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香港のM+美術館で「検閲」? 政治色の強い3作品が撤去

コロナ感染の拡大で休館していた香港の現代美術館M+が、再開を前に中国人現代アーティストによる政治色の強い作品3点を、ウリ・シグの寄贈コレクション展から撤去した。スイス人コレクターのウリ・シグが寄贈した1400点あまりの作品は、M+の所蔵作品の土台となっている。

M+の展覧会「M+ Sigg Collection: From Revolution to Globalisation(M+ シグ・コレクション:革命からグローバル化まで)」の展示風景 Photo: Lok Cheng, M+ Hong Kong

撤去の対象となったのは、王興偉(ワン・シンウェイ)の《New Beijing(新しい北京)》(2001)、周鉄海(ジョウ・ティエハイ)の《Press Conference III(記者会見III)》(1996)、王廣義(ワン・グァンイ)の《Mao Zedong: Red Grid No. 2(毛沢東:赤の格子2番)》(1989)。香港のニュースサイト、香港フリープレスによると、このうち《New Beijing》は、すでに政治的な意味合いの薄い油彩画に置き換えられたという。

《New Beijing》には、けがをしたペンギン2羽が描かれており、そのうち1羽は銃で撃たれたような傷跡がある。1989年に北京で起きた天安門事件で学生活動家2人が病院に運ばれる様子を捉えたフォトジャーナリスト、リュウ・ヒョンシン(劉香成)による象徴的な写真をもとにした作品だ。

天安門事件での死者数の公式記録はないが、少なくとも数百人にのぼる丸腰の民主化デモ参加者が、政府の派遣した軍によって殺害されたとアムネスティ・インターナショナルは推定している。天安門事件の虐殺を公に認めれば、中国では検閲の対象となる。2019年、事件30周年を記念する追悼集会を活動家が計画した際、政府は許可を出すことを拒否した。

周の《Press Conference III》は、世界のアート市場で中国現代アートが商品として扱われるようになったことを記者会見で語るアーティストを描いている。王廣義の《Mao Zedong: Red Grid No. 2》(1989)は、赤い格子の後ろ側に毛沢東を描いた作品だ。

実質的には準自治区だった過去を持つ香港は、国際的なアートの発信地として発展した。しかし過去3年間、中国政府による言論の自由への締め付けが強化されている。2020年には国家安全維持法の施行によって政府の権限がさらに拡大し、政府が「反政府的」と見なせば、どんな表現も抑圧できるようになった。

M+は、中国と西洋の文化の架け橋になることを標榜し、数十億ドル規模の予算を投じたプロジェクトだ。しかし、作品撤去の報道を受け、その野望は実現不可能ではないかという憶測が広がっている。M+に約90点の作品を寄贈した香港のコレクター、ウィリアム・リムは、21年秋のグランドオープンを前に、ARTnewsに対して「作品が展示されないという事態はそれほど懸念していない。欧米のメディアが誇張しているところもある」と語っていた。

M+などの芸術施設が集まる地区を管轄する西九龍文化区当局は声明で、問題の3点の作品はコレクションの定期的な展示替えの一環として撤去されたと発表。広報担当者は次のように説明している。

「残りの作品の入れ替えは、今後数カ月にわたって行われる予定です。M+では世界各地の一流美術館と同様、キュレーターがプロフェッショナルなやり方で企画や展示の問題に対応しており、全ての展覧会は関連する法律や規制を完全に遵守しています」

M+では、中国の反体制アーティスト、艾未未(アイ・ウェイウェイ)の作品を現在も複数展示している。ただし21年には、天安門広場で中指を立てている自身の姿を写した《Study of Perspective: Tiananmen Square(遠近法の研究:天安門広場)》(1995)が、「中国に対する憎悪を広める」として、中央政府寄りの政治家から国家安全維持法違反だとの批判を受けた。M+は待望の開館を前に作品の公開を取りやめたが、国家安全維持法とは無関係だと説明していた。

西九龍文化区当局の唐英年(ヘンリー・タン)局長は、21年11月の開館式での発言をほぼ繰り返すように、「私たちは芸術的表現と創作の自由を支持し、奨励します。しかし、芸術的な表現が法律を超越した存在というわけではありません。公立美術館として、私たちには法律を遵守し、社会の文化水準を尊重する責任があります」と述べている。(翻訳:清水玲奈)

※本記事は、米国版ARTnewsに2022年4月21日に掲載されました。元記事はこちら

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