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女性アーティストたちに光を。アート業界のジェンダー平等を率いるカミーユ・モリノー

今年のフリーズマスターズでひときわ注目を浴びたのは、これまであまり知られてこなかった女性アーティストたちの作品を紹介する「Spotlight」部門。この部門を統括したカミーユ・モリノーに、今、とりわけモリノーが拠点を置くフランスのアート業界で進みつつあるジェンダー平等の動きについて話を聞いた。

10月12日から16日まで開催されたフリーズロンドンとフリーズマスターズ。特に後者は、すでに評価の定まった男性の巨匠アーティストたちの作品で占められるのが常だが、今年スポットライトを浴びたのは──まさに「Spotlight(スポットライト)」と名づけられた部門で紹介された──これまであまり知られてこなかった1900年~1951年生まれの女性アーティストだった。この部門を統括したのが、「Archives of Women Artists, Research, and Exhibitions:AWARE(女性アーティスト、研究、展示アーカイブ)」の創設者、カミーユ・モリノーだ。

「キーワードは“発見”です」

そう語るカミーユ・モリノーを展示責任者に起用したのは、フリーズ・マスターズのディレクター、ネイサン・クレメンツ=ギレスピーだ。カミーユはすぐに出展希望を募り、手を挙げた約150の候補から26のギャラリーを選出した。各ギャラリーはそれぞれのブースで、1人のアーティストをフィーチャーすることになる。

世界の女性アーティストを再発見せよ!

「スポットライト」セクションは3つのパートに分けられており、パートごとに一人のアーティストがアンバサダーとしてイントロダクションの役割を担う。たとえば、「ジ・アブストラクト(The Abstract=抽象)」パートの顔となったのはトルコ人アーティストのファーレルニッサ・ザイド。彼女の作品は、イスタンブールのギャラリー、ディリマートによって展示された。万華鏡のようなパターンが描かれた抽象画の大作で知られるザイドは、最近では2021年にポンピドゥー・センターで開催された「ウーマン・イン・アブストラクション(抽象の中の女性)」展でも取り上げられた。

ザイドの作品は、テキスタイル・アートの第一人者となったハンガリー人デザイナー、マルギット・シルヴィツキーの作品と同じスペースに展示された。また、ペース・ギャラリーが展示したのは、カリフォルニア出身のアーティスト、メアリー・コースが1968年に製作した未公開のインスタレーションだった。

2つ目のパート、「ザ・ファイターズ(The Fighters=闘士)」では、政治活動に身を投じたアーティストに敬意が表された。その筆頭が、フォークアートで高い評価を得るシスター・ガートルード・モーガン(The Gallery of Everything)だ。このパートではほかにも、ロンドンに拠点を置く彫刻家でパフォーマーのアン・ビーン(England & Co)や、メキシコ生まれのスサーナ・ロドリゲス(Henrique Faria & Herlitzka)などの作品ーーまるで抽象画のように見える女性の陰部をクローズアップで描いたーーが紹介された。

モリノーは、今回の展示では既によく知られているアーティストの新しい面を見せようと決めていたという。その好例として彼女が挙げたのが、セイソン&ベネティエールが展示したアーティスト、オルランで、「最近の作品ではなく、1990年代に描かれた自画像」にフィーチャーした。


ファーレルニッサ・ザイド《ローモンド湖》(1948)
Fahrelnissa Zeid, Loch Lomond, 1948
COURTESY DIRIMART

3つ目のパート、「ジ・イレデュースブル(The Irreducible、要約不能)」でアンカーを務めたのは、フランスで活躍した画家で作家のレオノール・フィニ(Loeve&Co)だ。フィニは多くのシュールレアリスムの作家と交流したが、彼らの思想とは距離を取ったことで知られる。モリノーは言う。

「このパートを『ジ・アンクラシファイアブル(分類不能)』と名付けることには抵抗がありました。私は歴史学者なので、分類をどうしてもやめられないのです。とはいえ結果として、分類が不可能なケースもあるのは事実。このパートで取り上げたアーティストは、レッテルを貼られることを拒否しています。その願いを尊重することが、今の私たちの務めだと考えました」

このパートでは、ほかにも以下のアーティストが取り上げられた。フィレンツェ生まれで、自身の意に反してポップ・アーティストと呼ばれたルチア・マルクッチ(Apalazzogallery & Frittelli Arte Contemporanea)。また、「(自身の)過去と現在の体験から、時間のかけらをコラージュした」と自らの作品を説明するチェ・ウギョン(Kukje)。そして幅広いメディアを組み合わせて多様なテクスチャーを表現した作品で知られるシルヴィア・スノーデン(Franklin Parrasch)だ。

「このプロジェクトは私にとって、学び、成長するための機会でもあります」

モリノーがそう語る通り、今回スポットライトが当てられたのは、彼女自身も初めて知る、あるいは新たな発見があったアーティストたちなのだ。

転機はオバマ元大統領も訪れたフェミニスト展

ジェンダー平等に意識を向けるモリノーの視点の源流は、大学時代の体験にある。彼女は1987年に、フランスの高等教育機関でパリのウルム通りにあるエコール・ノルマル・シュペリウール(高等師範学校)に入学した。「(ウルム通りにある校舎で)男女共学が始まった最初の年でした」と彼女は振り返る。「当時、女子学生はかろうじてその存在を認められているにすぎない状況でした」


