自らの身体を通じて「敵とは誰か」を問う──「最優秀アーティスト賞」はワファア・ビラール【ARTnews Awards 2025】

US版ARTnewsが2024年に開始した「ARTnews Awards」は、アメリカの美術機関やギャラリーで開催された様々な展覧会を対象に、優れた展示を選出して讃えるもの。2025年の「最優秀アーティスト賞」は、自らの身体を作品の軸に、戦争・暴力・メディアの距離感を問い続けてきたワファア・ビラール。

Photo: ARTnews JAPAN
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約20年にわたり、ワファア・ビラール(Wafaa Bilal) は自らの身体を作品制作の場へと晒し続けてきた。シカゴ現代美術館で開催された展覧会「Indulge Me」は、イラク系アメリカ人アーティストである彼にとって初の大規模回顧展となった。そこでビラールは、しばしば内在化され、ときに露わとなる、いわゆる「紛争地」と「コンフォートゾーン(安全圏)」の認識のあいだに生じる緊張を浮かび上がらせた。

ビラール作品の多くは、特に9.11以降のアメリカが中東、とりわけイラクで果たしてきた役割を検証するものだ。彼は、「(当時住んでいた)小さなアパートで、テレビの前でテロの瞬間を見ていた。世界はもう同じではいられないと感じた」と語っている。これに加え、彼の表現を深く形成してきたのは、さらに私的な出来事だ。ビラルの兄は、2004年にイラクで遠隔操作のドローンによって殺害された。

多くのアメリカ人は、ビラールよりもはるかに遠い位置からイラク戦争を眺めていた。そうした距離感に着目したパフォーマンス作品が、《Domestic Tension》(2007)だ。ビラールはシカゴのギャラリーに1カ月間滞在し、その間、世界中の誰もがオンライン越しに彼に向けてペイント弾を発射できる仕組みを構築した。このパフォーマンスは、身体的・精神的・感情的に極めて過酷な体験となった。最終的に、ペイント弾は6万5000発以上が撃ち込まれることになった。多くの参加者がビラールを攻撃しようとする一方で、彼を守るために銃口をそらして撃つ人々も現れた。《Domestic Tension》は、遠く離れた場所にいる者であっても、紛争に加担してしまう可能性を鋭く示した。

シカゴ現代美術館での個展において、キュレーターのバナ・カタン(Bana Kattan)は、ビラールの実践をできる限り身体的に感じられる構成を目指した。《Domestic Tension》では当時の生活環境の一部が再現され、作品は不気味なまでの現在性を帯びて来場者の前に現れた。別の展示作品《Virtual Jihadi》(2008)は、実在する2つのFPSゲーム──イスラム恐怖症的な内容を含む市販ゲーム「Quest for Saddam」と、それに対抗する形でアルカイダが制作した「The Night of Bush Capturing」──を組み合わせたものだ。ビラールはゲームの外観を改変し、自身を主人公として挿入。プレイヤーは「敵」を倒すよう求められるが、そこではアメリカ軍とアルカイダの区別が存在しない。

「では、真の攻撃者とは誰なのか」──その問いが観客の前につきつけられるという内容だ。

ビラールは長年、作品制作を通じてこの問いと向き合い続けてきた。世界各地で戦争が遠景として眺められる現代において、その鋭さは一層先見的なものとして響く。(翻訳:編集部)

ノミネート作家

ローザ・バルバ(Rosa Barba)
展覧会名:「Rosa Barba: The Ocean of One’s Pause」
会場:ニューヨーク近代美術館(ニューヨーク)
会期:2025年5月3日〜7月6日

レイヴン・チャコン(Raven Chacon)
展覧会名:「Raven Chacon: Aviary」
会場:アメリカ芸術文学アカデミー(ニューヨーク)
会期:2024年9月26日〜2025年7月3日

アンドレア・チャン(Andrea Chung)
展覧会名:「Andrea Chung: Between Too Late and Too Early」
会場:ノースマイアミ現代美術館(ノース・マイアミ)
会期:2024年11月6日〜2025年4月6日

ステファニー・コミラン(Stephanie Comilang)
展覧会名:「Stephanie Comilang: An Apparition, A Song」
会場:センター・フォー・アート、リサーチ&アライアンス(ニューヨーク)
会期:2025年5月31日〜8月10日

審査員:ヴィクトリア・サン(バークレー美術館)、ルバ・カトリブ(MoMA PS1)、ライアン・N・デニス(ヒューストン現代美術館)、アン・エルグッド(ロサンゼルス現代美術館)、ロサリオ・ギラルデス(ウォーカー・アート・センター)、アレックス・グリーンバーガー(US版ARTnews)、マクシミリアーノ・デュロン(US版ARTnews)

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