狂騒と嘲笑の向こう側──「テート美術館 ─ YBA & BEYOND 世界を変えた90s英国アート」【EDITOR'S NOTES】
「テート美術館 ― YBA & BEYOND」展が示すのは、いまや神話のように語られているYBAの「中心」だけではない。同時代の周縁にあった視点を並置することで、90年代英国美術の複雑な風景をあらためて立ち上げる展覧会だ。

打ち明けると、「テート美術館 ― YBA & BEYOND 世界を変えた90s英国アート」展には、そこまで期待していなかった。
第一に、90年代ロンドンやYBAを振り返る展覧会のメインビジュアルにジュリアン・オピー作品を用いたことが、いかにも「クリシェ」に思え、見てもいない展覧会への先入観になってしまった。第二に、いまや伝説化され、権威化され、さらには神格化されたと言っても過言ではないYBAたちの、若く瑞々しく激しく自信過剰だった時代の作品を改めて鑑賞することが、『90sヒッツ』のようなアルバムを聴くのと同じくらい、気恥ずかしいノスタルジックな体験に思えてしまったからだ(それはそれで本当はエモくて悪くないのだけれど)。
さらに言えば、この展覧会は、90年代ロンドンの周縁にいたアジア人女性として感じていた居心地の悪さを呼び起こすものでもあり、どこか身構えてしまうところがあった。いずれにしても、見終わったときには、そんな自分の斜に構えた態度を恥じるくらい、良い展覧会だった。
ただしそれは、いかにもYBAらしい作品に再会できたからではない。本展が重要なのは、YBAの代表作だけでなく、同時代を生きながらもその中心には位置付けられてこなかった作家たち──つまり「Beyond」を等価に扱っている点にある。そうした配置によって、本展は90年代の英国美術を単なるムーブメントの回顧としてではなく、「パブリック」と「インディビジュアル」という二つの力の緊張関係が立ち現れるよう設計されている。そしてその構図は、思いがけないほど現在の感覚に接続している。
わたしが短い期間ながら過ごした90年代後半のロンドンでは、朝のテレビ番組(まじめな報道ではなく、『The Big Breakfast』のようなバラエティ)でもポリティカル・コレクトネスが茶化され、不謹慎であることこそ「クール」だと喧伝するような嘲笑的な空気が街を覆っていた。社会正義を真面目に語ろうとすれば、たちまち「説教くさい退屈なやつ」と笑われてしまう──そんな「正しさ」を鼻で笑う公共空間が確かに存在していた。
そこで歓迎されたのが「Laddism」だった。酒、サッカー、女、ギャンブルといった粗野な振る舞いをあえて誇示し、「これこそが俺たちのリアルだ」と強がる90年代英国特有の過剰なマチズムだ。そしてその反発として、男たちと同じ振る舞いをさらに誇張することで彼らを凌駕しようとした女性たち、すなわち「Laddette」も登場した。YBAたちは、まさにこうした「Lad」的な態度を武器に、権威主義的なアート界を嘲笑し、揺さぶろうとした世代だった。本展キュレーターの一人、ヘレン・リトルが、YBAを「スタイルではなくアティテュード」と説明するのも頷ける。
ダミアン・ハーストやマーク・クインの作品が、その「Lad」的スペクタクルによって90年代ロンドンの嘲笑的な公共空間を象徴していたとすれば、トレイシー・エミン、ルーシー・ガニング、ジリアン・ウェアリング、サラ・ルーカス、レイチェル・ホワイトリードらの作品は、そうした文化的空気を共有しながらも、よりパーソナルな領域へと向かっていた。そこには、階級やジェンダーといった社会的重力から逃れられない「個」のリアリティがある。笑ってしまうほど率直でありながら、同時に胸が痛むような切実さがあるのだ。
さらにその切実さは、ルベイナ・ヒミドをはじめとする1980年代の「ブリティッシュ・ブラック・アート」の系譜を主流の美術史へと接続するかたちで登場したクリス・オフィリやスティーヴ・マックイーンの作品にも通じている。YBAという神話的ムーブメントの背後には、常に別の声や視点が存在していた。本展は、それらを「Beyond」という言葉のもとに同じ地平に並べることで、90年代英国美術の風景をより複雑なものとして浮かび上がらせている。
展覧会タイトルにあるように、90年代英国アートが本当に「世界を変えた」のかどうかはわからない。しかし本展を丁寧に見ていくと、YBAという神話的ムーブメントの背後には、常に別の声や位置が存在していたことが見えてくる。それが公共の側であれ、個人的な領域であれ、あるいはその周縁であれ──そこに自分の立ち位置を見つけられることが、この展覧会の静かな強さであり、誠実さだと思う。
テート美術館 ― YBA & BEYOND 世界を変えた90s英国アート
会期:開催中〜5月11日(月)
場所:国立新美術館(東京都港区六本木7-22-2)
時間:10:00〜18:00(金土は20:00まで)
休館日:火曜(5月5日を除く)















