新規コレクター不足をどう乗り越えるか──アートエコノミストに聞く、市場の課題と打開策

昨春以来、アート市場はコレクターの買い控えで売り上げが激減。景況悪化が主に小規模なギャラリーを直撃した。そうした中、アート市場の抱える根本的な問題を扱った新著が出版された。著者でアートエコノミストのマグナス・レッシュに話を訊いた。

2023年11月18日、ドイツ・ミュンヘンのピナコテーク・デア・モデルネで開催されたPINパーティに出席したマグナス・レッシュ。Photo: Hannes Magerstaedt/Getty Images

富裕層は増加、アート市場の規模は横ばい

アートエコノミストのマグナス・レッシュが、世界中のギャラリーから幅広いデータを収集したのは8年前のこと。その結果から彼は、業界の人々の間ではよく知られた現実、つまり収益が伸びず、新規の顧客が増えない中で多くのギャラリーが密かに苦しい経営状況にあることを数字で示してみせた。現在イェール大学でアートマネジメントを教えるレッシュは、1月31日に新著の『How to Collect Art(アートを収集する方法)』を出版。この本のために約200人のコレクターやギャラリストに取材した彼は、最初の調査から10年近く経った今も同じ問題が続いていると論じている。

「アート市場は長い間、新規の買い手不足という課題を抱えてきました。100万ドル(直近の為替レートで約1億4800万円、以下同)を超える純資産を有するミリオネアの数はこの10年で倍増し、アートイベントへの来場者数も増え続けているにもかかわらず、アート市場の規模は横ばいです。この落差が示しているのはコンバージョンの問題、つまり新たに富裕層となった人々が、すんなりアートコレクターになるわけではないということです」

新著『How to Collect Art』では、以前発表した調査結果をもとに、国際的なギャラリーが4つの収益タイプに分類されている。それによると、この本に出てくる2万軒のギャラリーの半数以上がアメリカドイツイギリスなど世界トップクラスのアート都市に拠点がある。しかし、年間収益が100万ドル(約1億4800万円)を超えるギャラリーは全体の4分の1しかない。100万ドル未満の小規模ギャラリーは利益を出すのに苦労しており、財務上の課題は特に深刻だ。こうした状況下では、アートパトロンの存在が不可欠になっているとレッシュは言う。

「ギャラリーは、購入額の高いごく少数のコレクターに大きく依存しています」

少数の買い手に頼らざるを得ない現在のギャラリーシステムは不況時に危機に陥りやすく、これを安定させるには、新たな買い手を増やす必要があるというのがレッシュの主張だ。

有力コレクターやベテランギャラリストの見解

レッシュはパメラ・ジョイナーやジェフリー・ダイチなど、美術館の理事を務める有力コレクターやギャラリストに取材し、気軽にアートを楽しんでいる人たちが経済的に大きな犠牲を伴うことなく、その関心を真剣な文化支援活動へと発展させていくにはどうすればいいかアドバイスを求めた。それに対しジョイナーは、自身のキャリアを振り返り、地道に続けていくうちにコレクターとして発言力を獲得し、近年美術館の収蔵品の偏りが指摘されている中で、より多様なアーティストの作品が必要だという自分の意見が通るようになったと答えている。
 
この本で強調されているのは、こうしたアドバイスがアートコレクションをする人にとって非常に重要であるという点だ。現在70歳代のダイチは、その長いキャリアの背景には幅広いネットワークと「新しいものに対する絶え間ない好奇心」があると回答。さらに、トップアドバイザーのエイミー・カペラッツォは、「いつもの顔ぶれや、慣れ親しんだ場所」から離れてみることを勧めている。本書はまた、マッカーサー財団「天才賞」フェローシップの受賞者であるアーティストのタヴァレス・ストラチャンを例に取り、アーティストやキュレーターがどのように市場と付き合っているかを掘り下げた部分もある。

ロードアイランド・スクール・オブ・デザインの理事を務めるストラチャンは、アート界に飛び交うさまざまな意見に惑わされないようにしているという。

「この業界には、何が正解で、何に興味を持つべきかを語るのが上手な人が大勢います。しかし、作品を買う時に誰かの意見を鵜呑みにして、自分の視点を放棄すべきではありません」

イタリア・トリノのアートフェア「アルティッシマ(Artissima)」の会場風景(2023年11月2日撮影)。Photo: Stefano Guidi/Getty Images

『How to Collect Art』発売の数日前、US版ARTnewsはレッシュへのインタビューを実施。この本を執筆する中で得た知見や、アーティスト、コレクター、ギャラリストの関係性がますます複雑に絡み合っていく中で、それぞれが直面する新旧の課題について尋ねた。

金銭的利益とは異なる「アートを買う意味」

──複数の美術館で理事を務めるサンフランシスコ在住のコレクター、パメラ・ジョイナーがこの本に序文を寄せています。彼女はその中で、真剣にアートを集めている有力コレクターの1人として認められることの意義や、アーティストや美術館、ギャラリーの活動を経済的にサポートする中でクリエイティブな人々と直接付き合えることの意味を強調しています。コレクターとアーティストの間には、単なる取引に終わらない人間関係の要素があるようですし、コレクター側にはアーティストと親しくなりたいという願望が少なからずあるように感じられます。この点についてもう少し教えてください。

