ギャラリー間の格差拡大に歯止めを! メガ&小規模ギャラリーによる新しい取り組みがスタート
近年、メガギャラリーと中小ギャラリーの格差拡大が問題視されるようになっている。人気の出た若手アーティストの引き抜きなども含め、ギャラリー業界が抱える課題に取り組むハウザー&ワースとニコラ・ヴァッセルの新たなパートナーシップをリポートする。
「コレクティブ・インパクト」をモデルにした新たなパートナーシップ
アート界がコロナ禍による停滞から抜け出しつつあった1年あまり前、メガギャラリーの一角を占めるハウザー&ワースの共同社長マーク・パイヨとアートディーラーのニコラ・ヴァッセルは、ギャラリーのエコシステムが直面している問題について話し合いを始めた。ヴァッセルは、ジェフリー・ダイチ・ギャラリーやペース・ギャラリーに勤めたのち、フリーのアートコンサルタントを経て、2021年に自身の名を冠したギャラリーをニューヨークにオープンしている。
彼女はパイヨと意見を交わしていくうちに、大小さまざまな規模のギャラリーが抱える課題を解決しながら、うまく共存していく方法はないだろうかという話になったと回想する。ヴァッセルが運営するような小規模ギャラリーに所属するアーティストは、人気が出始めるとハウザー&ワースのようなメガギャラリーに移ってしまうことが多い。しかしこれからは、ギャラリー同士が協力し合いながらエコシステム全体を活性化できないか──それが2人に共通する思いだった。
パイヨは最近、US版ARTnewsにこう語っている。
「パンデミックの間は考える時間がたくさんありました。その中で、今のアート界ではごく少数の超大手ギャラリーがますます規模を拡大する一方で、それ以外の大多数のギャラリーは非常に厳しい状況に置かれているという認識に至ったのです」
同じ頃、パイヨはヴァッセルのギャラリーが扱っているウマンという作家に興味を持つようになっていた。こうした経緯で、パイヨとヴァッセルは取り扱い作家に関する新たな取り決めを試してみることにした。それが「コレクティブ・インパクト」という枠組みをモデルにした全面的なパートナーシップ協定で、ハウザー&ワースが新たに立ち上げた取り組みの第一弾となるものだ。
コレクティブ・インパクトとは、2011年頃からフィランソロピーの分野で広まったモデルで、(多くの場合、規模の異なる)複数の組織同士が、共通の目標を達成するために緊密なパートナーシップを結ぶことを指す。そして、こうした協業を成立させるためには5つの条件がある。「共通のアジェンダ」「共有された評価システム」「相互に活動を強化する取り組み」「継続的なコミュニケーション」「全体を支えるバックボーンとなる組織」だ。ハウザー&ワースとヴァッセルの場合は、透明性を保ちつつ「リソース共有の強化」を通してパートナーシップを発展させていくという。
「アーティストのキャリアを発展させながら、同時に小規模ギャラリーの成長も支援する。それを実現するための起業家的な新しい発想です」。今回のコレクティブ・インパクトの試みについて、パイヨはそう語った。
才能ある若手アーティストが順調に成長していく道を模索
ヴァッセルがウマンの作品を扱うようになったのは、自身のギャラリーをオープンして間もなくのことだ。ソマリア出身でニューヨーク州北部を拠点に活動するこのアーティストの作品は、すぐにコレクターの間で評判になった。ウマンは2000年代初頭にニューヨークの路上で作品を売り始め、2015年にはオルタナティブスペースのホワイト・コラムスで個展を開催している。
その後ウマンの作品を扱っていたのが、ニューヨークのダウンタウンにあるフィアマン・ギャラリーの創設者でアートディーラーのデイヴィッド・フィアマンだ。デイヴィッドは初めルイス・B・ジェームス・ギャラリーで、その後は自身のギャラリーで計6年ウマンと仕事をし、作品をコレクターや美術館などのアート施設に販売した。ヴァッセルは2022年にウマンと契約し、その年のインディペンデント(ニューヨークで開催されるアートフェア)に出した作品を完売。2023年の春には彼女の個展を成功させている。
US版ARTnewsの取材にヴァッセルはこう答えた。
「ウマンは素晴らしいアーティストです。一世代に1人いるかどうかという傑出した才能で、さらなる進化が期待できます。彼女には、その才能をより広く、より遠くまで届けることのできる窓口が必要です。それによって、さらに大きく成長していくことができるでしょう」
人気が出始めたアーティストを、大手に引き抜かれまいと躍起になって囲い込もうとするのは、彼らのキャリアを考えると良いことではないとヴァッセルは言う。
