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ダイバーシティ推進のための美術展が中止に。フロリダの大学が「多様性と包摂」を受け入れず

2月下旬、アートと教育を通じて多様性の啓発活動を行うNPO団体、Embracing Our Differencesが、フロリダ州の大学で4月に予定されていた美術展の中止を発表。その経緯を取材した。

タイロー・アキコ《Being Different Gives the World Color》 Courtesy Embracing Our Differences

NPO団体Embracing Our Differences(「違いを受け入れる」の意)は、2003年以来フロリダ州サラソタ郡にあるベイフロント・パークで毎年展覧会を開催している。今年は同団体の創立20周年を記念して、初めて展覧会を数カ所に巡回させる計画だ。その3カ所目の会場に予定されていたのがフロリダ州立カレッジ(以下SCF)のマナティ=サラソタキャンパスで、両者は2022年の早い時期から協議を続けてきた。

Embracing Our Differencesのエグゼクティブディレクター、サラ・ワートハイマーはUS版ARTnewsの取材に応じ、2月初めにSCF関係者から連絡があり、展示から「ダイバーシティ(多様性)」と「インクルージョン(包摂)」という言葉の削除を求められたことを明らかにした。

「しかし、そうした価値観を広めることこそが、私たちの組織の目標なのです」と、ワートハイマーは強調する。

Embracing Our Differencesは通常、ダイバーシティインクルージョンの啓蒙活動として、国際的に公募したアート作品や写真を屋外広告のような形で展示している。

SCFは展示条件を交渉する中で、作品が学生に刺激を与えたり、見るのがつらいと感じたりする可能性を考慮し、展示予定のうち3点について話し合うことを要請していた。ワートハイマーによると、大学側が懸念していたのは、PTSD(心的外傷後ストレス障害)を抱えた退役軍人の学生への影響だったという。

Embracing Our Differencesは大学側の意向を受け入れ、その代わり、展示の一体性が損なわれる場合には、SCFでの展示を中止するとしていた。また、作品が何らかの悪影響を与えた場合に備え、児童と成人双方の心理に詳しい専門家を理事会に迎え入れている。

ワートハイマーによると、そうした経緯の中で展示作品を決定した後、2月初旬にSCFの広報担当者から電話があり、インドの小学5年生が応募した作品に使われている「ダイバーシティ」と「インクルージョン」という言葉を削除してほしいと突然伝えられたという。その作品の下部には、「ダイバーシティとインクルージョンは、人類にとって平和という調和のとれた布を縫い合わせる針と糸のようなもの」という文章が引用されていた。

「この作品について議論は必要だろうかと答えたのですが、SCF側はこの部分を取り除いてほしいという意向を曲げませんでした。だから、作者への検閲を拒否するために強い姿勢で応じなければならないと考えたのです」と、ワートハイマーは説明する。

SCFでは最近、教育の現場でダイバーシティ、エクイティ(公平性)、インクルージョンを推進することに反対し、それらの予算を撤廃する新法案を提案しているフロリダ州のロン・デサンティス知事が講演を行った。ワートハイマーによると、大学から電話があったのは講演の当日だったという。

デサンティス知事はプレスリリースで、ダイバーシティ、エクイティ、インクルージョン(DEI)の推進は、「リベラルエリートの戦略であり、アイデンティティ・ポリティクス(*1)と特定の価値観の押し付けによって思想の自由を抑圧するものだ」との見解を表明している。ただし、知事が講演で言及した法案は、今のところ成立には至っていない。


*1 人種、民族、ジェンダー、障害など、特定のアイデンティティを土台とし、アイデンティティに基づく集団の利益を代弁する政治活動。

SCFでの展覧会は中止されたが、作品は他の会場で展示される。ただ、SCFでの見学を計画していたマナティ郡の学校にとっては、少し不便になったかもしれない。Embracing Our Differencesのウェブサイトによると、2022年の展覧会には学齢期の子どもたち数万人が訪れている。

US版ARTnewsはSCFにコメントを求めたが、回答は得られなかった。しかし、SCFの教員たちは、フロリダ州立大学連合教授会(UFF-SCF)が起草した声明をUS版ARTnewsに送り、こう伝えている。「我々は、管理職の行動が必ずしも教員の信念を反映していないことを国民に知ってもらうことが重要だと考えています」

声明では、SCFの検閲に対して、教授陣が抱いている様々な懸念を挙げ、反論している。UFF-SCFの声明によると、SCFの管理部門は、「Embracing Our Differencesのディスプレイが最近破壊されており、キャンパス内での暴力の脅威を考慮した」と説明したという。しかし、教授陣が指摘するように、SCFの4つのモットーの1つは包括性であり、この展覧会に含まれることが望まれなかった言葉の1つである。

さらに声明では、「多様性」や「包括性」という言葉が検閲されただけでなく、「平等」や「正義」という言葉も展示に含まれることが望まれなかったと付け加えられている。正義という概念は、ロン・デサンティスが掲げたDEI関連法案のターゲットにはなっていないにもかかわらず、SCFの管理部門から指摘が入り、SCFの教授陣は大いに悩んだという。(翻訳:清水玲奈)

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