建築はいかに文化の生態系を育むのか──重松象平が語る、公共性とオーセンティシティ

建築は「建物」をつくることではない──。OMAのパートナーでニューヨーク事務所代表を務める建築家・重松象平に、建築とセノグラフィー、公共性、そして文化を育む「場」の未来について聞いた。

メキシコのプエルト・エスコンディードにあるキノコ栽培のための施設「フンダシオン・カサ・ワビ(Casa Wabi)」敷地内に建てられた、重松象平によるマッシュルーム・パビリオン。Photo: Rafael Gamo

「布」は日本における空間文化の起源

──重松さんは、虎ノ門ヒルズのような大規模な商業施設から展覧会のセノグラフィーまで、規模も内容も大きく異なる様々なプロジェクトを手がけていらっしゃいます。今年手掛けられた「CRAFT SAKE WEEK 2026」の会場デザインは、その中でも規模が小さく、会期も短いものでした。仕事を受ける基準はあるのでしょうか。

規模の大小はあまり関係なく、内容や目的に賛同できるものであれば分け隔てなく参加するようにしています。「CRAFT SAKE WEEK 2026」についていえば、日本のクラフトや伝統産業の地位を向上させ、国際的な付加価値を高めようとする主催の中田英寿さんの取り組みへの共感が第一の理由です。ぼく自身、「食」というテーマには以前からずっと興味がありましたし、30年以上海外にいる中で、日本のそうしたものを世界に広めたいという気持ちを常に抱えていました。その土地の水や気候でつくられたものを大切にするテロワールや地産地消の文化は、建築も見習うべき点があると思っています。ハーバード大学で4年間スタジオをもっていた際も、食と建築、都市の関係についてリサーチしていた時期があり、酒造やワイナリーもそのテーマのひとつでした。また、最近はLVMHグループのディオールルイ・ヴィトンティファニーといったブランドの展覧会デザインも手がけさせていただいているので、今回の「CRAFT SAKE WEEK」はその延長線にある仕事と言えます。

──今回の会場は布を用いたデザインが印象的でした。「日本の美意識×日本酒」というテーマをどのように解釈されたのですか?

これまでのCRAFT SAKE WEEKでは、木材を用いたインスタレーションが多かったように思いますが、今年は10周年の節目でもありますし、趣向を変えようと考えて「布」を選びました。日本には、布で空間を定義する文化が深く根付いています。花見の際は「幔幕」と呼ばれる幕を張って空間をつくりますし、地鎮祭や葬儀でも布が用いられる。店の入口に掲げられる暖簾は内外の境目をシンボリックに表現するものであると同時に、店のアイデンティティにもなっています。布は、日本の空間文化の起源のひとつと言えると思います。

「CRAFT SAKE WEEK 2026」会場
「CRAFT SAKE WEEK 2026」会場
「CRAFT SAKE WEEK 2026」会場。
「CRAFT SAKE WEEK 2026」会場。

──たしかに、西洋では素材も含めてパブリックとプライベートの境界線が“ハード”に規定されるのに対し、日本は、非常にハイコンテクストな曖昧さのなかで境界が決まっていくようなところがあります。そんな場で生まれる人々の関係性も含めてデザインされているということでしょうか。

そうですね。屋外での開催なので、外でありながら内でもある曖昧な雰囲気を表現する必要があると思いましたし、人が集まり、お酒を飲んで盛り上がる宴のエネルギーが伝わるようにしたかったんです。木材は動きがなく静的ですが、布は風や人の動きに呼応してたなびく。空間全体が活気づいている様子を表現するようなイメージでしょうか。

建築と展覧会デザインの共通点

──重松さんが手がけてこられたさまざまな設計の中でも、近年は、ファッションの展覧会に関するものが印象的です。東京都現代美術館で開催されたディオール展でも、大阪中之島美術館でのルイ・ヴィトン展でも、空間拡張の豊かな可能性に驚かされました。

2016年にメトロポリタン美術館メットガラに合わせて開催した展覧会「Manus x Machina:Fashion in an Age of Technology」の空間設計に携わる機会を得て、ファッションの展示に興味をもつようになりました。これまで、ファインアートの枠組みの外に置かれがちなファッションを美術館で見せる機会は、決して多いとは言えませんでした。しかし、たとえばオートクチュールの高い作品性は美術と地続きの領域に位置付けられますし、多くの来場者を集めることもあって、いまではさまざまな美術館がファッション展を開催するようになっています。