「ウマンのようなアーティストは囲い込みたくなるのが人情です。とはいえ、私はこの業界で長く働いてきたので、自由を求めるアーティストを引き止めることはできないこともよく分かっています。グローバルなマーケットの力を信じて、囲いを広げるのが得策なのです」
小規模ギャラリーはアーティストの仕事に重要な文脈を与えることができ、大手には強力なサポートシステムがある。その両方の強みを活かせれば最高だとヴァッセルは考える。若手アーティストがメガギャラリーに移籍するのが早すぎれば、軸がブレて右往左往してしまう危険性があるが、小さなギャラリーに長く留まりすぎると、存分に才能を発揮できず窮屈に感じ始めるというのだ。
「それぞれ種類の異なる2つの強力なサポートシステムを組み合わせれば、できることが飛躍的に増えるはずです」
アーティストが複数のギャラリーに所属するのは今に始まったことではないが、そうした場合は地理的な使い分けをすることが多い。たとえば、ヨーロッパにあるギャラリーとアメリカにあるギャラリーに所属し、どの作品をどちらのギャラリーで売るかはアーティスト自身が決定するといった方式だ。大概は、作品が売れるごとに一定の割合(通常は50パーセント)がアーティストに支払われ、作品を販売したギャラリーが残りの50パーセントを受け取る。あるいは、アーティストの主な所属先であるギャラリーが別のギャラリーに作品を委託し、それが売れたときに10パーセントの利益を得ることもある。
コレクティブ・インパクトの取り決めでは、ハウザー&ワースとヴァッセルはウマンのために1つのチームとして働き、コレクターや美術館など、それぞれが持つ顧客ネットワークを共有しながら、どの作品をどこで売るかを共同で決める。売り上げは、アーティストに50パーセント、それぞれのギャラリーに25パーセントずつ分配する。
背景にあるのは小規模ギャラリーの相次ぐ撤退とメガギャラリーへの批判
ハウザー&ワースはこれまで長い間、数多くのアーティストたちと全世界を対象とした契約を結び、各地域のギャラリーで彼らの作品を販売してきた。同ギャラリーがそのやり方を根本から変えることはないだろうが、競争関係にない同業者とのパートナーシップには可能性を感じるとパイヨは言う。それが、ヴァッセルのような若くて斬新な企画を打ち出す小規模ギャラリーを守り、彼らが人気作家に育てあげたアーティストを大手に奪われてしまうという問題を緩和するための一歩だと彼は考えている。ウマン作品に関する取り決めについて、パイヨはこう説明した。
「全てのアーティストを、この方法で扱うということではありません。あくまでも数ある選択肢の中の1つです」
このような関係性は、実は新しいものではない。2016年頃、ニューヨークではギャラリーの閉廊が相次いだが、その原因を作ったのはハウザー&ワースやペース、デヴィッド・ツヴィルナー、ガゴシアンなどのメガギャラリーではないかと多くの人が考え、非難の声が上がった。育ててきたアーティストを次々と大手に引き抜かれた若いギャラリーが財政難に陥り、閉廊に追い込まれたのだというのだ。
そんな中、コロナ禍が始まる少し前には、小規模ギャラリーを支援するためのいくつかの施策が採用された。たとえば、2018年に開かれたニューヨーク・タイムズ紙主催のアートカンファレンスで、デヴィッド・ツヴィルナーが提案した仕組みもその1つだ。これは、アート・バーゼルのような大規模フェアの参加費の価格設定をギャラリーの規模によって変えてはどうかというものだった。メガギャラリーがより多く負担すれば、小規模ギャラリーが参加しやすくなり、彼らの販売機会も増える。アート・バーゼルは、それからわずか数カ月後にこの提案を実行に移している。
コロナ禍では、アートフェアの中止や政府からの給付金、オンライン販売の普及などによって、中小ギャラリーの危機は一時的に後退していた。しかし、ローワーイーストサイドの人気ギャラリーJTTを始め、店を畳むギャラリーが最近また増え始めており、メガギャラリーに対する批判も再燃している。
ハウザー&ワースは、こうしたコレクティブ・インパクト型のパートナーシップを今後数カ月内にさらに発表していく予定だとパイヨは語る。12月8日からはアート・バーゼル・マイアミ・ビーチが始まるが、ハウザー&ワースとヴァッセル・ギャラリーはどちらもウマンの作品を出展し、9万ドル(約1300万円)前後で販売するという。さらに両ギャラリーは、初の共同企画として、ハウザー&ワース・ロンドンでウマンの展覧会を2024年1月30日から4月1日まで開催する。(翻訳:野澤朋代)
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