襲撃されたBBC本社の彫刻。性的虐待を暴かれた作家をめぐる議論が再燃
ロンドンで発生した器物損壊事件をきっかけに、性的虐待の加害者として知られる著名な芸術家の功績をどう評価すべきかという議論が再燃している。
1月11日の夜、ロンドン中心部にあるBBC本社で、外壁に設置されたエリック・ギル作の彫刻が男に襲撃された。容疑者は4時間にわたって彫刻をハンマーでたたき、別の男がその様子を撮影していた。その後、二人は逮捕されたが、1月14日時点で起訴はされていない。
ギルは、20世紀に活躍した英国を代表する彫刻家で、書体デザイナーでもある。1940年の没後に発見された彼の日記には、10代の娘二人と飼い犬への性的虐待が詳細に記されていた。以来、モラルに反するギルの行いと、彼の英国における存在の大きさとの間でどう折り合いをつけるべきか、頭を悩ませる学芸員は多い。英国で最も広く使われている書体の一つ、Gill Sans(ギル・サン)は彼の手によるもので、彫刻作品はテート、ヴィクトリア&アルバート博物館、大英博物館など主要な文化施設に収蔵されている。
BBCの彫刻は、1930年代初頭に当時の会長だったジョン・リース卿が依頼したもの。シェイクスピアの『テンペスト』に登場するプロスペローとアリエルをモチーフにしており、魔法使いに仕える精霊アリエルは、裸の子どもとして表現されている。活動家たちは数十年にわたり、この彫刻を撤去するようBBCに要求してきた。だがBBCは、今回の襲撃事件の後もこの像を撤去するつもりはない。BBCは声明の中で、「彫像の制作が依頼された当時、空気の精であるアリエルは、放送の新しい夜明けにふさわしいシンボルだとされた」と述べている。
声明はさらにこう続く。「BBCはエリック・ギルの見解や行動を容認しているわけではない。芸術家の仕事を芸術そのものから切り離せるかどうかについて議論の余地があるのは明らかで、そうした議論を続けるのが正しいことだと考えている。作品を傷つけるのは正しいアプローチだとは思わない」
BBCニュースのカルチャーエディター、ケイティ・ラザールは、事件の動画をツイッターに投稿し、次のように書いている。「現在BBCの外では、男がエリック・ギルの像を壊そうとしていて、別の男がその様子を配信しながら小児性愛者について語っている。ギルの恐ろしい犯罪についてはよく知られている。だが、これが正しいやり方なのだろうか?」
ギルには宗教的作品もあり、彼の彫刻は今もウェストミンスター大聖堂を飾っている。1998年にMinister and Clergy Sexual Abuse Survivors(聖職者による性的虐待被害者の会)の会員たちは、ギルの《Stations of the Cross(十字架の道行)》を教会から撤去するよう求めた。 また、ギルが1906〜1924年まで家族とともに暮らしたディッチリング村には、ギルがデザインした第一次世界大戦の記念碑が立っているが、(その脇に)彼の業績を称える石碑が設置された時は、彼の私生活を知る住民から怒りの声が上がった。
近年は、ギルの虐待行為を踏まえた上で、その芸術を捉え直そうと試みる展覧会もある。Ditchling Museum of Art + Craft(ディッチリング・ミュージアム・オブ・アート+クラフト)が2017年に開催した「Eric Gill: The Body(エリック・ギル:人体)」は、「ギルの虐待について知りながら、その芸術を楽しむことは可能なのか?」という問いを土台にして構成された。
この展覧会では、人体に関する彼の習作を中心に、娘たちの裸体を描いた作品も展示された。2021年に同館は、ギルに対する見解を詳細に示す声明を発表している。「評議会は次の二つの立場を取ります。エリック・ギルによる娘たちへの虐待を、隠したり、弁解したり、正常なものとしたり、矮小化したりせず、絶対的に非難します。その一方で、私たちには所蔵する美術作品を保護し、展示し、解釈する義務があるのです」(翻訳:野澤朋代)
※本記事は、米国版ARTnewsに2022年1月14日に掲載されました。元記事はこちら。