スサーナ・ロドリゲス《作品ナンバー10》(1979)
Susana Rodríguez, Escritura Nro. 10, 1979.
COURTESY THE ARTIST AND HENRIQUE FARIA

そのモリノーは、マサチューセッツ州にあるウィリアムズ大学で学んでいた時期にジェンダー研究を知り、リンダ・ノックリンの1971年の著名な論文「なぜ偉大な女性アーティストはいなかったのか」に触れる。これをきっかけに、彼女はフランスにおけるこの問題への見方に疑問を抱くに至った。「フランスは普遍的な価値を重んじる国で、平等は当たり前のことのようにみられています。でも他の事柄と同じように、平等の実現には努力が必要です」と彼女は指摘する。「フランスは保守的な国ですが、時折革命が起こる瞬間があります。私にとって幸いなことに、『elles@centrepompidou』はそうした革命のひとつでした」

2009年にパリのポンビドゥーセンターで開催された「elles@centrepompidou」展は、フランスの美術館では史上初めて、100%女性アーティストの作品だけで構成された展覧会だった。1年半の開催期間中に250万人以上もの観客を集めた。

当時のアメリカ大統領バラク・オバマは、この展示を見るためだけに、家族とともにパリを訪れたという。ポンピドゥー・センターから「特別なお客様」へのアテンドの要請を受け、ヴェネチア・ビエンナーレからとんぼ返りした時のことを、モリノーは克明に覚えている。パリに戻った翌日には、プライベート・ツアーの案内を務め、自身が選んだ展示内容についてオバマ一家に解説することになった。

「あのときのことを私は決して忘れません。展示作品についても話をしましたが、女性やアフリカ系アメリカ人のアーティストをホワイトハウスに招待したいという、大統領の計画にも話が及びました。その後まもなく、この計画は実行に移されたのです」

フランスで起こりつつある変化

その後モリノーは、2014年にAWAREを立ち上げることになる。アートの歴史を通じて、あまり知られてない、あるいは忘れられた女性アーティストの功績を掘り起こすことが目的だった。この財団の創設、そして「elles@centrepompidou」の開催を経て、モリノーは、フランスのアートシーンで本当の意味での変化が起きていることに気づいた。

たとえば、ルーブル美術館のランス別館では、女性アーティスト/「舞台裏の女性たち」に光を当てるカンファレンスやワークショップ、ガイドツアーが定期開催されるようになった。ニース近代美術館(MAMAC)でも、創立30周年を記念するイベントとして、女性ポップ・アーティストを取り上げる野心的な展覧会が開催された。ケリングの会長兼CEOにして著名なアートコレクターであるフランソワ・ピノーがパリで新たに開いた美術館、ブルス・ドゥ・コメルス(Bourse de commerces)のオープニング展示にも、ジェンダーパリティ(男女同数)への配慮が見て取れる。

2013年以来、フランス文化省は毎年「不平等の調査報告」を公表している。これは公共セクターや研究機関、文化に関わる企業で働く女性の数などに関するレポートだ。「最近の報告から一例を挙げると、国や各地域の基金が購入するコンテンポラリーアートのコレクションでは、女性アーティストの占める割合が2013年と比較して3倍に増えています。この分野に関しては、フランスは他の国に先んじているのです」とモリノーは胸を張る。


シルヴィア・スノーデン《ミス・レジー・メイ》(1982)
Sylvia Snowden, Miss Lesie Mae, 1982.
COURTESY THE ARTIST AND FRANKLIN PARRASCH

AWAREは先日、マリー・ワシリエフがかつてスタジオをかまえていた場所に拠点を移したばかりだ。ここはアンリ・マティスアメデオ・モディリアーニ、シャイム・スーティンといった同時代の画家や、エリック・サティをはじめとする作曲家が集った場所だ。「マリー・ワシリエフは非常に寛容だったことで知られています。かつてワシリエフが設けた集いの場にならい、私たちのリサーチセンターもあらゆる人に門戸を開いています」とモリノーは語る(ただしアポイントメントは必要)。

AWAREのチームは現在、マサチューセッツ州ウィリアムズタウンにあるクラーク美術館と共同で「他者の起源:南北アメリカ大陸のアートの歴史を書き換える(19世紀~現在)」というプロジェクトに取り組んでいる。これはラテンアメリカ、カリブ海地域、およびアメリカにおける黒人および先住民にフォーカスする、3年をかけたプログラムだ。「他者の起源」というタイトルは、トニ・モリスンによる講演録を踏まえたもので、今後は複数の出版物の刊行のほか、2023年には国際シンポジウムの開催も予定されている。

AWAREの取り組みはすでに多くの注目を集め、シャネルをはじめとする企業が、AWAREの事業運営に必要な資金を拠出している。だが、モリノーはこう指摘する。

「もし公的機関が率先して、私たちの組織を吸収、活用し、運営を担ってくれるのであれば、そのほうがずっと良いでしょう」(翻訳:長沢朋子)

*US版ARTnewsの元記事はこちら

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