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  • 2022.11.22

「ダミアン・ハーストは大企業」──《サタン・シューズ》で物議を醸したコレクティブ、MSCHFに聞く「アートの意味」

現在、ニューヨークのペロタン・ギャラリーで展覧会を開催中のアートコレクティブ、MSCHFは、その創作活動を通じてこれまで様々な物議を醸してきた。その意図とは何か。共同創設者であるルーカス・ベンタルとケヴィン・ワイスナーに話を聞いた。

ペロタン・ギャラリーで開催中の展覧会「No More Tears, I’m Lovin’ It(泣くのはやめた、今は大好き)」より。 Photo: GUILLAUME ZICCARELLI

薄暗く謎めいたインターネットの深い底から水面に浮上する──バイラル化するコンテンツが世に出てくる過程というのは、そんな表現が当てはまる。ネット上で大きな話題を呼んだとしても、そもそものコンテンツが生まれた背景や、その背後にいる人物を突き止めるのは難しいこともしばしばだ。だが少なくとも、これまでにバイラル化したいくつかのコンテンツの立役者が誰なのか分かる。アートコレクティブMSCHFだ。

MSCHFが手がけたものの中でも特に知られているのは、リル・ナズ・Xとのコラボレーションで良くも悪くも話題となった《サタン・シューズ(Satan Shoes)》だろう。ナイキ(NIKE)のシューズを無許可でカスタマイズし、赤いソール部分に人間の血を1滴入れたというものだ。2021年にこれが発表されると、保守派として知られるサウスダコタ州のクリスティ・ノーム知事はツイッター上で「我が国の魂のために戦う」と怒りを露わにし、愛国ムードをあおるきっかけとなった。FOXニュースでは、どこかのデザイナーがリメイクしたものだとも伝えられていたが、実際にこれを作ったのがMSCHFだった。

MSCHF(発音は「いたずら」を意味するmischief=ミスチーフと同じ)は、これまでブランド、あるいは会社とも捉えられてきたが、その特徴があるとすれば、製作するものに何の一貫性もないことだ。2016年にスタートしたMSCHFは形容しがたいコレクティブだが、アーティスト集団として話題になったことはこれまでほとんどない。

MSCHFの創設メンバーのひとり、ルーカス・ベンタル(Lucas Bental)は、「これはおかしな話。私たちはこれまでずっと、自分たちの活動をアートの文脈で捉えてきた」と語る。

ベンタルと共同創設メンバーのひとりであるケヴィン・ワイスナー(Kevin Weisner)は、2010年代初頭にロードアイランドデザイン大学(RISD)で出会った。どちらもブラウン大学の複数学位取得プログラムに加わっており、ベンタルは音楽、ワイスナーは材料工学を学んでいたという。その後RISDを離れ、共同でMSCHFを立ち上げることになる8人のメンバーと集まった際に、2人は既存のアート界には関わらないという方針を決めた。それでも、アートコレクターたちはもう何年も前から彼らに注目し、その作品を手に入れてきた。

「ギャラリーの空間には収まらないものを作りたいと考えてきた。大学で作っていたタイプの作品とはまったく異なるものを目指していたから」とベンタルは振り返る。これはつまり、ギャラリーの運営者やキュレーターが支配する世界に背を向け、より広い層、すなわち良きインターネットユーザーにエンゲージメントやフィードバックを求めるということだ。

「エスリート」としての実践

ただし、中にはMSCHFが創作のヒントを得たアーティストもいる。ポスト・インターネット時代のアートコレクティブであるDISや、ブラッド・トロメルのような、ウェブ2.0の混沌を現実社会に持ち込もうとしたアーティストなどがそうだ。ベンタルとワイスナーは、トロメルがアメリカの非営利メディア『The New Inquiry』に寄稿した記事「アスレティックな美学(Athletic Aesthetics)」を必読と呼び、敬意を隠さない。

実のところ、トロメルもDISも、実際にはアート界に向けて継続的に作品を制作していた。これに対しMSCHFは、トロメルが掲げた「エスリート」(「エステティック=美学」と「アスリート」をつなげた造語)というコンセプトを忠実に実践している。エスリートは、次から次へと作品を生み出し死ぬまで休もうとしない人のことだが、MSCHFは創設以来、2週間ごとに新しい作品を「ドロップ」してきた。

