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  • 2022.08.26

ニューヨーク州が美術館にナチス略奪美術品の明記を義務化。背景に反ユダヤ主義の高まり

ニューヨーク州の美術館は、ナチスがユダヤ人から略奪した美術品について、その旨を明記する義務を負うことになる。同州のキャシー・ホークル知事が、新しい法律への署名を完了した。この法律で重要なのは、略奪の定義に強制売買が含まれる点だ。

メトロポリタン美術館でも、所蔵品のうちどれが略奪されたものかを明記することが義務付けられる zz/John Nacion/STAR MAX/IPx

ニューヨーク州選出の議員、アンナ・カプランとニリー・ロジックの肝入りで成立したこの法案では、第2次世界大戦中に約60万枚の絵画がユダヤ人から略奪されたことが指摘され、次のように記されている。

「略奪は、第3帝国(ナチス時代のドイツ)の富となっただけではなく、ユダヤ人のアイデンティティと文化の痕跡を全て抹消するというホロコーストの目的にとって不可欠だった。そして、今も多くの美術館が来歴を明記せずに盗まれた美術品を展示している」

また、ホークル知事は声明で、「ニューヨーカーとして、私たちは厳粛な気持ちでホロコースト生存者への関心を持ち続けます。決して忘れることはありません」と述べた。

現在のニューヨーク州法では、1945年以前に制作され、ナチス時代のヨーロッパで所有権が変更された作品は「Art Loss Register(アート・ロス・レジスター)」への登録が義務付けられている。これは、略奪の被害者が作品を捜索できるようにするための紛失・盗難美術品データベースだ。一方、新しい法律では、該当する作品を展示する際は、プラカードなどで「目に付くように」表示することを規定している。

この法案のきっかけになったのは、過去20年に注目を集めた複数の訴訟だ。自分の家族が美術品の所有者だったと主張する相続人が、ニューヨークの美術館を訴えている。

たとえば、歴史家のユーリウス・シェプスは、ピカソの《馬を引く少年》(1906)と《ムーラン・ド・ラ・ギャレット》(1900)は、彼の叔父が戦時中に強要されて売ったものだと主張。それに対し、ニューヨーク近代美術館とグッゲンハイム美術館は共同で所有権を主張する訴訟を起こした。この件は2009年に示談が成立し、作品は各美術館が保持することで決着している。

また2016年には、ピカソの《役者》(1904–05)は強要されて売却したものだと訴えたポール・レフマンとアリス・レフマンの子孫が、メトロポリタン美術館と返還訴訟で争うことになった。裁判所はメトロポリタン美術館が所有を継続できる旨の判決を19年に下している

ただし、ウェブメディアのゴッサミストが最近の記事で指摘したように、今回の法律は、カンボジア内戦のような紛争下で略奪された歴史的遺物や、英国の植民地政策下で奪われたアフリカのベニン・ブロンズなど、ヨーロッパ以外で略奪された作品には対応していない。

なお、略奪美術品の明記以外にも、ホロコースト教育と生存者支援に関する2つの法案が可決されている。前者は、州の教育部門がホロコースト教育について調査を行うことを認めるものだ。これによって、どの学校が必要とされるホロコーストの歴史教育を行なっているかを、州が調べられるようになる。

「ニューヨークでは反ユダヤ主義が高まりつつある。また、ホロコースト生存者が高齢化している今、新しい法律は差別や憎悪が野放しにされるとどんな結果を招くのか、ニューヨークの若者たちに確実に学ばせる機会となる」とロジック議員は声明で述べている

また、ホロコースト生存者に関する2つ目の法案では、ニューヨーク州の金融サービス局に対し、賠償金の支払いに関連する送金・処理手数料が免除される銀行のリストを公開することが義務付けられた。(翻訳:山越紀子)

※本記事は、米国版ARTnewsに2022年8月12日に掲載されました。元記事はこちら

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