アジア系アーティストのアイデンティティと作品の関係性を探求──「ベストテーマ賞」は「Legacies: Asian American Art Movements in New York City」【ARTnews Awards 2025】
US版ARTnewsが2024年に開始した「ARTnews Awards」は、アメリカの美術機関やギャラリーで開催された様々な展覧会を対象に、優れた展示を選出して讃えるもの。2025年の「ベストテーマ賞」は、アジア系アーティストのアイデンティティと作品の関係性を高次元で探求した「Legacies: Asian American Art Movements in New York City」。

ニューヨークという都市におけるアジア系アーティストの動向を対象とした展覧会としては初となる制度的なサーベイ(包括的調査)と謳われ、その事実だけでも十分に意義を持つものとなった「Legacies: Asian American Art Movements in New York City」。しかし、キュレーターのハウィー・チェン(Howie Chen)、ジェイン・コール・サザード(Jayne Cole Southard)、クリスティーナ・オン(christina ong)は、90名の参加作家が、必ずしも人種を主題とした作品のみを制作していたわけではないことを示し、作品とアイデンティティとの関係性を、より複雑かつ精緻なかたちで提示した。
本展は、1969年から2001年までの時期を対象に、「Godzilla: Asian American Art Network」と「Basement Workshop」そして「Asian American Arts Centre」という3つの組織を中心に据えた。これら3組織は、いずれもアジア系アメリカ人アーティストのための場として設立され、当時、主流美術界から周縁化されていた彼らの活動を支えた。いずれも抗議精神を有しており、なかでもGodzillaは、1991年のホイットニー・ビエンナーレにアジア系アーティストの参加が少ないことを批判する書簡をホイットニー美術館へ送ったことで知られる(この書簡後、Godzillaのメンバーであるユージニー・ツァイ[Eugenie Tsai]が同館キュレーターに就任している)。
だが「Legacies」は、この3組織の歴史をなぞるだけの展示ではない。むしろ、その外側で活動したアーティストたちにも光を当てた。アイデンティティを主題とした作品もあれば、それを皮肉や距離を伴って扱う例もある。展覧会のティザーイメージとなったのは、ベトナム系アメリカ人アーティスト、ハン・ティ・ファム(Hanh Thi Pham)による1985年の写真作品で、作者がパイプを咥えて佇む姿は、20世紀初頭の白人男性画家の肖像を思わせる。これは、「誰をアーティストと見なすのか」という視線の偏りを問いかけるものだ。
別の作家はより間接的な手法でテーマに向き合った。中国系アメリカ人アーティスト、デイヴィッド・ディアオ(David Diao)の出品作《Odd Man Out》(1974)は、作家本人が「アウトサイダーとしての自己」を表したと語る作品だが、具象性を欠く抽象画でありながら、その感覚を体現する。この作品は、のちにモダニズム批判で知られるようになるディアオの代表作とは趣を異にするが、「Legacies」が試みた「アーティストの別の側面に光を当てる」という姿勢を象徴している。
本展を開催したのは、ニューヨーク大学(NYU)がワシントン・スクエア・パークに構えるアートスペース「80WSE」で、共同キュレーターのひとりであるチェンがそのディレクターを務める。大規模美術館ではなく、小規模ながらもニューヨークの芸術生態系に大きな貢献を果たす場が主催した点も注目に値する。(翻訳:編集部)
【ノミネート展覧会】
「12th SITE SANTA FE International: Once Within a Time」
会場:SITE Santa Fe(ニューメキシコ州サンタフェ)
キュレーター:セシリア・アレマーニ(Cecilia Alemani)
会期:2025年6月27日〜2026年1月12日
「Flight into Egypt: Black Artists and Ancient Egypt」
会場:メトロポリタン美術館(ニューヨーク)
キュレーター:アキリ・トマシーノ(Akili Tommasino, with McClain Groff)
会期:2024年11月17日〜2025年2月17日
「For Dear Life: Art, Medicine, and Disability」
サンディエゴ現代美術館(サンディエゴ)
キュレーター:ジル・ドーシー(Jill Dawsey)&イザベル・カッソ(Isabel Casso)
会期:2024年9月19日〜2025年2月2日
【特別言及】
今回の「ベストテーマ賞」のファイナリストからは惜しくも外れたものの、言及に値する展覧会として、シカゴ美術館で2024年12月15日〜2025年3月30日まで開催された「Project a Black Planet: The Art and Culture of Panafrica」を紹介したい。本展は、キュレーターをアンタワン・I・バード(Antawan I. Byrd)、アドム・ゲタチュー(Adom Getachew)、エルヴィラ・ディヤンガニ・オセ(Elvira Dyangani Ose)、マシュー・S・ウィトコフスキー(Matthew S. Witkovsky)は、オクウィ・エンヴェゾー(Okwui Enwezor)が務め、2001年に発表された解放後のアフリカ美術を扱う展示を「巨大な前例」として参照した。その野心を受け継ぐ形で、アフリカにとどまらず、ヨーロッパ、アメリカ、ラテンアメリカへと展開した汎アフリカ主義(Pan-Africanism)を、1920年代から現代までに制作された約350点の作品で包括的にたどった。本展で扱われた運動には、ガーヴェイ主義(Garveyism)、ネグリチュード(Négritude)、キロンビズモ(Quilombismo)などが含まれる。「Project a Black Planet」は単一の美学的潮流を提示するのではなく、多様な思想と表現の広がりこそが「ブラック・プラネット」の核心であることを示した。
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