新国王チャールズ3世の即位を受け、エチオピア政府が略奪された聖なる石版の返還を再要求
エチオピア政府が、ウェストミンスター寺院内の祭壇で覆いをかけられた状態になっている聖遺物の返還を改めて求めている。これは、19世紀後半の英国軍によるアビシニア遠征時に略奪された文化財の1つだ。
エチオピア正教会では、タボットと言われる石版は契約の箱(モーゼの十戒を刻んだ2枚の石版を納めた箱)を表し、聖職者以外がそれを見ることは冒涜とみなされている。ウェストミンスター寺院にある石版は、1868年のマグダラの戦いで英国軍に略奪されたもの。この戦いでは、ほかにも数多くの文化財が奪われている。
王室の管轄下にあるウェストミンスター寺院に置かれている文化財を手放す手続きは、法的に不透明な領域だ。アートニュースペーパー紙が報じるところによると、聖遺物の返還については、母の女王エリザベス2世の死去により王位に就いた新英国国王チャールズ3世の承認が必要になる可能性があるという。
英国に略奪されたマグダラの文化財は欧米各地に分散し、大英博物館をはじめ様々な博物館の所蔵品になっている。その中の石版の1つは、英国陸軍砲兵隊大尉ジョージ・アーバスノットによってウェストミンスター寺院に寄贈された。後に建築家のジョージ・ギルバート・スコットがヘンリー7世の聖母礼拝堂を手がけた際、この石版は祭壇装飾に取り入れられ、参観者の目に触れることになった。
エチオピア政府は長年、略奪された石版の返還を求める運動を続けてきたが、その成果は一様ではない。たとえば、2002年にエジンバラの聖ヨハネ福音教会は、施設内の棚から発見された石版を返還。その3年後には、大英博物館が11枚の石版をスタッフが立ち入れない地下の倉庫に移動している。
しかし、ウェストミンスター寺院はこれまで、エチオピアの訴えを全て退けている。2007年、エチオピア正教会のアブネ・パウロス総主教は寺院の代表に直接働きかけるためロンドンを訪れ、その返還を求めたが、石版は返却されなかった。一方で2010年には石版に覆いがかけられ、「1868年にマグダラからもたらされたアビシニアの祭壇の断片」と書かれた題辞が人目に触れることはなくなった。
ウェストミンスター寺院の報道官は、2018年の時点で次のような説明を行った。「エチオピアの石版について、首席司祭と寺院参事会は慎重に取り扱うべきものである点を十分に理解している。そのため、何年も前に必要な手続きは取られており、神聖な場所にある石版は人目につかないよう適切に覆われている」
9月に同寺院の報道官は、「現時点において(返還の)予定はないが、今後については引き続き検討を続ける」とし、寺院としては「これまでの方針を変更する計画はない」とアートニュースペーパー紙に述べている。(翻訳:山越紀子)
※本記事は、米国版ARTnewsに2022年10月2日に掲載されました。元記事はこちら。