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ラリー・ガゴシアンとアンナ・ワヤントが50歳差交際! 報道から読み解くアート界の不都合な真実

世界で最も影響力のある画商と言われるラリー・ガゴシアンと、27歳の画家アンナ・ワヤントが交際しているという報道が米国メディアを賑わしている。話題の焦点は、50歳という年齢差と、交際の噂と同時にワヤントが手にした、画家としての成功である。これら一連の報道と、今もアート界に存在する男女間の不均衡について、サンフランシスコ在住のライターが分析する。

2022年4月23日、パリのアール・フォラン美術館でのパーティー「Maya Ruiz-Picasso, Fille de Pablo(マヤ・ルイス=ピカソ、パブロの娘)」に出席する(左から)ラリー・ガゴシアン、ジェフィー・ダイチ、アンナ・ワヤント Getty Images For Diana Widmaier Picasso

「画家アンナ・ワヤントの成功は、現代のアートの世界のおとぎ話のようだ」。たった3年前に400ドルで作品を売っていたのが、今ではオークションでの落札価格が160万ドルに達している27歳のアーティストについて、スミソニアン・マガジンはそう書いている。ウォール・ストリート・ジャーナル紙とサウスチャイナ・モーニング・ポスト紙から「ミレニアル世代のボッティチェリ」と呼ばれたワヤントが描くのは、ニューヨーク・タイムズ紙が「センチメンタルな官能芸術」のようだと表現する女性や少女の絵だ。

ワヤントは現在、世界各地に拠点を構えるメガキャラリー、ガゴシアンに所属する最年少のアーティストだ。彼女の作品がオークションで高値を付けたのは、この事実が影響していることはほぼ間違いない。だが、ウォール・ストリート・ジャーナル紙が最近の記事で書いているように、さらに「込み入った事情がある」のだ。所属した2022年から、彼女はギャラリーの設立者である77歳のラリー・ガゴシアンと交際しているという。

さまざまなメディアに掲載されているワヤントの紹介記事から浮かび上がってくるのは、世間擦れしていない純真な女性像だ。カナダの小さな町からやってきた金髪の美人で、ハートの絵文字で作品にサインをしたり、アトリエを訪れた顧客のためにチョコレートチップクッキーを焼いたりする。また、必死さや欲がなく、気付いたら売れっ子になっていたそうで、スミソニアン・マガジンには、「世界的アーティストになることを幼少期から目指していたわけではなく、なんとなくそうなってしまった」と書かれている。ガゴシアンは、ウォール・ストリート・ジャーナル紙の記事の中で、ワヤントのことを「アート業界に染まっていない」と評し、「悪いオオカミたちから守ろうとしているだけだ」と語っている。小見出しとして使われたこの言葉から浮かんでくるのは、アート界という危険だらけの森の中を歩いている、無防備な赤ずきんちゃんのようなワヤントの姿だ。

こうしたワヤントの描写は、反発を招いている。ウォール・ストリート・ジャーナル紙の記事のコメント欄には次のような批判的な意見が並ぶ。「77歳の男性と寝るなんて気持ち悪いし打算的で、妖精のお姫様というよりは悪い魔女のようだ」とするものや、「この記事から読み取れる教訓:美しくなり、ガゴシアンと寝よう。そうすれば、あなたも成功できる」というコメント、 さらに次のようなものもあった。「リアリティショーに出てくる大富豪の妻たちより一枚上手だ。歳の差50歳とは恐れ入る(笑)。興味深いのは、普通ならキモいことでも、お金次第で全然アリになるということ」。サウスチャイナ・モーニング・ポスト紙でさえ驚きをあらわにして、記事の終わりを「彼女は本当に77歳のギャラリー設立者と付き合っているのか?」と締めくくっている。しかし、これらの記事でいっさい触れられていないことがある。それは、アーティストたちの作品価格が持続不可能なレベルまで上昇し、マーケットが頭打ちになってしまっている今の状況を作り出した張本人の1人がガゴシアンだという事実だ。

このようなケースがメディアで取り上げられるたびに、女性がお金と権力を手に入れるためには、若さと美しさを利用して、年長の男性有力者の関心を引くのが一番の方法だという世間の考えが強化される。さらに、ワヤントの場合は、1人の女を複数の男が取り合うという別の構図も重なってくるのだ。アートネットが報じているところでは、5月のオークションで160万ドルで落札され、彼女の作品としては最高記録を達成した2020年の絵画《Falling Woman(落下する女)》を競売に出した委託者は、ガゴシアンに移る前に彼女が所属していたギャラリー、ブラム・アンド・ポーの共同設立者ティム・ブラムだという。ギャラリストが自分が扱っている作家の作品をオークションに出すことは通常ないため「“報復的な出品”ではないかとささやく声も聞かれる」とアートネットの記事には書かれている。ワヤントは、ウォール・ストリート・ジャーナル紙に対し、ブラムが委託者だったことを認めており、ブラム・アンド・ポーとワヤントは決裂したと述べている。

