作品価値を決めるのは質より人脈? AIが示すアート市場の厳しい現実と新たな可能性
膨大な画像データと価格情報を学習したAIモデルは、視覚的な要素だけでアート作品の市場価格を正しく予測できるだろうか? この課題に取り組んだのが、世界でも指折りのアート市場の専門家マグナス・レッシュだ。レッシュが、自らの実験と検証結果、そこから得られた洞察を解説する。
ピカソが描いた絵と無名のストリートアーティストの絵、どちらの市場価値がより高いだろうか? 私が協力者とともに構築したAIモデルが出した答えは、後者だった。
この驚くべき結果は、シリコンバレーのデータサイエンティストやAIの専門家と共同で行った実験から得られたものだ。その目的は、AIがアート市場の透明性を高め、より公平な市場を実現する助けになるかどうかを検証することだった。
作品が「優れている」から高価値、は本当?
アート業界は切迫した状況にある。市場はこの15年というもの頭打ちで、ギャラリーの廃業が相次ぎ、若いコレクターは買い控えを続けている。そして、主要なアート市場での成功を目指すアーティストたちは、貧困に陥る瀬戸際にある。
市場は不透明で、一部のエリートに独占される傾向が強い。現代アートのオークション落札総額の50%以上はわずか20人ほどのアーティストによって生み出され、大々的な展覧会や記録破りの高値で注目されるのは、ほんの一握りのアーティストやギャラリーにすぎない。それは単に、作品が「優れている」からとされるが、本当にそうなのだろうか?
その答えを得るべく、私たちはアート市場において芸術的価値がどのように決定されるかを読み解くAIモデルを構築した。ジェンダー、出身地、学歴、所属ギャラリー、コレクターの影響力、価格推移、美術館での展示歴といった文脈を考慮せずに、視覚的な質だけによる評価が可能かどうかを確かめようとしたのだ。
プロジェクトの中核となったのは、アート作品の視覚的特徴や内容に加え、メディウムや形式、制作日といったメタデータを分析するよう設計された大規模マルチモーダルモデル(LMM)だ。
まずは、価格情報を含む数百万点の画像のデータクリーニングと標準化を行い、データセットを作るところから始めた。そこに含まれるのは、《モナリザ》をはじめとする古典作品からラシッド・ジョンソンなど現代アーティストの近作まで幅広く、中には主要美術館が所蔵する名作やオークションで史上最高額を記録した作品もある。
これを用いて、「ファインアートのラージ・ビジョン・モデル」(LVM)を訓練し、「視覚的に認識できる」情報に基づいてオークションでの落札額を予測させた。その際に有用だったのは市場価格だ。その時々のトレンド、アクセス(のしやすさ/しにくさ)、投機、権威といった要素でかなり歪められるとはいえ、アート界において広く利用可能かつ定量化が可能な価値の指標は、ほかにほとんどないからだ。
初期の結果は期待が持てるもので、視覚データのみに基づいたモデルの予測は50%以上のケースで実際の価格にかなり近い値を示した。しかし、より信頼性の高い予測には、作家の名前や作品の来歴、所属ギャラリーなど追加のメタデータが必要であることがすぐに明らかになった。

役に立たない結果が出た原因
数カ月にわたり、数百万枚の画像をAIに学習させて得られた結論は明白だった。私たちのモデルは、画像のみに基づいてアート作品の現実の価格を推定することはできない。それが特に顕著だったのは、ピカソ作品を1000ドル(約15万5000円)未満と評価した一方で、私がニューヨークで撮影してアップロードした無名のストリートアーティストの作品に100万ドル(1億5500万円)超えの価格を付けた例だ。
ここから言えることは2つある。まず、AIはストリートアーティストの作品をピカソの作品よりも視覚的に優れていると判断したが、これは市場の論理の根幹を揺るがすものだ。そして、私たちのモデルは市場で通用する結果を生み出せなかった。技術的には確かに素晴らしいが、科学的にも商業的にも役に立たない。モデルによる予測が実際のオークション結果と一致するようになったのは、アーティスト名や所属ギャラリーを追加した後だった。
大規模なテストと最適化を経た末に私たちが直面したのは、シビアな現実だ。問題はAIというより、学習に用いたデータにあった。そこには社会的・経済的なバイアスによって歪められた市場が反映されている。物体検出や医療画像診断とは異なり、アートにおける視覚的な質は客観的な定量化ができない。そして、私たちのデータセットは主に市場によってすでに「評価」された作品で構成されていたため、結果的に悪環的を助長することになってしまった。
この結果は示唆に富むと同時に、いまいましく感じられるものでもあった。市場が評価するのは作品そのものではない。評価されるのは「名前」で、何が重要かを決めるのはギャラリーなのだ。
AIがアート界にもたらす希望
アーティストがここから得られる教訓は、成功を左右するのは筆遣いよりも人脈だということだ。私が研究でこの結論に達したのはかなり前のことで、その成果はサイエンス誌に掲載され、あちこちで引用されている。にもかかわらず、美術教育機関がビジネス面におけるアーティストの現実をほとんど教えず、アーティストも「作品だけでキャリアを築ける」と信じ込んでいるケースがいまだに多いのには正直驚く。
AIについては、アーティストはそれを恐れる必要はないだろう。スタジオ訪問や顔を突き合わせての会話、そして作品と直接向き合うことで得られる愛着を、機械で代替することはできないからだ。アートは依然として人間同士による営みであり、信頼、親密さ、感情の上に成り立っている。だから、コレクターはたとえ小さなギャラリーや路上で偶然見つけた作品であっても、自分の直感を信じるべきだ。あくまで個人的な意見だが、AIもおそらくその直感に同意するだろう。
アート市場におけるテクノロジーの真の役割は、作品の価格付けやランク付けではなく、その価値がどのように評価されているかを明らかにし、人々が本当に好きだと思えるものを見つける手助けをすることかもしれない。供給過剰な市場において、アルゴリズムは個々人の好みを学習し、それがなければ決して知り得なかったアーティストとの出会いを導くことで、流行り廃りに縛られがちな状況を打破できる。
言い換えれば、AIはアーティストに取って代わるのではなく、作品の流通をコントロールするゲートキーパーに取って代わるものなのだ。私が思い描くのは、バーゼルやインスタグラム、サザビーズでトレンドになっている作品だけでなく、人々の心を動かすアートがフィードに表示される世界──つまり価格設定に透明性があり、エリート層に人脈を持たないアーティストも注目されるチャンスがある世界だ。
それは、AIがアートの世界にもたらす希望でもある。AIは、人間の美的感覚に置き換わるのではなく、その感覚により大きな力を与える存在になるだろう。
US版ARTnews編集部注:イェール大学でアート経済学を教えているマグナス・レッシュは、現在アート市場の透明性を高めるためのAI搭載アプリを開発中。近著に『How to Collect Art(アート収集のやり方)』(ファイドン社刊)がある。(翻訳:清水玲奈)
from ARTnews