95歳の画家はいまだ扉を開かない──オブリストが明かす「唯一の未訪問アーティスト」
ロンドンのサーペンタイン・ギャラリーのディレクターとしても知られるハンス・ウルリッヒ・オブリストは、数千時間に及ぶアーティストへのインタビューを重ねてきた。だがその中で、例外的にスタジオ訪問が叶えられていない画家がいるという。
40年にわたるキャリアの中で、世界各地で300以上の美術館展やビエンナーレを企画してきたハンス・ウルリッヒ・オブリストは、アート界を代表するキュレーターの一人だ。彼はアーティストのスタジオを訪ね、対話を重ねるインタビューをライフワークとしてきた。
これまでに、ゲルハルト・リヒターやマリーナ・アブラモヴィッチ、ジェフ・クーンズといった美術家をはじめ、ザハ・ハディドやブライアン・イーノ、エドゥアール・グリッサンなど建築家や思想家にまで対象は広がり、その記録は2000時間以上に及ぶとされる。日本では、2025年に開催された岡山芸術交流でその一部を《Infinite Conversations(終わりなき対話)》として公開し、磯崎新や野又穫、オノ・ヨーコらへのインタビュー映像を展示した。また、訪問先のスタジオで受け取った画家や彫刻家、映像作家らの手書きのメモをSNSに定期的に投稿していることでも知られている。
だが、そんなオブリストでさえ、スタジオ訪問が叶わないアーティストがいる。現代で最も謎めいた画家の一人、ジャスパー・ジョーンズだ。
オブリストはウォール・ストリート・ジャーナルのインタビューで、ジョーンズのスタジオを訪れたことは一度もないと明かした。1930年生まれのジョーンズは、ロバート・ラウシェンバーグとともにアメリカのネオダダやポップアートを牽引した画家として知られ、代表作には、蜜蝋を用いて画布に顔料をにじませるエンカウスティーク技法でアメリカ国旗を描いた《Flag》(1954–55)がある。
今回の発言は、オブリストの回想録『Life in Progress』のアメリカ版刊行を前に行われたインタビューでのものだ。同著には、アーティストとの関係を築くためにヨーロッパ各地、さらにはその先へと足を運んできた軌跡が記されている。
インタビューの中で、記者ケリー・クロウから「スタジオ訪問を断ったのは誰か」と問われたオブリストは、ジョーンズの仕事場を訪れようと「試みた」ことはあるものの、「彼は誰にも会わない」と語った。また、スタジオ訪問を10代から続けてきたことにも触れ、ドイツの画家ジグマー・ポルケ(1941–2010)とのエピソードを次のように振り返った。
「私が17歳の頃のことです。彼は電話を持っていなかったから、帰宅までの8時間、駅の裏手にあったスタジオの中庭にある階段に座っていました。そうするとポルケが現れて、錬金術的と評される彼の制作法についての素晴らしい会話が生まれたのです」
そうした並外れた行動力があるからこそ、現在95歳のジョーンズへのスタジオ訪問を、オブリストが諦めずに試み続けている理由も理解できるだろう。幾度となく断られてきた訪問についてオブリストは、「それはそれでいいと思っています。誰でも、いくつかは実現しないプロジェクトがあってしかるべきです」と語った。(翻訳:編集部)
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