北斎に続き、広重人気が加速。「史上最高峰」の版画コレクション600点が競売へ
葛飾北斎が長らく存在感を示してきた日本の版画市場で、歌川広重への注目が高まっている。そんななか、半世紀にわたって集められた世界屈指の広重コレクション600点以上が、クリスティーズのオークションに登場する。
国際的な美術市場で取引されてきた日本の版画といえば、長らく葛飾北斎の《神奈川沖浪裏》(1831)が圧倒的な存在感を放ってきた。しかし、いまその状況が変わろうとしている。
今年9月、オークションハウスのクリスティーズは、アメリカ人実業家アラン・メドーのコレクションから、600点以上の版画を順次競売にかける。その中心となるのが、9月15日にニューヨークで開催されるオークションで、180点以上が出品される予定だ。メドーは半世紀にわたって質の高い歌川広重の作品を追い求めてきた。専門家からも、そのコレクションは史上最高峰のひとつと評価されている。折しも市場では、北斎に続いて広重への関心が高まりつつある。
日本人作家の版画は、オークション市場で徐々に存在感を高め、取引価格も上昇を続けている。その市場をけん引してきたのが葛飾北斎だ。質の高い《神奈川沖浪裏》は、たびたび予想落札価格を大きく上回ってきた。昨年、サザビーズでは岡田美術館のコレクションから出品された1点が、予想落札価格上限の約3倍にあたる280万ドル(当時の為替で約4億3900万円)で落札された。この作品は、総額8800万ドル(同約137億8000万円)に達したオークションでも目玉のひとつとなり、極上の日本美術に対するコレクターの高い需要を印象付けた。そして今、クリスティーズは次に広重へ脚光が当たるとみている。クリスティーズで日本・韓国美術部門の責任者を務める村上高明は、US版ARTnewsの取材にこう語っている。
「過去6〜7年にわたって、私たちは推定落札価格を定期的に引き上げてきました。しかし、推定価格を引き上げているにもかかわらず、この期間の全オークション結果の平均をとると、作品の落札額は予想最低価格の2倍に達しています」
この市場はここ数年で目に見えて国際化していると、村上は語る。なかでも、アートディーラーやオークションハウスが重視する若い世代のコレクターが新たに参入し、日本国外からの需要が拡大しているという。一方で、北斎と比べると、質の高い広重の版画にはなお評価の余地が残されていると村上はみている。
そうした質の高い広重作品こそ、メドーが人生の半分以上を費やして追い求めてきたものだ。彼が初めて広重の版画を購入したのは、結婚直後に妻と日本を訪れたときだった。当初はただ魅力的な版画を見つけたと思っていたというが、時が経つにつれ、同じ作品でも刷りによって大きな違いがあることに気づく。ある刷りは輪郭がより鮮明で、別の刷りは色彩が豊かだった。後の刷りでは失われている細かな描写が、初期のものには残っていることもあった。そこから、彼の収集は本格化した。
その後の50年間で、メドーは20回以上日本を訪れ、美術館に通い、手に入る限りの文献を読み込んで審美眼を磨いていった。作品を探すのと同じか、それ以上に、関連書籍を集めて研究することに時間を費やした時期もあったという。やがて彼がとりわけ重視するようになったのが、「初摺(しょずり)」と呼ばれる制作初期の刷りのなかでも、保存状態に優れたものだった。そうした作品を追い求め、最終的にはおよそ700点に及ぶ広重作品を収集した。メドーは自身の体験をこう振り返っている。
「彼が色彩によって生み出す多様な情景や情緒を目にしたことが、最大の魅力だったと思います。真に状態の良い初摺を見ると、数百年という時を超えて奇跡的に生き残ってきたものだと実感するのです」
こうした違いへのこだわりは、一見するとマニアックに映るかもしれない。しかし現在の版画市場では、作品の価値を左右する重要な判断材料となっている。木版画は同じ版木から繰り返し刷られるため、制作が進むにつれて版木が摩耗し、線の鮮明さや繊細な色のグラデーション、細部の表現が徐々に失われていく。そのため、制作初期の刷りで、なおかつ保存状態に優れた作品ほど高く評価される。本格的なコレクターにとって、こうした差は「良い作品」と「傑作」を分ける重要な要素であり、落札価格にも大きな開きを生む。
広重への関心の高まりは、オークション会場だけにとどまらない。代表作《名所江戸百景》(1856–1858)は、フィンセント・ファン・ゴッホやクロード・モネらに大きな影響を与え、美術史の上では以前から重要な位置を占めてきた。近年は、その意義を現代美術の側から捉え直す動きもみられる。昨年には、メガギャラリーのガゴシアンで村上隆がこの連作を掘り下げる大規模な展覧会を開催し、同シリーズを「近代絵画の原点へと回帰する道筋」と表現した。
今月83歳を迎えるメドーは、売却を決めた理由は市場の動向だけではないと話す。「私が世を去った後、遺産を管理する人物がこれらの作品の扱いに困るような事態は避けたかったのです」と彼は語る。自分が元気なうちに、作品を次の持ち主へ引き継ぐ方がよいと考えたという。彼にとって、それはコレクションの歴史にもかなった選択だった。これらの版画の多くは、2世紀近くにわたり、何人もの所有者の手を経て受け継がれてきたからだ。
売却益の使い道について、引退したこの金融家はまだ決めていないという。ただし彼は、「また別の作品を細々と集め始めてしまうかもしれませんね」と冗談めかして語った。(翻訳:編集部)
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