あのメガヨットは誰のもの? ヴェネチアの水路に並んだ大富豪コレクターの船を特定
ヴェネチア・ビエンナーレ開幕に合わせ、水路には世界の大富豪たちのメガヨットが続々集結。バスキアを所有するファッション界の重鎮から、暗号資産投資で知られる金融王まで、トップコレクターたちの船を公開情報から読み解く。

ヴェネチア・ビエンナーレのプレビューに合わせて、ヴェネチアには世界中からジャーナリストやキュレーターが集まり、グランド・カナル沿いの歴史あるホテル、パラッツォのバルコニーでは、洗練された装いのコレクターたちがアペロール・スプリッツを片手に談笑していた。一方、水上に目を向けると、そこには、複数の巨大ヨットが並んでいた。
リーヴァ・デイ・セッテ・マルティリ沿いを延々と歩いてジャルディーニへ向かった者にとって、それらのヨットは見逃しようがなかった。多くは隣接する水路沿いに停泊し、テントやピクニックチェアが並ぶデッキを警備員が巡回していた。当たり前だが、どの億万長者が船上でくつろいでいるのか覗き見るような雰囲気ではない。
そこで筆者は、過去の報道や公開情報から、これらの巨大ヨットの所有者が誰なのか、ビエンナーレのためにヴェネチア入りしていた実業界の大物たちを可能な限り特定してみた。
2022年建造、全長約52メートルの「Private GG」

その名の由来となった人物同様、「Private GG」は控えめな船ではない。イタリアの造船会社CRNによって2022年に建造された全長170フィート(約52メートル)のこのヨットは、ヨット専門メディア「Yacht Buyer」によれば、豪華ヨットのデザインで知られるオランダのOmega Architectsが設計を手がけ、Massari Designによる洗練されたインテリアを備える。船内には5つの豪華客室があり、最大10人のゲストを収容可能。加えて9人のクルーが乗船でき、サンデッキにはジャグジー、上層デッキにはシネマサロン、水面レベルには、メガヨット特有の「ビーチクラブ」(船尾の水面近くに設けられたラウンジ/スパ空間)にスチームサウナまで備わっている。
この船のオーナーは、ファッションブランド「ヴァレンティノ」の共同創業者であり、今年1月に93歳で死去した伝説的クチュリエ、ヴァレンティノ・ガラヴァーニの公私にわたる長年のパートナーであったジャンカルロ・ジャメッティだ(このヨットの名称は、彼のInstagramアカウント名とも一致している)。
ジャメッティはビエンナーレのオープニングに合わせてヴェネチア入りしており、Instagramには、展示作品の写真に加え、俳優のサルマ・ハエックとその夫でケリング会長にして世界屈指のアートコレクターとして知られるフランソワ=アンリ・ピノーとのディナー写真も投稿されていた。もしかすると、ハエック夫妻もジャメッティのヨットでヴェネチア入りしたのかもしれない。
ジャメッティも筋金入りのコレクターであり、故ガラヴァーニもまた同様だった。ガラヴァーニは2023年、自身が18年間所有していたジャン=ミシェル・バスキアの《El Gran Espectaculo (The Nile)》(1983)をクリスティーズのオークションに出品し、予想落札額4500万ドル(最新の為替レートで約70億円)を大きく上回る約6700万ドル(約105億円)で売却している。一方、ジャメッティ自身も2021年、バスキア作品《In This Case》(1983)を予想額のほぼ2倍にあたる9300万ドル(約146億円)で売却した。
さらにガラヴァーニは、昨年11月のニューヨーク・オークションで、アンディ・ウォーホル、マリリン・ミンター、ネオ・ラオホ(Neo Rauch)の作品を売却予定であるとも報じられていた。2010年の『Vanity Fair』誌によるニューヨーク邸の特集では、リチャード・プリンス、ロイ・リキテンスタイン、ウォーホル、ウィレム・デ・クーニング、フェルナン・レジェらの作品を収集していたことも紹介されている。
昨年、ジャメッティとガラヴァーニはローマに展示スペース「PM23」を開設した。名称は所在地であるミニャネッリ広場23番地に由来しており、ヴァレンティノ・ガラヴァーニ&ジャンカルロ・ジャメッティ財団によって運営されている。
2023年建造、全長約58メートルの「Kathryn」

ヴェネチアに停泊していたメガヨットの中でも比較的新しい一隻が「Kathryn」だ。イタリアの造船会社Codecasaによって2023年に建造され、ミラノのM2 Atelierがデザインを担当した。全長は約190フィート(約58メートル)。オーナー用スイート、VIP客室、そして4部屋の客室に加え、12人のクルーと船長用の居室も備えている。
プエルトリコ紙『El Nuevo Dia』によれば、この「Kathryn」のオーナーは、テック分野への投資で知られるプライベート・エクイティ大富豪、オーランド・ブラボー(Orlando Bravo)だ。彼の率いるトーマ・ブラボ(Thoma Bravo)は、暗号資産取引所FTXに1億3000万ドル(約204億円)を投資したことで知られるが、その資金はFTX崩壊によって失われた。
プエルトリコ生まれのブラボーは、同地における著名な慈善活動家でもあり、自身のファミリー財団を通じて経済開発支援に1億ドル(約157億円)を寄付。2021年にはハリケーン・マリア被害への救援として1000万ドル(約15億7000万円)を提供した。
また、彼は著名なアートコレクターでもあり、US版ARTnewsの「トップ200コレクターズ」にも名を連ねているが、そのコレクションの詳細はほとんど知られていない。なお、彼のビジネスパートナーであるカール・トーマ(Carl Thoma)は、デジタルアートやラテンアメリカ美術の収集家として知られる。
ちなみに、『El Nuevo Dia』によれば「Kathryn」の価格は5000万ドル(約78億円)。これは今月後半にクリスティーズへ出品される予定のゲルハルト・リヒター《Kerze (Candle)》(1982)の予想落札価格と同程度だ。
2007年建造、全長約54メートルの「Maraya」

