絵画の境界を拡張し続けたアーティスト──「再評価アーティスト賞」はジャック・ウィッテン【ARTnews Awards 2025】

US版ARTnewsが2024年に開始した「ARTnews Awards」は、アメリカの美術機関やギャラリーで開催された様々な展覧会を対象に、優れた展示を選出して讃えるもの。2025年の「再評価アーティスト賞」に選ばれたのは、60年にわたるキャリアのなかで絵具の革新的な使い方を追求し、伝統的な油彩画の手法から距離を置きながら、抽象絵画の可能性を拡張し続けたジャック・ウィッテン(Jack Whitten)。

Photo: ARTnews JAPAN
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60年にわたるキャリアのなかでジャック・ウィッテン(Jack Whitten)は、絵具の使い方に絶えず革新を求め、主流だった油彩の伝統的手法から意識的に距離を置いていた。1960年代後半には、油絵具よりも速く乾くため当時は多くのアーティストに敬遠されていたアクリル絵具を、むしろ積極的に制作に取り入れた。その後は筆を使わず、絵具をキャンバス上に引き延ばす独自の方法へと移行し、晩年には乾燥させたアクリル片や廃材を組み合わせたモザイク状の作品にも取り組んだ。

こうした実験的手法を駆使してきたにもかかわらず、ウィッテンが時代を代表する抽象画家として評価されるまでには長い時間を要した。キャリアの中心地だったニューヨークでさえ、その評価が十分に定まることはなかった。そうした状況のなか、2015〜2016年にサンディエゴ現代美術館とミネアポリスのウォーカー・アート・センターを巡回した展覧会を基に、ニューヨーク近代美術館(MoMA)が大規模な回顧展を開催した。ミシェル・クオがキュレーションを担当したこの回顧展では、175点におよぶ作品が6階展示室を埋め尽くし、ウィッテンにとって死後初の回顧展となった。

「Jack Whitten: Messenger」と題された本展覧会が高く評価された背景には、ウィッテンの制作手法の身体性や作品の物質性を体感できるよう展示が構成されていた点がある。その一環として、絵具を引き延ばすために1970年に制作したスクイジー状の道具「デベロッパー」も紹介され、鑑賞者の関心を集めていた。多くの回顧展が作品の展示にとどまりがちななか、本展では制作に用いた道具にも焦点が向けられ、プロセスそのものに光が当てられていた。

ウィッテンの回顧展は、彼が手がけた作品の幅広さを改めて示すものだった。1960年代の初期作品は、公民権運動のデモに参加した自身の体験と向き合い、キャリア中期に当たる1980〜1990年代では、W・E・B・デュボイスやラルフ・エリソンといった黒人思想家に捧げた作品を制作している。キャリア晩年には、アメリカ同時多発テロ事件後のニューヨークを描いた記念碑的な抽象画など、広く知られていない作品も存在している。クオが手がけた今回の回顧展は、ウィッテンの作品を特定の表現様式に回収するのではなく、生前の彼と同じく複雑で多層的な存在として提示した。そして同時に、今後ウィッテンの功績が広く認知されるための道を切り開いたのだ。(翻訳:編集部)

【ノミネート作家】

アルヴィン・エイリー(Alvin Ailey)
展覧会名:「Edges of Ailey」
会場:ホイットニー美術館(ニューヨーク)
会期:2024年9月25日〜2025年2月9日
担当キュレーター:アドリエンヌ・エドワーズ

ルース・アサワ(Ruth Asawa)
展覧会名:「Ruth Asawa: Retrospective」
会場:サンフランシスコ近代美術館(カリフォルニア)
会期:2025年4月5日〜9月2日
担当キュレーター:ジャネット・ビショップ、カーラ・メインズ、マリン・サルヴェ=タール、ウィリアム・エルナンデス・ルエゲ、ドミニカ・ティルツ

ノア・デイヴィス(Noah Davis)
展覧会名:「Noah Davis」
会場:ハマー美術館(カリフォルニア)
会期:2025年6月8日〜8月31日
担当キュレーター:エレノア・ネアン、ウェルズ・フレイ=スミス、アラム・モシャイェディ、イケチュク・オニェウェニ、ナイア・ギンライト

マダレナ・サントス・ラインボルト(Madalena Santos Reinbolt)
展覧会名:「Madalena Santos Reinbolt: A Head Full of Planets」
会場:アメリカン・フォークアート美術館(ニューヨーク)
会期:2025年2月12日〜5月25日
担当キュレーター:アマンダ・カルネイロ、アンドレ・メスキータ、ヴァレリー・ルソー、ディラン・ブラウ・エデルスタイン

審査員:ヴィクトリア・サン(バークレー美術館)、ルバ・カトリブ(MoMA PS1)、ライアン・N・デニス(ヒューストン現代美術館)、アン・エルグッド(ロサンゼルス現代美術館)、ロサリオ・ギラルデス(ウォーカー・アート・センター)、アレックス・グリーンバーガー(US版ARTnews)、マクシミリアーノ・デュロン(US版ARTnews)

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