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アーモリーショーのベストブース10選。座れるアート、食品の巨大彫刻、妊娠中のサイボーグほか

夏が終わり、ギャラリーは本格的な秋のアートフェアシーズンを迎えている。そのニューヨークでの皮切りはアーモリーショーだ。世界各国から多様なギャラリーが参加した同フェアから、ARTnewsが選んだ10の秀逸なブースを紹介する。

アーモリーショーの会場入り口 Maximilíano Durón for ARTnews

今年のアーモリーショーは、2021年に続いてジャビッツセンターで開催された。多くのギャラリーが徐々に通常営業へと戻ったこともあり、会場面積は大幅増、フェアの規模は飛躍的に拡大した。とはいえ、9月8日に行われたVIPプレビューでは、思ったほど売り上げが伸びなかったと打ち明けるギャラリーもあった。会場を行き交う来場者の数も、コロナ禍以前の水準には至っていないという印象だ。

それでも、アーティストのジュディ・シカゴ、俳優のポール・ラッド、ブルックリン美術館のアン・パステルナーク館長、作家のロクサーヌ・ゲイ、コレクターのバーナード・ランプキンやベス・ルーディン・ディウディ、ドン・ルベルとメラ・ルベル夫妻といった著名人が数多く姿を見せていた。

参加ギャラリーは、アーモリーショーを既存の概念にとらわれない作品を積極的に見せる場として捉えているようだ。また、市場に出始めたばかりの絵画や、いかにも高価そうな大型彫刻など、コレクター受けするものも目についたが、大部分は、派手さはないが斬新な作品だった。では、アーモリーショーから10のベストブースを紹介しよう(各見出しはアーティスト名/ギャラリー名の順に表記)。


1. Mit Jai Inn/Silverlens(ミット・ジャイイン/シルバーレンズ)


Photo: Alex Greenberger for ARTnews

9月8日にニューヨークで新しいギャラリーをオープンしたフィリピンのシルバーレンズは、それに合わせてアーティスト3人の作品を展示した。ブースで最も大きな作品は、タイの画家ミット・ジャイインの《Patchwork(パッチワーク)》(2019)で、5メートル以上の幅がある。絵の具を塗ったカンバスをリボンのように細長く切って織ったこの作品は、ある部分ではしっかりと編まれ、別の部分ではゆるくほどけて垂れ下がるようになっている。

ギャラリーによると、ミットはこの作品をオルタナティブな社会の設計図のようなものとして制作したという。そして、それは人々の間により平等な関係の網の目が張り巡らされた世界なのだろうと話していた。タイのアートシーンの伝説的存在であるミットは、まだ米国で個展を開催したことがないが、いよいよ実現の機が熟したと言えそうだ。


2.France-Lise McGurn/Simon Lee Gallery(フランス=リーズ・マクガーン/サイモン・リー・ギャラリー)


Photo: Alex Greenberger for ARTnews

アートフェアのブースを最大限に活用するなら、壁全体を作品にしてしまえばいい。というわけで、グラスゴー在住のアーティスト、フランス=リーズ・マクガーンは、サイモン・リー・ギャラリー(ロンドン、香港)の広いブースを隅々まで活用し、交差する人物の輪郭を壁に描いた。絵画の女性が作品の外へ抜け出して、消え去りそうな壁の女性像の体と二重になり、融合し、結合し合うかのような様子は、フランシス・ピカビアの「透明の時代」の作品を思わせる。マクガーンの絵は洗練されていて、魅力的で、よく目立ち(アートフェアの混雑した会場では大きな利点だ)、視覚的な楽しみを与えてくれる。ブースの出口付近の壁に、口紅の跡がついたたばこが突き出ているのが楽しいアクセントになっていた。


3. Kianja Strobert/Campoli Presti(キアンジャ・ストロバート/カンポリ・プレスティ)


Photo: Alex Greenberger for ARTnews

カンポリ・プレスティ(ロンドン、パリ)の目玉は、このフェアでは珍しく家具をかたどったもの。それは、キアンジャ・ストロバートのベンチのような無題の作品だ。なんと、来場者が座れる椅子であり、ギャラリーの名刺置き場で作品でもあるという3つの役割を果たしていた。ベンチには高級感の漂う室内の写真と、女性が手首にブレスレットをはめてもらっている写真がレディメイド(*1)の素材として貼ってあり、なぜか火が灯されたキャンドルも置かれている。レイチェル・ハリソンの奇妙で楽しい彫刻のように、ストロバートの作品も単純に読み解かれまいとしているようで、独自の存在感を示していた。その周囲には、ザイラー・ジェーン、チェイニー・トンプソン、ロシェル・ファインスタインなどの魅力的な絵画が展示されていた。


