アーモリー・ショー、VIPプレビューに長蛇の列──230ギャラリーが出展、「慎重な楽観ムード」漂う
世界的なアート市場の停滞が続くなか、9月4日、アーモリー・ショー2025がVIPプレビューからスタートした(一般会期は9月5日〜9月7日)。大手ギャラリーの復帰や新規参入も目立つなか、初日には早朝から長蛇の列ができ、市場の変化を映し出す場となった。

9月4日午前11時(ニューヨーク現地時間)のVIPプレビューで幕を開けた今年のアーモリー・ショーは、開始早々、会場であるジャヴィッツ・センターのガラス張りのアトリウムには長い列が伸びた。1時間近く列は途切れることなく、紺色のブレザーや軽やかなドレスを纏った人々から、全身を飾り立てたファッショニスタまで、さまざまな装いの来場者が館内へと流れ込んでいった。
この熱気は、アート市場にとって歓迎すべき兆候だった。今年の春は不安定に揺れ、夏にはギャラリーの閉廊や訴訟、アートフェアの中止が相次いだ。しかし、VIPプレビューの会場は、慎重ながらも前向きな空気に包まれていた。過去最高の売上を口にするディーラーはひとりもいなかったが、多くは「ゆるやかなペースのなかにも確かな関心があると感じた」とUS版ARTnewsに語った。
「確かに市場はスローダウンしていますが、それでもまだ渇望は存在します。なにしろここはニューヨークですから」
そう語るのは、ピーター・ブラム・ギャラリー(Peter Blum Gallery)のディレクター、デイヴィッド・ブラムだ。同ギャラリーのブースは、アレックス・カッツの近作から歴史的作品までを中心に、控えめだが洗練された展示構成で、目玉は、2022年のグッゲンハイム回顧展でも紹介された1962年の油彩《October 2》。大きな窓の下に整えられていないベッドを描いた静謐な作品で、価格は120万ドルと、US版ARTnewsが会場で確認した最高額だった。VIPプレビューの終わりまでに買い手はついていなかったが、ニコラス・ガラニン(Nicholas Galanin)やエリック・リンドマン(Erik Lindman)、マーサ・タトル(Martha Tuttle)の作品を含むブースの3分の1は、すでに売約済みだった(価格は1万6000ドル、約240万円から)。
木曜の時点で最高額の成約を報告したのはガレリア・ロルカン・オニール(Galleria Lorcan O’Neill)で、100万ドル(約1億4800万円)の作品が1点売れたと発表(作品名は非公開)。このほか、ショーン・ケリー(Sean Kelly)はケヒンデ・ワイリー(Kehinde Wiley)の絵画を26万5000ドル(約3900万円)で、ジェームズ・コーハン(James Cohan)はケネディ・ヤンコ(Kennedy Yanko )の彫刻を15万ドル(約2200万円)で、タング・コンテンポラリー(Tang Contemporary)はアイ・ウェイウェイの「トイレットペーパー」作品を15万〜18万ドル(約2200万〜2700万円)で販売した。