《銃を剣へ(Guns2Swords)》(2021)では、MSCHF流の銃の買取プログラムを実施した。銃の所有者がそれをMSCHFに送ると、受け取ったMSCHFはこれを溶かして刀剣に作り替え、持ち主に送り返すというものだ。《スポットの大暴れ(Spot’s Rampage)》(2021)では、ボストン・ダイナミクス社製のロボット犬「スポット」に、ペイントボールを発射するガンを取り付けた。MSCHFはこのロボット犬をオンライン経由で人々がリモート操作できるように設定した。ペイントボールが発射されることで、スポットが置かれた真っ白な立方体の空間に色がつけられていくという仕掛けだ。

《あらゆる人にキーを(Keys4All)》では、MSCHFはクライスラーの乗用車PTクルーザー1台に5000個の合鍵を作り、これを販売した。この鍵を持っている人なら、だれでもこの車を運転できる。ただしこれには、鍵が合致する車両を見つけられれば、という条件がつく。現時点でこの車は、ニューヨークからカリフォルニアまで全米を縦断したところだという。

バイラルを超えたリアルな関わり

このように、MSCHFの作品は実世界での作品と人の関わりを誘発する性質を帯びている。そう考えると、インタビューで「バイラル」という言葉が出た時に、創設者のベンタルとワイスナーがこの言葉を敬遠する様子を見せたのも納得がいく話だ。

コンテンツのバイラル度はクリックや関連する投稿、「いいね!」の数などで測定される。これに対して、MSCHFが追求しているエンゲージメントは、こうしたインターネット経由の意思表示を超えている。ニューヨーク・タイムズが彼らについての記事を書き、アメリカ中部のテレビ局が彼らを題材にニュースを制作するなど、MSCHFの作品はメディアからも注目を集めているが、2人はこれに対しても、警戒の姿勢を崩さない。

「多くの人は、『この作品はずいぶんメディアで取り上げられた。つまり、たくさんの人からエンゲージメントが得られたはずだ』と考えがち。けれど、実際のところはわからない」とベンタルは指摘する。「一方で、《Keys4All》は我々のプロジェクトの中でも、最もアクティブで、成功を収めたもののひとつ。実際に、あの車はカリフォルニアまでたどり着いたわけだから。でも、メディアに取り上げられたり、話題になったりすることは多くなかった。ここに断絶があると思う」

「バイラルと一口に言っても、そのかたちはさまざま」とワイスナーは補足する。「人が情熱を掻き立てられる複数の領域が交わるところに、バイラルは生まれる。刀剣の愛好家と銃の所有者、ナイキという企業とカトリックの信仰、というように」。こう言って彼は自身の両手を重ね、指を組み合わせたのち、爆発するようなジェスチャーを見せた。

こうしたプロジェクトの結果、MSCHFに熱い視線を向けるオーディエンスが出現しはじめた。面白いことに、そこには法律家も含まれる。MSCHFが絶え間なく訴訟の標的となっているがゆえに、著作権を専門とする弁護士や研究者も、彼らの活動を熱心に追っているのだ。

「私たちのオーディエンスになった法律家は、『法律の理論を自分たちに代わって試してくれている』とでも思っているのかもしれない」とベンタルは言う。これまで、MSCHFは作品をめぐる訴訟で敗れたことはない。ただし、サタン・シューズの一件では、訴訟を起こしたナイキと和解する形で、法的紛争を終結させている。

ダミアン・ハーストは「巨大企業」

法律家の「ファン」に加え、スニーカー愛好家の間でも、MSCHFに注目する者は多い。そのきっかけとなったのが、2019年の《ジーザス・シューズ(Jesus Shoes)》だ。こちらは1425ドルで販売されたが、この価格はイエス・キリストが水の上を歩いたという記述がある、『マタイによる福音書』第14章25節にちなんだものだ。このコンセプトは、カトリック教会と、流行を追いかけ、高値でストリートブランドのアイテムを手に入れるハイプビースト・カルチャーの両方を同時に風刺する手立てとして考案された。だが、込められた皮肉を意に介さず、スニーカー・コミュニティはこのモデルを大歓迎した。さらにその後は、MSCHFの側もスニーカー愛好者からのラブコールに応えている。

以前、MSCHFメンバーのゲイブ・ホエーリーはニューヨーク・タイムズの取材に対し、《ジーザス・シューズ》の意図は「ブランド間のコラボレーションを揶揄するもの」と説明し、もし本当に商品化するようなことになればMSCHFを「解散する」とまで主張した。しかし、創設者のベンタルとワイスナーは今回のインタビューで、どちらも「Perrotin x MSCHF」のコラボスニーカーを履いていた。さらに今では、常識破りのフットウェアを開発する専門部署がMSCHF内に設けられている。