*1 大量生産された既製品をオブジェとして展示するもの(マルセル・デュシャンが考案した概念)。


4. Julien Creuzet/Document(ジュリアン・クルーゼ/ドキュメント)


Photo: Alex Greenberger for ARTnews

ドキュメント(シカゴ)のブースの大半を占めていたのが、ここ数年パリのアートシーンで注目されているフランス系カリビアンの若手アーティスト、ジュリアン・クルーゼの作品だ。多くはプラスチック、金属、布を組み合わせた抽象作品で、壁かけ式のものが多い。クルーゼは、これらの作品を都市のごみで作られたアッサンブラージュ(*2)になぞらえ、都市生活の証として提示している。一方で、作品につけられた詩的なタイトルは、私たちが知る世界のはるか彼方に存在する場所を暗示しているようだ。


*2 雑多な物体(日用品、工業製品、廃品など)を寄せ集めて作られた芸術作品やその手法。

たとえば、新作のタイトルの1つはこんなものだ。《Our eyes have seen the underside of the seas, submerged mountains, the salt clinging to our pupils our eyes have beaded tears to ripple the waves above our elongated bodies our eyes are watching you (Ojo de Horus, naranja)(私たちの目は海の底や水没した山々を見てきた、瞳孔には塩がついて目は涙を流し、おかげで細長い体の上の波が波立ち、私たちの目はあなたを見ている〈ホルスの目、オレンジ〉)》。

クルーゼの作品は、陶器の花と自然の風景写真を織り交ぜたエリン・ジェーン・ネルソンの立体作品とともにセンスよく配置されていた。


5. Olga de Amaral/Richard Saltoun Gallery(オルガ・デ・アマラル/リチャード・ソルトーン・ギャラリー)


Photo: Alex Greenberger for ARTnews

昨年、ヒューストン美術館で回顧展が開催された90歳のオルガ・デ・アマラルは、繊維を編み込んで制作した大胆な抽象作品で、今もなお一流アーティストとしての地位を保っている。今回、リチャード・ソルトーン・ギャラリー(ロンドン)では、過去の作品を紹介。その多くは、布の帯を下向きに垂らしただけの作品だ。1985年頃の作品《Flores #16 (Flowers #16)(フロール#16〈花#16〉)》は、藤色と赤のウールでできた束の端が馬の毛で結ばれ、風に揺れる花壇を思わせる。最小限の素材で作られていることを考えると、その力量には感服せざるを得ない。


6. Lucia Hierro/Charlie James Gallery(ルシア・イエロ/チャーリー・ジェームズ・ギャラリー)


Photo: Alex Greenberger for ARTnews

チャーリー・ジェームズ・ギャラリー(ロサンゼルス)のブースに展示されたルシア・イエロの彫刻は、街の食料品店に大量に置かれているライスセレクトのキヌアの箱や、ステイシーズのピタチップスの袋、カナダドライのジンジャーエールのボトルなど、ニューヨーカーに親しみのあるパッケージデザインを取り入れている。また、商品のレプリカのような写真を袋に入れて壁にかけた作品もあり、自分が長年住み慣れた都市の象徴として、商品をアートへと昇華させているようだ。ブースの中央には、カフェ・バステロのコーヒー粉のパッケージを模した作品が置かれていた。普通の食料品店で売られているコーヒー粉の袋は片手に収まるサイズで、数ドルで買える。しかし、イエロの手にかかると、サイズも、価格も、その意味もはるかに大きなものになるようだ。