来場者にはコレクターだけでなく、美術館関係者の姿も目立った。ドン&メラ・ルベル夫妻、パメラ&デイヴィッド・ホーニック夫妻、ピーター&ジル・クラウス夫妻、ベス・ルディン・デウーディ、コマル・シャー、ジャール・モーンらの姿が確認されたほか、ハーレム・スタジオ美術館館長セルマ・ゴールデン、フェニックス美術館チーフキュレーターのオルガ・ヴィソ、ホイットニー美術館館長スコット・ロスコフ、ハイライン・アートのセシリア・アレマーニ、ペレス美術館館長フランクリン・サーマンズらが来場した。
その賑わいに勇気づけられたと語るのは、新進ギャラリーの部門「プレゼンツ」に出展したケイツ=フェリ・プロジェクツ(Kates-Ferri Projects)の共同創設者、ナタリー・ケイツだ。昨年は欠席が目立ったが、今年は「みんな来るとメッセージをくれて、実際に来てくれた。すごくうれしい」と語り、「ただし、それが売上につながるかはまだ分からない」と付け加えた。
同じく「プレゼンツ」では、トライベッカのロブ・ディミン(Rob Dimin)が「シンプル・イズ・ベスト」を掲げ、ハドソン・バレー拠点の作家エミリー・コーンによる《Spider Silk》シリーズを展示。官能的な女性像と抒情的な森の風景を組み合わせた大作で構成し、正午までに8500〜4万ドル(約120万〜600万円)の絵画5点を販売した(うち2点はバックルームに展示されていた)。ディミンは、「システムを書き換えるつもりはない」と語った。
フェアの舵取りを担うのは、アーモリー・ショーのディレクター、カイラ・マクミランだ。今年が就任2年目だが、昨年は開催のわずか2カ月前に着任したため、今回が彼女のビジョンを全面的に反映した初のフェアと言える。会場レイアウトを一新し、キュレーションを重視したプログラムを打ち出したのが特徴だ。
キュレーション部門「フォーカス」は会場の正面に移動し、アメリカ南部のアーティストに焦点を当てた。企画を担当したのは、リッチモンドのバージニア・コモンウェルス大学現代美術館(ICA VCU)エグゼクティブ・ディレクター、ジェシカ・ベル・ブラウン。大型インスタレーションや彫刻を展示した「プラットフォーム」部門のキュレーションは、非営利団体ソウルズ・グロウン・ディープのレイナ・ランプキンズ=フィールダーが担当した。また、通常のブースの間に「ソロ」形式の特別展示が組み込まれ、さらに「ニューヨーク・スカルプチャー」と題した大型作品も5点並んだ。

合計230の出展ギャラリーの中には、アンドリュー・クレプス(Andrew Kreps)やエスター・シッパー(Esther Schipper)といった大手の復帰組も含まれる。マクミランは、「年間来場者数が6万人を超える規模を誇る彼らを呼び戻すことは、大きな目標のひとつでした」と語り、こう説明する。
「ニューヨークで大型展をしても、これほどのリーチは得られません。そのスケール感と、コレクターを自認しない人をも巻き込む多様性が、復帰を後押ししました」
なかでも注目を集めたのは、ロンドンのホワイト・キューブが10年以上ぶりに復帰したことだ。ニューヨーク、香港、ソウル、パリに拠点を広げる同ギャラリーのようなトップギャラリーがアーモリー・ショーに参加するのは、2022年のデイヴィッド・ツヴィルナー以来だからだ。同ギャラリーのディレクター、アレクサンドラ・スターリングは、「マクミランとよく知り合いで、彼女のフェア改革のアイデアが復帰のきっかけになった」と話す。
ホワイト・キューブは、クロアチア生まれで現在ニューヨークを拠点とするデュオ、タルウク(Tarwuk)の個展を披露。ユーゴスラビア紛争期の経験を反映した絵画(6万5000〜10万ドル、約1000万〜1500万円)は木曜午後までにほぼ完売し、残るのは1万ドル(約150万円)前後のドローイングと1万5000〜3万ドル(約200万〜440万円)の彫刻のみだった。

