クィア視点で美術史を書き換えよう──8人のアーティストによる愛と親密さの表現

抽象画からNFTまで多様なメディウムを用い、クィアネスセクシャリティジェンダーの複雑さをテーマにした作品が数多く発表されている昨今。そんな中でも独自の表現を確立しているクィアアーティストたちを紹介する。

TMデイヴィー《Sun and Sand and Wounds and Love》(2021) Photo: Courtesy of TM Davy

クィアのアーティストコミュニティが広がりを見せる中、愛と親密さを描く新しい視覚言語の幅も広がっているが、そこには多義的な表現が多く見られる。水をモチーフとした絵画を制作するTMデイヴィー、抽象と具象の間を行き来する画家ドロン・ラングバーグに加え、ハンナ・ローマーは肖像画の美術史を書き直すかのように、長年にわたって存在が無視されてきたレズビアンたちの姿を描く。また、デジタルアーティストのオシナチが生み出すのは、ナイジェリアにおける伝統的な男性観に挑戦する作品だ。

かれらが表現するテーマや手法はさまざまだが、「クィアミステリー」を描写し、呼び起こすという点で共通している。クィアミステリーとは、クィアネスが社会の思い込みを超越した存在であり、流動性と不確定性に満ちた、あいまいな領域に属するという考え方だ。欲望に満ちた2つの身体の裸体と愛が、単なる性的接触を超えた親密な関係を結ぶ場面を描く作品に、それが表れている。

官能、愛、そしてクィアミステリーについて、新しい捉え方を提示する8人のクィアアーティストの作品をピックアップした。

1. ドロン・ラングバーグ《Willy and Alan》(2022年)

ドロン・ラングバーグ《Willy and Alan》(2022)

イスラエル出身のドロン・ラングバーグの絵画は、一見抽象画に見えるが、しばらく見つめていると具象的な形が浮かび上がってくる。ラングバーグは、色彩がイメージの意味をどう形成するかを理解するために、油絵の具で実験しているかのようだ。

ラングバーグの大胆な色彩は、想像力に富み、エキセントリックで、しかも的確だ。彼は絵画の中でクィアな愛が大胆に自己表現することを望んでいるのだろう。2022年のアート・バーゼルで展示された作品《Willy and Alan》は、炎を思わせる鮮やかな赤とオレンジを背景に、性交後の静かな時間を過ごす裸体の恋人たちが描かれている。

2. TMデイヴィー《Sun and Sand and Wounds and Love》(2021年)

TMデイヴィー《Sun and Sand and Wounds and Love》(2021) Photo: Courtesy of TM Davy

TMデイヴィーの作品の特徴は、温かみのあるテクスチャーと色彩から深い感情が伝わってくること。デイヴィーは毎夏、ニューヨークのクィアの聖地として知られるファイアー・アイランドで過ごし、海辺の陽光に満ちた場面を戸外で描く。そのテーマは、19世紀から続く絵画の伝統をクィアの文脈に置き換えることだ。

中でも、裸の男性やクィアの人々が海に身体を浸す姿を、神秘と官能を込めて描いた作品が多い。浜辺にいる恋人たちの肖像は、自然主義的であると同時に激しい感情をたたえている。

3. オシナチ《Wallflower》(2022年)

オシナチ《Wallflower》(2022) Photo: Courtesy of Prince Jacon Osinachi

ナイジェリア・アバ出身のオシナチは、ナイジェリア社会の保守性、男らしさの固定観念、そして不文律に逆らう人々に向けられる視線を強く意識して育った。こうした社会の規範や認識が、フェム・メン(*1)、両性具有、ジェンダーアイデンティティ、セクシャリティを描く彼の作品の背景となっている。


*1 女性のような服装や振る舞いをする男性。

主にデジタルアートを発表しているオシナチは、NFTで商業的な成功も収めている。その1つ、《sand castle》では、ひざをついて砂の城を作る黒人男性の後ろに、腰の部分を切り落とされた別の男性が立っている。また、2022年のプライド月間に公開された作品《Wallflower》では、花模様の鮮やかなピンクのドレスを着たジェンダーフルイド(*2)の人物が描かれている。至福の表情をした絵の中の人物からは、衣服を通して本当の自分を表現することの幸福感が伝わってくる。


