コラージュされた身体が語るジェンダーポリティクス──LINDER: GODDES OF THE MIND【EDITOR’S NOTES】
経済危機、パンク、フェミニズム。1970年代イギリスの混沌のなかで生まれたリンダー・スターリングのフォトモンタージュは、なぜ2026年の私たちにも突き刺さるのか。シャネル・ネクサス・ホールでの日本初個展から、スターリングの作品世界を読み解く。

想像してみてほしい。若い女性がメスを手に、手術よろしく男性向けの車雑誌やポルノ雑誌、あるいは主婦向けライフスタイル誌やファッション誌から、女性のヌードや家電や車などの写真を切り抜き、それらをコラージュしている姿を。そして彼女はこう言うのだ、「それは解放感と喜びに満ちた行為でした」。
1954年イギリス・リバプール生まれのアーティスト、リンダー・スターリングは、子どもの頃から親しんできた絵を描くことを手放し、自身の表現言語を獲得したときのことを、ミラノが拠点のカルチャーメディア『Lampoon』でこう振り返っている。
「私はNo. 11の刃──手術室で切開を行うために製造された外科用メス(編注:マウントボードを切るために所有していた)──で、雑誌そのものを人体と見なし、切開し始めました。まるで外科医のような冷静な正確さで、雑誌という媒体と、そこに収められたイメージの両方を解剖しているような感覚でした」
スターリングのフォトモンタージュ作品において、頭部は掃除機に、顔はアイロンに取って代わられ、キッチン用品や家電製品が女性の身体に接ぎ木される。ここまでの話だけ聞くと、随分と不気味なイメージを想像するかもしれないが、スターリングの作品には、思わずクスッと笑ってしまうようなユーモアとポップさがある。
だが、その笑いは長続きしない。しかし重く暗い気持ちに苛まれるわけでもない。半世紀もの間解決されない問題に気づいてしまった気まずさややるせなさを感じると同時に、匿名化されるどころか、ある意味「非人間化」された女性像に、不思議とエンパワーされもするのだ。
シャネル ネクサス ホールで6月25日に開幕するスターリング初の日本個展「LINDER: GODDESS OF THE MIND」は、今年4月18日から5月17日まで開催されたKYOTOGRAPHIEからの巡回展だ。わたしは京都でもこの迫力ある展示を見たのだが、今回の展示でも象徴的なのは、バズコックスの1977年のアルバム『Orgasm Addict』のジャケットに採用されたことで一躍有名になったイメージだ。
本作において、オイルでヌルヌルと光る女性の引き締まった身体(スターリングは、「70年代とは思えないとても現代的な身体でしょう?」と説明する)は、恥ずかしげもなくこちらを向いている。しかし、その顔はアイロンに置き換えられ表情を読み取ることはできない。代わりに乳首には、美しく並ぶ真っ白の歯を見せびらかすように、女性の唇がにっこりと、しかし広告のようなわざとらしさで笑っている。イギリスで同一賃金法(1970年成立、75年施行)や性差別禁止法(75年施行)が成立して女性の権利拡大が進む一方、「良き主婦」の規範がなお根強く残り、経済危機が深刻化し、セックスピストルズが「No Future UK?」と叫ぶ中、この作品は生まれた。

それにしても、家事労働の記号としてのアイロンや掃除機が乗せられた女性の身体に加えて、なぜリンダーはこうも「唇」に魅せられて(あるいは取り憑かれて)いるのか。本展でも、前述の作品のみならず《Principle of Totality(Version I)》(2012)などで繰り返し登場する口紅が塗られた様々な唇は、女性性そのものの記号であることは確かだが、セクシーと呼ぶにはほど遠い。むしろそれらは人体から切り離された、独自の意志を持つ生命体のようにも見える。と同時に、語りたいことを語らせてもらえない不自由さも感じ取れる。
リンダーはかつて、1970年代の雑誌売場を振り返り、男性誌は「DIY、車、ポルノ」、女性誌は「ファッションか家庭」に分けられていたと語っている。その両者に共通していたのは、女性の身体だった。だから彼女のフォトモンタージュにおいて、アイロンや掃除機は単なる家庭用品ではない。それは、女性の身体を性的対象としても、家庭内労働の担い手としても消費してきた社会の視線そのものだ。
半世紀を経た現在、状況は大きく変わったように見える。
だがリンダーが近年のインタビューで繰り返し語るのは、1970年代に闘われたはずの問題が「別のかたちで戻ってきている」という感覚だ。リンダーが手術用のメスで切り刻んだ雑誌のページは、もはや過去の遺物ではない。確かに、権利や制度の前進が必ずしも不可逆ではないことを、私たちはこの数年で嫌というほど目撃してきた。
この言葉から、リンダーの作品は決して過去のフェミニズムの記録なのではなく、いまなお解消されていない違和感の断面として立ち上がってくる。リンダーの作品を前にその事実に気づくとき、私たちは絶望している場合ではないと自らを鼓舞するのだ。
「LINDER: GODDESS OF THE MIND」
会期:6月25日(木)〜8月17日(月)
会場:CHANEL NEXUS HALL(東京都中央区銀座3-5-3 シャネル銀座ビルディング4F)
開館時間:11:00〜19:00(最終入場18:30)
休館日:会期中無休
入場料:無料