ぼくはこうしたファッションの仕事において、単にホワイトキューブでドレスを展示するのではなく、ファッションだからこその見せ方があるのではないかと考えていました。そこで行き着いたのが「セノグラフィー」の考え方でした。各展示室が「舞台」となり、マネキンとドレスが「演者」となる。展覧会全体を、一本の映画や演劇と捉え、各シーンをデザインしていくような感覚です。

2016年にメトロポリタン美術館コスチューム・インスティテュートで開催された「Manus x Machina: Fashion in an Age of Technology」の展示風景。
2016年にメトロポリタン美術館コスチューム・インスティテュートで開催された「Manus x Machina: Fashion in an Age of Technology」の展示風景。
東京都現代美術館で開催された「クリスチャン・ディオール、 夢のクチュリエ」展示風景。Photo: Daici Ano Courtesy Dior
東京都現代美術館で開催された「クリスチャン・ディオール、 夢のクチュリエ」展示風景。Photo: Daici Ano Courtesy Dior
大阪中之島美術館でのルイ・ヴィトン「ビジョナリー・ジャーニー」展示風景。Photo: Jeremie-Souteyrat, Courtesy Louis Vuitton
大阪中之島美術館でのルイ・ヴィトン「ビジョナリー・ジャーニー」展示風景。Photo: Jeremie-Souteyrat, Courtesy Louis Vuitton

──いずれの展示も、元の建物の構造がまるで溶けてしまったかのように、美術館の見慣れた展示室のイメージがすっかり書き換えられていました。

鑑賞者に「美術館にいる」と思わせないよう、床や壁、天井を別の素材で覆い、できるかぎり元の空間が見えないように設計することで、美術館特有の少し硬いイメージから脱却することができます。非日常的な異空間にいるような感覚を生み出せるのではないかと思っています。

──建築と展覧会では設計の考え方も変わるものですか?

建築のデザインと展覧会のデザインでは、頭の使い方が少し異なります。建築は機能性、安全性、コスト、法規といった「硬い」制約に縛られる。展覧会では、どれだけ夢のある空間にできるかという真逆の問いを突きつけられます。ただ、両者に共通するのは特殊性を抽出することです。ディオールとはどういうブランドで、どのような歴史をもっているのか——その特殊性を物理的に表現していくプロセスは、建築も展覧会も本質的に変わりません。

建築の公共性・真正性・独自性

──建築の「硬い」制約は、その公共性ゆえに不可避でもあると言えます。もちろん、建築の意匠や造形的な独自性も重要ですが、それはときに、そうした公共性と衝突することもある。重松さんは、どのように折り合いをつけていますか?

公共性は必ずしもデザイン性と衝突するものではなく、むしろそれこそがデザインの主眼になると思っています。たとえば以前、虎ノ門ヒルズ ステーションタワーの設計を担当した際は、駅に直結した大きなアトリウムとビルの真ん中を貫く通路という2つの公共的な要素を設計しました。

どちらも空間や費用の効率を考えると一見“無駄”に思えるかもしれません。しかし、こうした要素によって公共性が高まり、さまざまな人々が行き交うことで建物の利用者が増え、商業性を高めていく側面もあります。上層階の文化施設「TOKYO NODE」もぼくのアイデアを基点に立ち上がったものですが、その背景には、収益性だけを求めてオフィスを増やすより、多目的な情報発信拠点をつくることが重要だという考えがありました。

重松(OMA)によるニュー・ミュージアム増築棟(右)。本館(左)はSANAA設計。Photo: Jason O'Rear
重松(OMA)によるニュー・ミュージアム増築棟。Photo: Jason O'Rear
バッファローAKG美術館。Photo: Jason O'Rear
バッファローAKG美術館。Photo: Jason O'Rear
バッファローAKG美術館。Photo: Jason O'Rear
虎ノ門ヒルズステーションタワー。Photo: Jason O_Rear
虎ノ門ヒルズステーションタワー。Photo: Tomoyuki Kusunose
虎ノ門ヒルズステーションタワー。Photo: Tomoyuki Kusunose
メキシコのプエルト・エスコンディードにある「フンダシオン・カサ・ワビ(Casa Wabi)」敷地内に建てられた、マッシュルーム・パビリオン。Photo: Rafael Gamo
メキシコのプエルト・エスコンディードにある「フンダシオン・カサ・ワビ(Casa Wabi)」敷地内に建てられた、マッシュルーム・パビリオン。Photo: Rafael Gamo
リニューアルに際して重松が空間デザインを手がけた東京都江戸東京博物館。Photo: Vincent Hecht
リニューアルに際して重松が空間デザインを手がけた東京都江戸東京博物館。Photo: Vincent Hecht