その一例が医療用ブーツにしか見えない靴《AC.1》だ。これほど極端ではないモデルもあり、コメディアンのジミー・ファロンとのコラボで創られた《ゴブストンパー(Gobstomper)》は、見た目は普通のスニーカーと変わらない。

ベンタルとワイスナーは、時折フットウェアを販売しているからと言って、自分たちはセルアウトしたわけではなく、MSCHFの芸術性が薄まる心配もしてないという。スニーカー制作は事業として運営されており、これがあるからこそ、自分たちが大切にしているアートプロジェクトでの出費もまかなえるのだという。さらに踏み込んで、MSCHFは、自身の運営方式は「正直」だとしている。一部の有名アーティストの活動は、一般にはアートとして認められているが、その実態はビジネスだ。そうしたあり方と、MSCHFの活動は真逆に位置しているというのだ。

「天才アーティストにまつわるこれまでのイメージは今、崩壊しつつある」とベンタルは指摘する。

「我々は現時点で約30人ほどからなる集団。一方、ダミアン・ハーストのようなアーティストは数百人の従業員を抱え、今や大企業だ。それでも、この大企業から生み出される作品のすべてに彼の名が冠され、アートと認識される」

ベンタルがハーストの名を出したのは、MSCHFのプロジェクト《切り離された点(Severed Spots)》(2022)に関連してのことだった。これは多数の点で構成されたハーストのエッチング作品《フルメキン(Flumequine)》(2007)を4万4000ドルで購入し、個々の点を切り出して販売するというものだ。MSCHFは点のパーツを1つ4400ドルで、点を切り出したあとの枠の部分を7万5000ドルで販売した。MSCHFがこのプロジェクトを実施するのはこれが2回目で、繰り返し行うことによって、ハーストの作品はアートとされているが、その実態はビジネスであると示す意図がある。

「このプロジェクトはもう一度実施できると気付いたので、手を尽くしてサプライチェーンを探し回りました。『そうか、ハーストは私たちのサプライヤーだったんだ』と気付いたのです」とワイスナーは振り返る。

商業主義を題材にしたMSCHFのアートが、商業主義を加速させていると批判するのはたやすいことだ。《ウェービー・シューズ(Wavy Shoes)》(2022)は、エアジョーダン1やアディダスのスーパースター、コンバースのチャック・テイラーなどのスニーカーの人気モデルを、波打つ形状のソールと組み合わせたもの。ありふれた発想にも思えるが、現実には、こんなささやかな改変も挑発と受け止められている。VANSは、自ブランドのクラシック・スニーカーが「ウェーブ化」されたことを問題視し、MSCHFを訴えている。ブランドにほんのわずかなでも傷がつけば、崩壊につながりかねないとの考えからだ。

アートで人々の欺瞞を暴く

今回、ペロタン・ギャラリーで展示されている作品のひとつでもある《スポットの復讐(Spot’s Revenge)》(2022)など、MSCHFが生み出した作品には、ギャラリーで展示される前に、別の形態を持っていたものもある。《スポットのリベンジ》のルーツは、ボストン・ダイナミクスのロボット犬にペイントボール・ガンを搭載した前述の《スポットの大暴れ》だ。ボストン・ダイナミクスからは多数の停止通告書を送付され、このプロジェクトを別の方法で実行する方法まで提案されたという。

「(ペイントボール・ガンの)代わりに絵筆を取り付ければいいと提案された」と、ワイスナーは目をむいた。

《スポットの大暴れ》は、ロボット犬はかわいらしく無害だとするボストン・ダイナミクスの主張に反して、実際には軍事目的で使用されていることへの批判としてつくられた。絵筆に代えることでどぎついイメージをなくそうとする同社からの提案を、MSCHFはよしとしなかった。「だから提案は無視することにしたんだ」とワイスナーは振り返る。

この話には続きがある。ワイスナーによれば、彼らがプロジェクトを続けたところ、ボストン・ダイナミクスはこれを阻止するために「遠隔でロボット犬をハッキングし、操作不能にした」というのだ。それから1週間後、複数の同型ロボット犬が、ニューヨーク市警とともに街をパトロールしている姿が目撃された。

「あの手の人々は、常に信じがたいほどの自己欺瞞にとらわれている」とワイスナーは指摘する。今回の展示では、動かなくなったロボット犬が複数のマシンガンを背負わされ、フロアの真ん中に置かれている。SF的コンセプトで描かれたイラストが立体化されたようにも見えるが、その意図するところはいら立たしいほどに明確だ。だがこれは、MSCHFの多くの作品と同様に、単なるオブジェではない。欺瞞を暴くものとして、人々に衝撃を与えることに成功している。

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