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NY若手ギャラリーの厳しい現状。市場低迷で売上高が前年比25%減

アート市場の低迷がささやかれる中、ニューヨークの秋のオークションシーズンも冴えない結果に終わった。そんな景気の波を小規模ギャラリーはどう乗り切ろうとしているのか。

カタリーナ・オウヤン《Lift me to the window to the picture image unleash the ropes tied to weights of stones first the ropes then its scraping on wood to break stillness as the bells fall peal follow the sound of ropes holding weight scraping on wood to break stillness bells fall a peal to sky》(2020) Photo: Courtesy Lyles & King

コレクターの買い控えで売り上げ激減

ニューヨークのアート市場に減速の兆しが見え始めたのは、今年の春のことだった。メガギャラリーが6月のアート・バーゼルに向けて出展準備を進める中、多くの小規模ギャラリーはコレクターの購買意欲が落ちていると感じていた。

ニューヨークが拠点の取り扱い作家が20人に満たない小規模ギャラリー約10軒に取材したところ、2023年の売上は、前年比で25%もの減少になる見通しという声もあった。春以降、個人コレクターからの需要が鈍り、予算削減を余儀なくされたギャラリーは、アーティストへの投資を縮小している。11月に発表されたアート・バーゼルとUBSによる2023年グローバル・アート収集動向調査でも、リスクを回避する姿勢が強まり、衝動買い型の購入が減少していることが示されていた。

ニューヨークのクイーンズにあるギャラリー、Mrs.(ミスィズ)の創設者、サラ・マリア・サラモーネは、「アメリカでの売れ行きが低下しているので、ほかの地域への進出を考えるようになった」と語る。

2016年創業のMrs.は、今年初めてアート・バーゼル・マイアミ・ビーチ(ABMB)に参加。アメリカ国内の売れ行きが鈍化する中、新規顧客を獲得しようと、9月には韓国のアートフェアキアフ・ソウルにも初出展した。その一方、過去5年以内にMrs.で買った作品を売却したいという顧客からの依頼が目立ち、2022年には1件だったものが、2023年は5件にまで増加したという。

ニューヨークのダウンタウンにギャラリーを構える他の5人のディーラーも、匿名を条件にビジネスの現状を打ち明けた。彼らが口々に言うのは、この1年で常連コレクターが作品を買い控えるようになったということ。2016年に常設ギャラリーをオープンしたあるディーラーは、ダウンタウンのアートシーンでは明らかに資金が「枯渇状態にある」と漏らす。コロナ禍の間、慈善家たちの間ではアートコレクターとして新進アーティストを経済的に支援することが1つの流行のようになったが、そうした傾向がいつ復活するのかわからないし、もう二度と起きないかもしれないという声も聞かれた。

2020年3月に世界各地でコロナ禍によるロックダウンが始まったとき、それによる景気減速がビジネスに与える影響に不安を募らせたギャラリーは多い。しかし、2020年も後半になると、悲観論は杞憂に終わったとの認識が優勢になった。裕福な投資家たちが新たに作品を購入するようになり、コレクターたちも若手・新進アーティストの作品をこぞって買い集めるなど、ギャラリーの売り上げが急ピッチで回復したからだ。その結果、小規模ギャラリーでもスペースを拡大したり、スタッフを増員したりする動きが見られた。2022年には世界のアート取引額が678億ドル(直近の為替レートで約9兆8000億円、以下同)に達し、コロナ前の2019年比で6%増を記録した。

2017年にニューヨークで、新進アーティストに特化したギャラリーを設立したあるディーラーは、コロナ禍の時期に得た利益で事業を拡大し、3つのスペースを新たにオープンした。しかし、サラモーネのMrs.と同じく4月から業績は下向きで、特にアメリカ人コレクターの買い控えが響いているという。アーティストについての問い合わせはあるが、ある程度話が進んでも、結局購入を見送るケースが相次いでいる。これではスタッフの負担が増えるばかりで、所属アーティスト11人の活動は不安定にならざるを得ない。このディーラーは、「アメリカは他の地域と比べてより深刻」と言う。

