヤングは、フェスの中継を行っているBBCが「企業の支配下にある」と非難し、自身の出番の放送を阻止しようと試みた。また、ベルファスト出身のヒップホップグループ、ニーキャップは、4月に出演したコーチェラでパレスチナを支持するメッセージを掲げ反発を招き、国会議員やスターマー首相から
の出演中止の声にもかかわらず、予定通りステージに立った。

グラストンベリーの政治色は音楽だけにとどまらず、会場内で展示されたアート作品にも及んでいた。

2007年のターナー賞受賞者、マーク・ウォリンガーは、ターミナル1で反ファシズムをテーマにしたインスタレーション作品《Jungle Gym》を発表した。オリアナ・ガルソンがキュレーションを担当した「No Human is Illegal(人間に違法など存在しない)」展の一環として発表されたこの作品は、ガザの子どもたちの苦しみを正面から取り上げるもの。ウォリンガーはステートメントの中で、「この世界の子どもたちは発言力も権力も持たない」と語っている。

ターミナル1は昨年のグラストンベリー・フェスティバルで初めて設置されたエリアで、そこでの展示はバンクシーがキュレーションに携わったのではないかと噂された。今年のターミナル1では、エントランスで入場者全員にイギリスの市民権を得るために出される問題を模した質問への回答が求められた(しかも回答を間違えると、列の最後尾まで送られてしまう)。入場できた人は、難民キャンプのような小屋を通り抜けたのちに作品を体験することができるという仕掛けだ。ウォリンガーは自身の作品をこう説明する。

「中央にジャングルジムを配置したこのインスタレーションは、幼少期と遊びを結びつけていますが、作品は金網のフェンスで作られた迷路によって遮られています。子どもの理想を表現しつつ、多くの人々にとっての現実と対比させたかったのです」

このインスタレーションは、カフカ的な官僚制というテーマを扱っており、移民が直面している困難についても言及している。ウォリンガーは作品のなかでシアン、つまりは「ユニセフブルー」のみを使用しており、その理由として「ユニセフは混沌とした状況のなかで何らかの希望を示している」からだと説明している。

イスラエル・ハマス紛争に巻き込まれてしまった子どもたちのことを、制作中にずっと考えていました。同時に、国連やユニセフ、そして影響力を持つ機関について考えていましたが、あらゆる手段を使って支援団体の行動を阻止しようと試みる超大国の行為についても考えていました」

ユニセフの推定によれば、イスラエル・ハマス紛争が2023年に始まって以来、ガザでは5万人の子どもが死傷したという。

展覧会をキュレーションしたガルソンは、アート・ニュースペーパーの取材に対して、今年の展示に込められたメッセージは、かつて無いほど緊急性を帯びていると語り、こう続けた。

「私たちは、ジェノサイドがテレビで放映されるのを初めて目の当たりにした世代です。これほど急速にファシズムが再び台頭するなど考えてもみなかった私たちは、強いショックを受けています。だからこそ、急いで目を覚まさなければなりません」

ターミナル1に参加したアーティストの多くが移民であることも、展示の意義を強調している。「この空間は移民コミュニティにとってのセーフスペースであり、大英帝国の中心にあるグラストンベリーという場ほど、それに適したカンバスはないでしょう」とガルソンは語る。

フェスティバルが21万人の観客を迎え入れる直前、主催者のもとには音楽業界の著名人30人による「極秘・機密」書簡が届いた。そこに記されていたのは、ニーキャップの出演取り消し要請だった。ニーキャップのメンバーであるリアム・オグ・オ・ハナイディ(Liam Óg Ó hAnnaidh、別名Mo Chara[モ・チャラ])は、レバノンの民兵組織ヒズボラ支持の旗を掲げた疑いで保釈中だった。ガルソンは続ける。

「主催者は非常に深くこの問題に向き合っています。ニーキャップの存在は、音楽業界がいかに分断されているかを象徴しています。バンドについてこれほど大規模な会議が開かれたのは、フェス史上初めてのこと。今、私たちはさまざまな理由で非常に重要な局面にいます。だからこそ、『No Human is Illegal』というメッセージを発信する必要があったのです」

話題をさらったもう一つのアート作品

イギリスのアートアクティビスト集団「Led by Donkeys(レッド・バイ・ドンキーズ)」も、週末のグラストンベリーで注目を集めた。彼らのビルボード作品《Send them to Mars… while we party on Earth》は、イマーシブなステージ演出と多様な音楽ジャンルで知られる「Block9」エリアに設置された。作品には、イーロン・マスク、マーク・ザッカーバーグ、ジェフ・ベゾス、そしてスターマー首相が宇宙服を着てロケットへ向かう様子が描かれていた。

ガーディアン紙に寄せたステートメントで、「Led by Donkeys」メンバーであるアーティストのベン・スチュワート、ジェームズ・サドリ、オリバー・ノウルズ、ウィル・ローズの4人は、作品の意図を次のように説明している。

「イーロン・マスクやテック業界の人間たちは、人類を多惑星種にしようと言っています。彼らの言い分では、最優先事項は火星を植民地化すること。しかしこれは狂気であり、極めて危険です。地球が使い捨て可能だという誤った考えを助長し、守るべき対象としての価値を軽視しているからです。現実には、地球こそが人類が生き残れる唯一の場所であるにもかかわらず、私たちはその地球を自らの手で破壊しているのです」

そして彼らはこう続けた。

「マスクやベゾスが本気で火星に行きたいなら、勝手に行けばいい。ただし、私たちを巻き込まないで。それが、この《Send them to Mars… while we party on Earth》の意味なのです。グラストンベリーにロケットを建てたのは、彼らを火星に送り出すため。そして私たちは、地球で自由に楽しむためです」

(翻訳:編集部)

from ARTnews

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