──建物というハードにソフトが規定されるのではなく、空間で生じる公共的な営みへの想像力がハードを導く、ということですね。

美しい建物があってもキュレーションが伴わなければ、いい美術館とは呼べません。商業建築も同じで、ハードとソフトが高度に連動しなければ成立しません。経済価値と公共性のバランスを重視する意識は日本でも高まってきていますし、実際にそんな場所は増えていると感じます。「場をつくる」とは単に「建築をつくること」ではありませんし、運営する人や使う人と空間が連動することで初めてアイコニックな場が生まれるのだと思っています。

──アイコニックな場の生成において、生成AIの発展などによって「リアル」なるものの価値も変わりつつある今、今後はオーセンティシティやユニークネスがより一層問われるようになっていくと思うのですが、重松さんにとってこれら二つが意味することとはなんでしょうか。

建築をデザインしていると、オーセンティシティが問われる機会は多いです。建築におけるオーセンティシティと聞くと、昔からある建物や資産を残していくことを想像するかもしれませんが、ぼくは必ずしも残すことが本質ではないと思っています。パリのように、これでもかというくらい建物を保存しつづけるのも面白いですが、スクラップ&ビルドを繰り返した帰結として東京の独自な街並みが形成されたことも事実です。これらは対照的な例ですが、つまるところオーセンティシティとは、「潔さ」に宿ると思うんです。

そしてユニークネスとは、きちんと歴史を振り返り、自分たちのアイデンティティを理解しながら同時代に合わせたありようを考えていくことから生まれるのではないでしょうか。それは日本人が得意なことでもあって、建築はその成功例のひとつです。事実、日本の建築が海外から非常に注目されているのは、西洋の建築を受け入れながらも日本独自のモダニズムとは何か考えつづけているからでもある。だからこそ、日本の建築家は自然との関係や日本的なアニミズムのような思想に則った建築のあり方を追求してきたし、その姿勢が海外の人々から見ると、ラディカルでユニークなものに思えるのでしょう。

OMAのパートナーおよびニューヨーク事務所代表を務める建築家の重松象平。

生態系を育む場としての美術館

──面白いですね。アート作品においても、オーセンティシティとユニークネスはその強度を規定する重要な要素ですが、重松さんは、アートと建築の類似点をどうご覧になっていますか?

ぼくから見ると、建築とアートはこれまで以上に接近しているように思います。両者の境界がなくなったとまでは言いませんが、コラボレーションが成熟してきていると感じます。

一方で、その状況に甘んじてはいけないとも思っています。たとえばファッションの世界では、展覧会という場が、アートや建築、デザイン、食まで含めてさまざまな業界とのコラボレーションを推進するプラットフォームとして機能しています。だから建築もアートも、もう少し懐を深くして、ただ建築をつくってからアート作品を入れようとするのではなく、建築とアートが一体化したような状況をつくれるはずだと思うんです。

北米における美術館は、単にアート作品を展示する場ではなく、レストランやショップなども含めてコミュニティセンターとして機能しています。そんな場をつくるためには人材育成も必要で、キュレーターはもちろんのこと、コレクターやメディアも含めて生態系全体のリテラシーが上がっていくことが求められます。日本でも、美術館が生態系を育む場としての機能が高められれば、より面白くなっていくのではないかと期待します。

──大英博物館で今年開催された「Samurai」展のように、欧米の美術機関で日本の伝統文化や歴史についての考察が大規模に行われているケースを見ると、日本の美術館プログラムにおいても日本のオーセンティシティやユニークネスに焦点を当てた機会を増やす価値はありそうだと感じます。

そうですよね。ぼく自身としてもそうした文化の振興に関わっていけたらと思っています。たとえば3月31日に再開した江戸東京博物館のリニューアルでは空間デザインを担当し、プロジェクションマッピングなどを使って魅力を向上させるプロジェクトを展開しています。これも、どうすれば美術館を街に開き、つなぐことができるかという戦略をデザインしたつもりです。ただ単に綺麗な建物や空間をつくって終わりではなく、どうすれば建ってから何百年も続いていくような場をつくっていけるのか──そんな議論を行えるような仕組みをつくっていきたいですね。

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