美しく不穏な女性たち──ドイグ門下、カティア・サイブがいま、評価される理由

リアルでありながら神秘性を帯びたカティア・サイブの絵画は、独特の色彩とシュールなモチーフで見る者の心をざわつかせる。デュッセルドルフからロサンゼルスへ拠点を移し、その表現の幅をさらに広げているサイブの魅力を考察する。

カティア・サイブの作品。左:《Sicilian Defence》(2021)、右:《Cornucopia》(2025)。Photo: Elon Schoenholz/Courtesy Sadie Coles HQ, London/©Katja Seib
カティア・サイブの作品。左:《Sicilian Defence》(2021)、右:《Cornucopia》(2025)。Photo: Elon Schoenholz/Courtesy Sadie Coles HQ, London/©Katja Seib

デュッセルドルフ出身で、現在はロサンゼルスに拠点を置くカティア・サイブは、ドイツ絵画に見られる醜怪な表現と、ロサンゼルスのきらびやかさをその作品で融合させている。人物を描く際、彼女は甘美と辛辣の間を行き来しながら、美とその対極にあるもの、あるいはその裏に隠されたものを混ぜ合わせる。

名門美大でピーター・ドイグの教えを受ける

サイブの主な画題は、若く、強く、美しい女性たちだ。西洋美術史でお馴染みのモチーフと自身のスマホに表示された写真とを参照しながら、彼女はそうした女性像を描いている。

その1つが、ニューメキシコ州のサイト・サンタフェで開催中のグループ展「12th SITE SANTA FE International: Once Within a Time」で展示中の《Cornucopia(豊饒の角)》(2025)だ。古典的な画中画の形式で、トランプのカードとタロットカードを持つ2人の女性を描いたこの絵は、カラヴァッジョ風の雰囲気を漂わせつつ、極めて現代的でもある。解剖学的にはあり得ないしなやかさを持つ女性の腕は、今どきの絵画らしい自由な表現だと言えるだろう。

サイブの絵が見る者の心をざわつかせる一番の理由は、独特の色彩感覚にある。パレットで混色せず、チューブから出したままの同系色を画面上で重ねていく彼女のやり方が最も分かりやすいのが、肌の表現だ。平面性を帯びた人物の肌は、被膜であり形状でもある。ピンク色の顔の女性が描かれた《Sicilian Defence(シシリアン・ディフェンス)》(2021)や、青い顔の《Medusa in vain(虚しいメドゥーサ)》(2020)が好例だが、あまりにピュアなその色彩は、皮肉にも不自然に見える。

カティア・サイブ《Medusa in vain》(2020) Photo: Elon Schoenholz/Courtesy Sadie Coles HQ, London/©Katja Seib
カティア・サイブ《Medusa in vain》(2020) Photo: Elon Schoenholz/Courtesy Sadie Coles HQ, London/©Katja Seib

1989年にデュッセルドルフで生まれたサイブは、幼少期からアートに囲まれて育った。豊かな芸術の歴史を持つこの街では、「パン屋のおばさんでさえヨーゼフ・ボイスのことを知っています」と彼女は説明する。まだ10歳にもならない頃から地元の名門美術大学、デュッセルドルフ美術アカデミーで開かれる学生の展覧会を見に行っていたという彼女にサンタフェで話を聞いたときには、若い頃に見たイェルク・イメンドルフとその教え子たちの作品から影響を受けたという、うらやましいエピソードを語ってくれた。

そして、大学に進学できる年齢に達すると彼女はこのアカデミーに入学する。美術の学士号と修士号を取得した中で特に大きな影響を受けたのは、ピーター・ドイグの授業だった。とはいえ、芸術都市としての伝統があるだけに、デュッセルドルフのアート界は依然として男性優位の傾向が強く、サイブは「男性の画家たちの2倍どころか、3倍は優れていなければ成功できない」と感じていた。

リアルとシュルリアルの融合が放つ神秘性

こうした思いに駆られ、より良い作品を作ろうと絶えず励んでいたサイブは、やがてアート界の有力者として活躍する女性たちの後押しを受けるようになる。2016年に修士課程を修了する直前、彼女はドイグの妻でギャラリストのパリナズ・モガダッシが企画したロンドンの展覧会に出品する機会を得た。そしてそこで展示された作品がロンドンの著名ギャラリスト、セイディ・コールズの目に留まり、以来ザイプはコールズのギャラリーで作品を発表し続けている。その後、彼女の作品は、「自作に対して自信が持てるようになるにつれ」大型化していった。

卒業と同時に、サイブはアジア、ヨーロッパ、アメリカなど世界各地で作品を発表するようになった。2020年にロサンゼルスのハマー美術館で「メイド・イン・L.A.」(同美術館が地元アーティストを紹介するため2年に一度開いているグループ展)に出展し、23年にはメトロポリタン歌劇場の依頼を受けて作品を制作している。

こうした環境の変化が彼女の作品に影響を与えているのは間違いない。たとえば、《Cornucopia》で果物が盛られている角は、ルネサンス絵画にも見られる西洋美術ではお馴染みの豊かさのシンボルだ。しかし、サンタフェでの展覧会のために制作されたこの作品に描かれたそれは、(アメリカに入植したイギリス人が始めた)感謝祭や、植民地化という別の側面も連想させる。

さらに、ロサンゼルスの生地問屋街に移り住んだ彼女は、大胆で豊かなパターンを作品に取り入れるようになった。また、ロードアイランド州ニューポートで最近開いた展覧会では、富裕層の別荘地という土地柄に合わせて、イギリスの陶磁器に絵付けをした作品を発表している。

その一方で、常に変わらない要素もある。サイブの人物像はリアリズム絵画のように確固たる存在感を主張しながらも、ベールに包まれているような、あるいは時空の狭間に囚われているような、シュルレアリスム的な雰囲気をまとっている。それは手の届きそうで届かない、不思議な魅力で見る者を惹きつけるのだ。(翻訳:野澤朋代)

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