7. Roberto Huarcaya/Rolf Art(ロベルト・ワルカヤ/ロルフ・アート)


Photo: Alex Greenberger for ARTnews

ロルフ・アート(ブエノスアイレス)は大型作品を集めた「プラットフォーム」部門で、ペルー人アーティスト、ロベルト・ワルカヤによる全長27メートルものフォトグラム(*3)を展示。鑑賞者の頭上にそびえるこの作品は、ワルカヤがバウアハ・ソネネ国立公園で夜間に植物の葉を印画紙に置いて感光させ、近くを流れる川から汲んだ水で現像した神秘的な写真だ。作品に浮かび上がる葉は不気味な存在のように表現されているが、現実の植物はどこにも見えない。おそらく、気候変動でアマゾンのジャングルが急速に破壊されていることを暗示しているのだろう。フォトグラムの一部が、波のようにうねる台の端から垂直に立ち上がるという展示スタイルも作品の神秘的な雰囲気を高めている。


*3 カメラを使わず、印画紙の上に直接物体を置き、光を当てて撮影する技法。


8. Cecilia Bengolea/Andréhn-Schiptjenko(セシリア・ベンゴレア/アンドレン=シプチェンコ)


Photo: Alex Greenberger for ARTnews

アーモリーショーには、アートを見る楽しみの1つである奇妙な作品は多くない。だが、アンドレン=シプチェンコ(ストックホルム)は、そんな流れを変えようとしているようだ。今回はアルゼンチンのアーティスト、セシリア・ベンゴレアのソロブースを出展し、労働者のデモを描いた絵画とビデオを展示した。あるビデオ作品では、製鉄所の映像にバレエダンサーが重ね合わされ、金属板が製造されるたびに体を回転させるダンサーたちの動きが、一種のストライキのように見える。《Maria’s Hardship(マリアの苦難)》(2022)と題された別のビデオ作品では、妊娠したサイボーグが煙突のまわりをゆらゆら動いている。工場の生産ラインから転がり落ちたように見えるサイボーグは、実は設計者が意図した労働を拒否しているのだ。

9. Jennifer Bartlett/Locks Gallery(ジェニファー・バートレット/ロックス・ギャラリー)


Photo: Alex Greenberger for ARTnews

ロックス・ギャラリー(フィラデルフィア)は、7月に死去した画家、ジェニファー・バートレットを追悼するような穏やかな作品を出展。バートレットの絵は一見単純なので、見逃してしまった来場者が多いかもしれない。しかし、エナメル塗料を使ったスチール板72点で構成される《Bayshore Walk(ベイショアウォーク)》(1976-77)は一見に値する。

《Bayshore Walk》は、9枚ごとにグループ分けされた正方形のスチール板が8つの部分を構成し、全体として一貫したイメージを醸し出している。向かって左半分には、それぞれ異なる色で4軒の家のような形が描かれ、右半分ではその家が色とりどりの絵の具へと分解されたように見える。これは、モネが天候や日光の当たり方で変化する干し草の山を描いた名作《積みわら》の現代版ともいえる作品だ。このブースは、優れた作品が見過ごされてしまうこともあるアーモリーショーの喧騒の中で、ほっと一息つける空間だった。


10.Hock E Aye Vi Edgar Heap of Birds/K Art(ホック・E・アイ・ヴィー・エドガー・ヒープ・オブ・バーズ/ ケイ・アート)


Photo: Alex Greenberger/ARTnews

アメリカ先住民のセネカ族に属するデイブ・キメルバーグは、2020年に先住民が経営する全米でも数少ない商業ギャラリー、Kアートをオープンして話題を呼んだ。今回初出展したアーモリーショーでも、注目に値するギャラリーとして存在感を示していた。ブースでは、繊細なガラスビーズを通した糸が連なる美しい壁掛け彫刻のエリン・ギングリッチ(コユコン族・アサバスカン族、イヌピアット族)や、MoMA PS1(ニューヨーク近代美術館の別館)で5年ごとに行われるグレーターニューヨーク展で脚光を浴びたG・ピーター・ジェミソン(セネカ族)らの作品を展示。中でも目を引いたのは、ホック・E・アイ・ヴィー・エドガー・ヒープ・オブ・バーズ(シャイアン族、アラパホ族)の《Native Nations Sovereign(先住民の主権)》(2019)だ。この大型絵画には、全米各地の都市名や先住民族の部族名が描かれている。(翻訳:清水玲奈)

※本記事は、米国版ARTnewsに2022年9月8日に掲載されました。元記事はこちら

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