彼女は、コレクターとして歩んできた中で、キュレーターやコレクター仲間、アーティスト、そしてそれ以外の友人とのつながりが、いかに重要だったかを強調しています。私は本書のために200人のコレクターに取材しましたが、ほかの人たちからも同じことを何度も聞きました。議論を交わし、自分の生活をアートで満たし、アーティストと交流することが大事であるという彼女の意見は、ほかの多くのコレクターが読者に伝えたかったアドバイスと共通しています。

──本書では「エシカル・コレクティング(倫理的な収集)」という概念を取り上げながら、文化支援に取り組む慈善家にとっても倫理が重視されるようになってきていることを示しています。この流れは、ESG投資(環境・社会・ガバナンスの視点を取り入れた投資)や持続可能なファッションなど、他業界で見られるトレンドとも一致しているようです。エシカル・コレクティングの意義と、それがアート市場に与える影響についてはどう考えていますか?

ほとんどの人は、美的・感情的な理由でアートを購入しつつ、多くの場合、あわよくば投資としても上手くいけばと期待します。しかし実際のところ、値上がりする作品というのは、一部のアーティストのものでしかありません。

金銭的な利益が得られないなら、アートに投資する意味はどこにあるのでしょうか? そうした疑問に対する答えとして私は、「責任ある購入」という考え方を提唱しています。アートを買うことは単なる金銭的取引ではなく、慈善的な行為でもあるという考え方です。投資と考えるのではなく、作品を売らない可能性も踏まえながら寄付と捉える。作品を購入することで、アーティストを支援し、彼らが制作活動を続けられるようにする。それは、より広いアートコミュニティを応援することにもつながります。

さらには、良いことをしながら、同時に自分の好きなものを所有し、ほかの人たちと共有できるストーリーを持てるという利点も享受できます。自分がなぜアートを買うのかを理解し、正しく買う方法を知ってほしい。それが、私がこの本で読者に伝えたいことの核心です。私の主張を裏付ける著名コレクションもたくさんあります。熱心なコレクターである歌手のアリシア・キーズと夫のスウィズ・ビーツのディーン・コレクションが良い例で、ケヒンデ・ワイリーミカリーン・トーマスなど、主にアフリカ系アメリカ人アーティストの支援に重点を置いています。

コレクターにとって大切なこと

──アーティストの活動をコンスタントに支援し続けていくことが、コレクターの経済的な義務だと強調されています。これが難しくなった場合、特に少数のコレクターに依存する小規模ギャラリーはどうなるのでしょうか。また、アートシーンに参入して間もないプレーヤーにはどのような影響を与えると思いますか?

ギャラリーは、多額の購入をしてくれる少数のコレクターに大きく依存しています。彼らが需要を牽引し、資金を投入するからこそ市場が成り立っているわけです。2023年の買い控えで見られたように、この微妙なバランスが崩れると、すぐにギャラリーの収益に悪影響を及ぼします。

真っ先に打撃を受けるのが、初めての買い手や、比較的新しい買い手の多い小規模ギャラリーです。アートを買うことにあまり慣れていない彼らの顧客は、景気が悪くなると最初に離脱する傾向にあるからです。小数ながら熱心なベテランコレクターを得意客に持つ大きなギャラリーは、一定期間は持ちこたえられるかもしれません。しかし、新たに参入するコレクターが増えなければ、彼らでさえ長期的には困難な状況に陥るでしょう。

アート市場に参入する新しい買い手に向けた本を書いたのは、そのためです。また、ファイドン社から出す三部作の締めくくりとして、ロジカルなテーマだと思います。『Management of Art Galleries(アートギャラリーの経営)』でギャラリーの世界を掘り下げ、『How to Become a Successful Artist(成功するアーティストになる方法)』でアーティストの領域を探求した後、私はアートのエコシステムにおける最後の重要プレーヤーであるコレクターを分析し、彼らのニーズに対応する必要性を感じました。

──『Management of Art Galleries(アートギャラリーの経営)』では、ギャラリーの30パーセントが赤字で、利益率20パーセント以上の健全な経営ができているギャラリーは18パーセントしかないということが示されていました。また、小規模ギャラリーの場合、売上のかなりの部分、推定で45パーセントが1人のアーティストの作品によるものだということでしたが、そうした小規模ギャラリーにとって、少数のコレクターからの売り上げは長くビジネスを続けていくうえでどれくらい重要なのでしょうか?

コレクターとギャラリストのつながりは非常に重要です。どんな大手ギャラリーも、少数の重要コレクターに支えられています。一方でギャラリーは、アーティストのキャリアを後押しし、アート市場でコレクターが作品を買うのを助けるという重要な役割を、このエコシステムの中で果たしています。10万軒にのぼるギャラリーと美術館のデータを分析した私たちの包括的な調査も、これを裏付けています。

調査結果がはっきりと示しているのは、アーティストの成功のためにギャラリーが担っている役割は極めて重要だということです。ですから、コレクターにとってギャラリーと良好な関係を構築し、その関係を長く維持していくことが不可欠です。ただし、どのギャラリーと付き合うべきなのか、それは人によって異なるでしょう。(翻訳:野澤朋代)

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