2013年にトライベッカでギャラリーを立ち上げ、主にマルチメディア・アーティストを扱っている別のディーラーも、コロナ禍初期の活況に比べて売り上げが落ちていることを認め、「風船が徐々にしぼんでいくようだ」と表現した。

今回話を聞いたギャラリー経営者の中の3人は、6〜8年前にギャラリーを設立しており、うち2人は今年がABMB初参加。景況が悪化しているため、慎重な出展方針を取ったという。どのディーラーもコロナ禍の間に事業を拡大し、2店舗目をオープンしたところもあるが、意欲的なアーティストをサポートするためにスタッフを増員した結果、諸経費が増え、売り上げが圧迫されるようになった。しかも、その後収益が頭打ちになったことから、アーティストのスタジオ資金支援や、制作費がかさみそうな手の込んだ展覧会には、厳しい予算管理をしなければならなくなっている。

こうした景気の減速がアーティストの活動に与える影響は、日に日に深刻化していると彼らは言う。その中の1人は、6年前の創業から毎年着実に業績を伸ばしてきたのに、「今年初めて頭打ちになった」と明かした。

ニコラ・ポッティンジャー《Memba wen wi did young》(2023)。Photo: Courtesy Mrs./ Olympia Shannon

小規模ギャラリーの役割を見直す動きも

一方、ニューヨークのアートNPO、インディペンデント・キュレーターズ・インターナショナルのディレクター、ルノー・プローチは、景気の波は周期的に来るものだとし、こう語った。

「こうした状況は今に始まったことではありません。ギャラリーも、アーティストも、その時々の環境に適応するものです。ただし、アーティストを支援する体制の脆弱さが現れているのは確かです」

売り上げが低迷している今、中小ギャラリーにとって、有名な大規模アートフェアに参加するメリットは以前ほど明確ではなくなっている。複数のギャラリーに取材したところでは、今年のABMBで一流ギャラリーが集まる「Nova」「Positions」「Survey」のブース料は、それぞれ1万1000ドル(約160万円)、2万3500ドル(約340万円)、4万5000ドル(約650万円)で、出展にかかる総費用の約半分を占める。それでも、競合するサテライトフェアで、新進ギャラリーが集まるNADAマイアミに出展するよりは、まだ安上がりだと話すディーラーも2人いた。

取材に応じたディーラーたちは、アートフェアではギャラリーの性質による不公平が生じていると指摘する。たとえば、アート・バーゼルの特別セクションの参加ギャラリーは、コンセプトが難解で商業性が高いとは言えない作品を扱うことが通例だ。しかし、そうした作品をフェアで販売するのは容易ではないばかりか、作品の背景をコレクターに説明、理解してもらうのは簡単ではない。ディーラーの中には、大規模フェアは搾取的だと批判する者さえいる。(売れやすい)絵画作品ばかりのブースが並ぶ中、トップクラスの顧客たちに商業的すぎない体験を提供することでより楽しんでもらうために、新進ギャラリーに批評的でエッジの効いた作品を出展させてバランスを取っているという主張だ。それに加え、一般ブースの出展料の方が高いというコスト構造によって、マーケットが確立されていない新人アーティストを広く紹介することが難しくなり、挑戦的な作品を選考委員会に提出する意欲が失われているという声も業界関係者から上がっている。

ニューヨーク州立ファッション工科大学のアートマーケット研究主任であるナターシャ・デゲンは、新進ギャラリーとアートフェアの緊張関係についてこう述べる。

「才能あるアーティストを発掘するのが誰かといえば、小規模なギャラリーにほかなりません。バーゼルの立場からすれば、若いギャラリーが必要なのです。バーゼルは新たな才能の発見を必要としているのですから」