*2 ジェンダーフルイド(「流動的な性」の意)とは、ジェンダーが流動的で、ときにより異なる性別を自認すること。

4. ダニエル・オルティス《Hurts so good》(2021年)

ダニエル・オルティス《Hurts so good》(2021) Photo: Courtesy of Daniel Ortiz

ニューヨーク・ブルックリン生まれの画家、ダニエル・オルティスの作品は、その意図を声高に叫ぶようなものではない。むしろ謎に包まれていることを良しとし、官能を自己実現の一形態として捉えている。オルティスは、裸体、性的緊張、男性的な魅惑、情熱的なロマンスなどをテーマに、瞑想的なまでに繊細な絵を描く。

最近の作品《Hurts so good》(木板に油彩)は、謎めいていながらも非常に性的な作品だ。目を閉じ、うめくように口をとがらせた男が、なぜ身をよじらせているは明らかだが、その恋人は描かれていない。この絵は、ほろ苦い快楽を物語ると同時に、性的な美をニュアンス豊かに表現している。

5. ハンナ・ローマー《Chrysalis》(2020年)

ハンナ・ローマー《Chrysalis》(2020) Photo : Courtesy of Hannah Roemer

性の持つ脆弱性への共感を表現するドイツ人画家のハンナ・ローマーは、作品を通して、ミューズたちが性的な欲望を伝えることを恐れない世界を創造している。女性同士のセックス、女性の自慰行為、ヌードなど、ポルノに結びつけられがちなイメージを、白人男性の視点とは全く異なる角度で描いている。

シュルレアリスム的な《not if it's you》で描かれているのは、体のない女性の頭部をトランス男性が愛撫し、女性の長い髪が男性のひざにかかる様子だ。こうした魅力的なイメージを、ローマーは次々と生み出している。

6. ナイマ・グリーン《The swell》(2021年)

ナイマ・グリーン《The swell》(2021) Photo: Courtesy of Naima Green and The Institute for Contemporary Art at VCU

ニューヨークを拠点とするアーティスト、ナイマ・グリーンは、ミュージシャンのケラーニやソランジュといったミューズたちをモデルに起用した雑誌の表紙撮影で知られる。また、自分の婚約者や友人たちを撮影し、休暇の様子から恋愛模様まで、クィアの生活の魅力的な瞬間を捉えた写真作品を発表している。

《The swell》では、誕生日を迎えた女性を祝う水着姿のクィア女性たちが、小型の船でクルーズする様子を撮影している。そこにあるのは、屈託のない喜びに満ちた愉悦の時間だ。

7. ナタナエル・エヴァン・リナーディス《Love that contrast in this one》(2022年)

ナタナエル・エヴァン・リナルディス《Love that contrast in this one》(2022) Photo: Courtesy of Nathanail Evan Linardis

自閉症とトランスジェンダーであることを公表しているアーティスト、ナタナエル・エヴァン・リナルディスは、幼少期、自分の考えや感情を表現する手段として絵を描いていた。長年、心の詩をカンバスで表現してきたリナルディスは、作品の中でクィアな愛と親密な関係をきめ細やかに描写する。

リナルディスは、クィア、トランス、ヘテロを問わず、親密な関係を題材とすることが多いが、それ以外にも、ダークブルーの波線に銀河の星のような白い模様のある抽象的な図形などを描いている。

8. ボリス・トーレス《A wounded man》(2022年)

ボリス・トーレス《A wounded man》(2022) Photo: Boris Torres/Courtesy of Kates-Ferri Projects

アメリカを拠点に活動するエクアドル系アーティスト、ボリス・トーレスは、ラテンアメリカとアメリカのクィア文化に注目し、クィアの家族、愛、アイデンティティをテーマに、インターセクショナリティ(*3)の視点で絵画を制作している。その願いは、美術館やアートギャラリーにもっとクィアの肖像画が展示されることだ。


*3 人種、階級、ジェンダー、性的指向、国籍、年齢、障害など、さまざまな属性が交差した時に起きる差別や不利益などを捉える概念。

最近の作品《a wounded man》では、大部分が暗闇に覆われた部屋の中で、恋人同士がお互いの温もりを感じるように抱き合い、横たわっている。この絵に描かれた多義的な親密さの中で、2人は身体を通じて理解し合っているのだろう。(翻訳:清水玲奈)

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