マクミランの最も大きな改革は、新規出展ギャラリーの誘致とも言える。今年は55軒が初参加し、全体の4分の1を占めた。
チャイナタウンのマッシー・クライン(Massey Klein)もそのひとつだ。共同創設者ギャレット・クラインは出展した理由として、「5月のNADAニューヨークで成果を得て、美術館関係者とのつながりも増えた。アーモリーは財政的リスクを取る価値があると判断した」と明かす。VIPプレビューの夜には、ケイト・マククイレン(Kate McQuillen)による大型作品を新規コレクターに2万4000ドル(約360万円)超で販売。クラインは、「出展者の世代交代が起きています。だからこそ、この機を逃さず挑戦しようと決めました」と語る。
また、オースティンのマルサズ(Martha’s)は「フォーカス」で初参加。南部的なマチズモとクィア的感性を融合させたRF. アルバレス(RF. Alvarez)の作品群を4500〜2万ドル(約70万〜300万円)の価格帯で出品し、1点を残してすべて初日に売れたという。共同創設者のリッキー・モラレスは、「アーティストが肩の故障で制作を止めざるを得なかったが、数週間後に追加制作を予定しており、ウェイトリストに応えるつもりです」と笑顔を見せた。
一方、メインセクションでは商業的現実主義と美術館収蔵を視野に入れた戦略が交錯した。
ロンドンのヴィクトリア・ミロ(Victoria Miro)は、ドロン・ランバーグ(Doron Langberg)によるファイア・アイランドやイスラエルでの屋外肖像を中心に、2万2000〜3万5000ドル(約330万〜520万円)の新作41点を出品。ディレクターのグレン・スコット・ライトによれば、メトロポリタン美術館やホイットニー美術館が最近収蔵したこともあり、同作家への注目度は高まっている。ブースの残りはヘルナン・バス、マリア・ベリオ、セクンディノ・エルナンデス、クザナイ=ヴァイオレット・フワミ、草間彌生、フローラ・ユクノヴィッチらによる多彩な作品が並んだ。
チェルシーのガース・グリーナン(Garth Greenan)は、前日に98歳で逝去したロザリン・ドレクスラー(Rosalyn Drexler)から、来夏にサクラメントのクロッカー美術館で回顧展を控えるグラディス・ニルソン(Gladys Nilsson)まで幅広いプログラムを展開。ブースの中心には、先住民宇宙飛行士を守るための「主権スーツ」を手がけるカヌパ・ハンスカ・ルーガー(Cannupa Hanska Luger)の新作《góodex》(17万5000ドル、約2600万円)が置かれた。また、2023年制作のハワーディナ・ピンデル(Howardena Pindell)による大型パンチ作品《無題 #20 (For Masa: Lavender Lotus)》(87万5000ドル、約1億3000万円)も出品されたが、アシスタント・ディレクターのジュリアン・コーベットがいずれの作品も「高い関心を集めている」と話す一方、VIPプレビュー時点では売れていなかった。

シカゴのセクリスト | ビーチ(Secrist | Beach)は、8月に所属が発表されたばかりのジャクリーン・サーデル(Jacqueline Surdell)の1200ポンド(約540kg)もの重さのある巨大壁面作品をブース中央に据え、30万ドル(約4400万円)で提示。初期ルネサンス宗教画を参照したという本作は、3カ月をかけて制作された。その他、小規模作品は1万2000〜5万ドル(約180万〜740万円)で展示された。
アーモリー・ショー初参加となったロンドンのサーチ・イェイツ(Saatchi Yates)は、2024年ヴェネチア・ビエンナーレでエチオピア館を代表したテスファイ・ウルゲッサ(Tesfaye Urgessa)の個展を開催。大作は13万5000〜20万ドル(約2000万〜3000万円)、小品は7000〜2万5000ドル(約100万〜370万円)の値がつけられた。ディレクターのアリソン・ボールは、「ブルックリン美術館との収蔵交渉に6カ月取り組んでいました。その確定を受けて、ニューヨークはウルゲッサを受け入れていることを実感しました。今こそ、この街で見せるときだと確信したんです」と初出展に至った理由を話した。

トロントのパテル・ブラウン(Patel Brown)は、日系カナダ人アーティスト、アレクサ・クミコ・ハタナカ(Alexa Kumiko Hatanaka)による大型木版画を出品。ハミルトン・カレッジやダラス美術館が近年収蔵し、今月には在日カナダ大使館で個展を控える。ブースの目玉は、会場サイズに合わせて制作された12フィートの作品《Rumination》(3万6000ドル、約530万円)で、VIPプレビュー時点で売約はなかったが、他の6点(5800〜1万5000ドル、約90万〜200万円)は完売していた。
最も示唆的だったのは、デイヴィッド・ノーラン(David Nolan)とマーク・セルウィン(Marc Selwyn)による共同展示だ。アンディ・ウォーホルからロバート・メイプルソープまで、歴史的作家から現代作家までのドローイングを壁一面に並べた展示で、価格帯は5000〜10万ドル(約74万〜1480万円)。付箋に作家名と制作年を記しただけのシンプルな展示で、理論上は、マンハッタンの家賃1カ月分以下でフィリップ・ガストン作品が買えるという内容だった。
事実、最近の買い手の多くは、知っている作家の作品を、自分が納得できる価格で手に入れたいと思っている。ただそれだけのことなのだ。
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