こうした小規模ギャラリーの役割は、最大手のギャラリーからも注目されている。最近、メガギャラリーのハウザー&ワースは、ニューヨークの新進ギャラリーであるニコラ・ヴァッセルとの「コレクティブ・インパクト」パートナーシップを結んだことを明らかにした。同社のCo-CEOであるマーク・パイヨはその中で、現在のアート市場は「持つ者と持たざる者によるエコシステムになっている」と指摘し、「今のアート界ではごく少数の超大手ギャラリーがますます規模を拡大する一方で、それ以外の大多数のギャラリーは非常に厳しい状況に置かれているという認識に至りました」と語っている。アート・バーゼルも、メガギャラリーと小規模ギャラリーの経済的負担をより公平にするため、ギャラリーの規模に応じた価格設定を2018年に導入し、2021年に追加の改革を行っている。

顧客の維持・拡大には長期戦が必要

コストについてはさほど気にしていないというディーラーもいる。その1つが、ABMBの「Survey」部門に今年初めて出展したニューヨークのギャラリー、フレイト+ヴォリュームだ。同ギャラリーを経営するニック・ローレンスによると、これまで何年も出展希望を出していたが、今回ようやく1990年代に検閲対象とされたカレン・フィンリーのパフォーマンスを見せるという企画で審査に通ったという。過去20年間、不況期が訪れるたびに「ゲリラ資金」を調達してギャラリーを存続させてきたローレンスは、今回ABMBに参加するための総費用は10万ドル(1450万円)がかかっていると話す。

また、Mrs.のサラモーネは、2022年にギャラリーの事業拡大を見送ったおかげで今はリスクを取ることのできる財務状況にあるとし、「経費に圧迫されていないときは、挑戦的な作品を作るアーティストを取り上げたい」と述べている。

30代を中心とする若い世代のギャラリストたちが評価を確立するには、ギャラリー設立から10年は必要だ。また、初めて主要アートフェアに参加することは、キャリアの成熟を示す過程でありアート界に認められた証になると同時に、大物コレクターやキュレーターなど新しい顧客層を獲得するための競争のスタート地点に立てたことを意味する。ABMBへの参加は、たとえアーティストの利益や美術館から注目を得ることに結びついているかどうか定かでないにしても、ギャラリー運営の将来にとって重要な投資になるという意見が複数のギャラリストから聞かれた。

とはいえ、今年ずっと買い控えをしている顧客たちへの働きかけは簡単ではないと吐露するギャラリーも多い。特に複雑な作品が増えている今は、ギャラリーで扱うアーティストの露出を増やさないわけにはいかないと強調する経営者もいる。たとえば、今回ABMBに初参加したニューヨークのギャラリー、ライルズ&キングの創設者アイザック・ライルズは、いずれも病的あるいは獣的ともいうべき作品を制作しているアネタ・グジェシコフスカ(49)とカタリーナ・オウヤン(30)を出展。ライルズは、居心地の悪い領域に踏み込んだアートによって「美術館レベル」の展示を作りたいという思いがあったと語り、「そうすれば、より多くの観客をアメリカ国内で獲得することにつながる」と説明した。

市場の停滞は、フェアが終わった後も続くと予想するディーラーもいる。実績のあるギャラリストでさえ、過去半年間は作品の販売交渉がなかなかまとまらず、ニューヨークのアート市場は厳しい状況にあると打ち明けるほどだ。

ニューヨークのダウンタウンにある老舗ギャラリー、PPOWを1983年に創設したウェンディ・オスロフは、コロナ禍でアートが飛ぶように売れたのを「あんなことが持続可能であるわけがない」と切り捨てる。その時期にはコレクター間の競争が激化し、特定のアーティストの新作を入手するのに長いこと待たなければならないという異例の様相を呈していた。そこから一転した現在の状況を、オスロフは、ギャラリーのライフサイクルの中で繰り返される正常かつ痛みを伴う時期と見ている。

彼女はまた、若いギャラリー経営者へのアドバイスとして、常連客を維持したければ苦しい長期戦を覚悟する必要があると語る。「アートフェアの5日間の会期だけで顧客を育てることはできません。展覧会の会期である45日間でもできません。何十年もかけなくてはならないのです」(翻訳:清水玲奈)

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