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AIの判断は信用できない!? ラファエロ作とされた絵画に、専門家から疑問の声

2023年1月に人工知能(AI)を用いた調査でラファエロ作と断定された絵画をめぐり、別のAIで調査したところ全く逆の結果が出た。「複数のAI同士の論争」が勃発している。

《de Brécy Tondo》と呼ばれる聖母子像の現在の所有者、ティモシー・ベノイ(左)と、AIを使って作品を研究し、ラファエロが描いたと「断定」した2人の研究者。Photo: KM Images LTD.

誰が描いたのかをめぐり、長年論争が繰り広げられてきたのは「ド・ブレシー・トンド」と呼ばれる絵画だ。2023年1月に人工知能(AI)を使って調べたところ、ラファエロ作と断定できたとある科学者が発表し、世界的な話題になった

ところがここに来て状況は複雑になっている。別の専門家から、ラファエロのものと断定した研究結果を疑問視する声が上がっているのだ。ある科学者の研究では、ラファエロのものと断定できる根拠とされた研究とはまったく異なる結果が示された。さらに9月9日付のガーディアン紙で、2人の美術館関係者が、AIの判断は不正確である可能性が高いと語っている。

「ド・ブレシー・トンド」については、制作年代を含め、不明な点が多い。この作品はラファエロが亡くなってから300年以上経ったヴィクトリア朝時代に描かれた模写だとする歴史学者がいるほか、最近では、作品がルネサンス時代に制作されたものであるという新たな説を主張する研究者もいる。

そして、その構図が、ラファエロの作品であることが確実とされる絵画《システィーナの聖母》(ca. 1513)の一部分の構図と酷似しているという事実もある。これは「ド・ブレシー・トンド」よりも有名な作品で、ドイツのドレスデンにあるアルテ・マイスター絵画館に所蔵されている。「ド・ブレシー・トンド」には聖母の下にいる天使と、横にいる他の2人の人物は描かれていないものの、2つの作品はともに同じような姿の聖母マリアが描かれている。

ノッティンガム大学とブラッドフォード大学の研究者たちは、AIに《システィーナの聖母》を調査させ、「ド・ブレシー・トンド」と比べてデジタル画像分析を行った。その結果、顔の特徴の合致率は、女性が97%、子どもが86%だったという。これに基づき、2枚の絵は 「同じ画家によって描かれた可能性が高い」と結論づけている。

この研究結果は2023年1月に発表され、その後7月から、研究が行われた大学からほど近いイギリスのブラッドフォードにあるカートライト・ホール美術館で初公開されている。

カートライト・ホール美術館は、AIを用いた研究についての一般向け文書の中で「A Iを用いたコンピュータの顔認識技術によって、絵画の中の顔はラファエロの有名な祭壇画に描かれた顔と同一であることが示されました」と述べている。しかし、スイスのアート・レコグニション社と共同で研究を行った科学者カリーナ・ポポヴィッチは、この見方を否定している。

ポポヴィッチはガーディアン紙に対し、自分の研究はまったく異なる結果になったと語った。アルゴリズムによる分析で、「ド・ブレシー・トンド」はラファエロの作品ではない可能性が85パーセントに達するとの結果が出たという。

スコットランド国立美術館の元館長、ティモシー・クリフォードは、ガーディアン紙に「ド・ブレシー・トンド」の制作者をAIが判断したことについて聞かれると、作品を制作した画家を突き止めるAIの能力について「正確である可能性は極めて低い」と述べた。「重要なアーティストの絵画について機械的に認識する技術を用いることは極めて危険だと、私は強く懸念しています」とも語っている。

ポポヴィッチの研究結果について、カートライト・ホール美術館を所有するブラッドフォード市議会の広報担当者にガーディアン紙が質問したところ、「複数のAI同士の論争ということなのでしょう」と回答したという。(翻訳:清水玲奈)

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