「Maraya」は、今年のビエンナーレ期間中にヴェネチアへ集結したヨット群の中では比較的古参の一隻で、「Private GG」と同じ造船会社CRNによって建造された。全長177フィート(約54メートル)で、外観デザインはローマ拠点のZuccon International Project、インテリアはClaude Missir Architecture Intérieureが担当した。6つのキャビンに最大12人のゲストを収容でき、最大10人のクルーが乗船可能だ。
もっとも、このヨットはチャーター船として貸し出されているため、今週この船を楽しんでいる人物が必ずしもオーナー本人とは限らない。ヨット業界専門メディア兼データベース「Super Yacht Fan」は、その所有者を、果物輸入業で財を成したパレスチナ生まれのヨルダン人富豪のモハメド・アブ=ガザーラ(Mohammed Abu-Ghazaleh)だとしている。
1942年にエルサレムで生まれたアブ=ガザーラは、1970年代初頭には湾岸地域最大級のバナナ輸入業者となり、1996年には世界有数のアメリカの青果企業、Fresh Del Monteを推定1億2000万ドル(約188億円)で買収したことで知られる。
また、彼は熱心なアートパトロンでもある。妻マヘラ(Mahera)とともに、ヨルダン・アンマンを拠点とする芸術支援団体「MMAG Foundation」に設立資金を提供。同団体は、展示スペースやアーティスト・イン・レジデンスを運営し、「ヨルダンおよび地域のアーティスト・エコシステムを支援する」ことを目的としている。
「Super Yacht Fan」によれば、「Maraya」の価格は3500万ドル(約55億円)。これは、今月クリスティーズへ出品予定のS・I・ニューハウス旧蔵によるジョアン・ミロ《Portrait de Madame K.》(1924)の予想価格に相当する。
2017年建造、全長約46メートルの「OM」

青と白の船体が印象的な「OM」は、ジャルディーニへ向かう途中でもひときわ目を引く存在だった。「Super Yacht Fan」によれば、イタリアの造船会社であるRossinaviによって2017年に建造され、当初は「N2H(Nice to Have)」という名称で進水したという。
デザインはTeam For Designのエンリコ・ゴッビとArrabit Naval Architectsが担当し、2022年にはMassari Designによって内装が改装された。全長約150フィート(約46メートル)の船内には5つのキャビンがあり、10人のゲストと9人のクルーを収容できる。さらにプールとジャグジーも備える。
「OM」は進水後、複数回オーナーが変わっている。「Super Yacht Fan」によれば、当初はポーランド人実業家ロベルト・オスカルド(Robert Oskard)のために建造されたが、その後、オランダ最大級のフード&ホスピタリティ企業グループの創業者、キース・フェルマート(Kees Vermaat)へ売却された。さらに2024年9月には、匿名の買い手へ再び売却されたという。
船名が「OM」へ変更されたことを踏まえると、ミュンヘンを拠点とする不動産投資会社OM Gruppe創業者のエーリヒ・オーバーマイヤー(Erich Obermaier)が新オーナーではないかという推測も成り立つ。オーバーマイヤーは2022年、同じRossinavi製ヨット「LEL」を購入したとも報じられている。もしかすると、彼には一隻のメガヨットでは収まりきらないほど友人が多いのかもしれない。
売却価格は公表されていないものの、「Super Yacht Fan」の推定では3000万ドル(約47億円)前後。これは、同じくクリスティーズに出品されるS・I・ニューハウス旧蔵のジャスパー・ジョーンズ《Gray Target》(1958)の予想価格とほぼ同額だ。
2008年建造、全長約43メートルの「Sofia 3」

最後に紹介するのは、5月4日にプンタ・デッラ・ドガーナ前に停泊していた「Sofia 3」だ。当初筆者は、この洗練されたダークグレーの船体はその名前から、イラン系カナダ人富豪でSofina Foods Inc.オーナーの、マイケル・ラティフィ(Michael Latifi)所有のものと確信していたが、それは誤認だった。ラティフィ所有の船は「Sophia」で、こちらはプレビューに合わせてヴェネチア入りしていない。
一方、「Sofia 3」は2008年建造で、デザインはフランチェスコ・パスコウスキ(Francesco Paszkowski)が担当。全長140フィート(約43メートル)と、ラティフィ所有のメガヨットの半分ほどのサイズではあるが、イタリアの造船会社、Lusbenによる大規模改修を終えたばかり。『Boat International』によれば、船体の全面再塗装、新たなデッキ施工、構造補強などが施され、工事は2025年1月に完了した。『Yacht Charter Fleet』によれば、5つのキャビンに10人のゲストを収容でき、さらに9人のクルーが乗船可能だ。
オーナーの正体はいまだ不明だが、それはおそらく最近売りに出されたばかりだからだろう。「Super Yacht Times」は、この船が現在1470万ドル(約23億円)という、メガヨットとしては「驚くほど現実的な価格」で売りに出されていると報じている。確かに、今月クリスティーズに出品予定のアンディ・ウォーホル《Do It Yourself (Violin)》を落札するよりは、はるかに安く済みそうだ。(翻訳:編集部)
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