ここでもう一度、記事のコメント欄から引用しよう。「女性を守りたいと言う男たち。こういう構図は、もう過去の話だと思っていた。でも、若い金髪美人の野心家にとっては、そうではないらしい」


2022年5月6日にニューヨークのサザビーズで開催されたオークション「The New York Sales(ニューヨーク・セールズ)」のために展示されたアンナ・ワヤントの《Falling Woman(落下する女)》 Sipa USA Via AP

ワヤントとガゴシアンが実際どのような関係にあるのかは、記者の立場であっても知りようがない。もしかしたら2人はソウルメイトで、末永く幸せに暮らしていくのかもしれない。とはいえ、自分が働いている業界の有力者と関係を持つ女性は、結果的に痛い目に遭うことが多い。そして、力の差が大きいほど、受けるダメージも大きくなる。私自身もアートディーラーとして、またナイト・ギャラリーの共同経営者として働いていた20代の頃に、この事実を身をもって学んだ。影響力のある男性は、成功への扉を開き、価格を操作し、メディアに自分の名前を載せてくれるかもしれないが、そうした関係は長く続かず壊れやすい。往々にして、その男性の気持ちが冷めたとたん、「成功」も去ってしまうものだ。

歴史的に、そうした関係は性差別的な世の中を渡っていくための1つの方法だった。アート界におけるジェンダー平等を求めて長年抗議運動を展開してきたゲリラ・ガールズは、2020年のガーディアン紙のインタビューで次のように述べている。「(アート界で)権力を握っているのはほんの一握りの人たちです。上に行くほど、想像より狭い世界だとわかってきます」。今も昔も、権力者のほとんどは男性で、彼らと関係を持つことはそうした問題に対処するための有効な手段だった。悩ましいのは、多くの女性が他に手立てがないと思っていることだ。彼女たちは、たとえ条件付きの一時的な関係だとしても、そのような男性の後ろ盾が必要だと思っている。なぜなら、アートの世界でも一般社会でも、経済的、職業的成功のためには、他に有効な道がないからだ。

ワヤントをめぐるゴシップが話題になっている今という時代は、アート界に生きる女性にとって複雑な状況だ。大勢の女性アーティストが華々しい成功を収めている一方で、女性の人工妊娠中絶の権利を憲法で保証した「ロー対ウェイド」判決を最高裁が覆すなど、時代を巻き戻すような動きもある。こうした数々の出来事によって、女性は自分自身の身体や人生を、自由にコントロールできないことを思い知らされるのだ。

主要メディアの記事の中でのワヤントの描写が強調しているのは、女性は自分の身を守ったり、うまく自らの立場を主張したりすることができないため、たとえ束の間の関係であっても男性の保護が必要だという考えだ。

ウォール・ストリート・ジャーナル紙の記事は、2019年にワヤントに初個展の機会を与えたアートディーラーのエリー・ラインズの声も取り上げている。彼女は、ワヤントに成功をもたらした要因として交際相手に着目するのは、女性蔑視だと述べている。しかし、敢えてそこに別の意味で着目するとしたらどうだろう。私たちは根本的に性差別的な世界に生きており、そうした世界に洗脳されているということを、これら一連の記事が思い出させているのだとしたら? 今も男女間の不均衡が蔓延るアートの世界において、権力を持つ男性に近寄る女性は「気持ち悪い」のではなく、単に性差別的な制度に順応しているに過ぎないことを認めるとしたら?

私たちは現状に甘んじてはならない。急速な成功は、権力とは別物だということを率直に議論する必要がある。女性が本当の強さを身につける代わりに男性の腕力に頼ってしまう、構造的・個人的な要因について話し合う必要がある。自分の立場を主張し守ってくれる一番頼りになる存在は、他の誰でもない自分自身だということ。成功を収めるには、もっと持続可能な別の方法があるということ。それを女性に思い出させるための、強力なネットワークを築かなければならない。

私たちはシステムを変えなければならない。そのためにはまず、それについて話し合う必要がある。(翻訳:野澤朋代)

※本記事は、米国版ARTnewsに2022年8月10日に掲載されました。元記事はこちら

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