ダグ・エイケンのVR個展が、世界4都市のギャラリーで同時開催
見る者を圧倒するダグ・エイケンの作品は、未来の美学や、現代社会と自然との対立について考えさせる。たとえば、ビデオ作品の《New Era(新しい時代)》(2018)は、携帯電話の発明を題材に、かつて想像されていたこの技術の未来と、それが実際に社会に与えた影響との間に横たわる深い溝について考察するものだ。
《Return to the Real(リアルへの帰還)》(2019)と名づけられたインスタレーションでも、半透明の素材で作られた女性とスマートフォンの彫刻に音と光の効果を組み合わせ、人間の生活と通信技術の複雑な関係性を提示していた。そして今、エイケンは四つの都市で開かれるVRを用いた個展で、その驚くべき感性をさらに押し広げようとしている。
2月15日、エイケンの個展がニューヨークの303 Gallery、チューリッヒのGalerie Eva Presenhuber(ギャラリー・エバ・プレゼンフーバー)、ロサンゼルスのRegen Projects(レーゲン・プロジェクツ)、ロンドンのVictoria Miro(ビクトリア・ミロ)の四つの会場でスタートした。
「Open(オープン)」と題されたこの個展は、これまでバーチャルリアリティ(VR)を扱ったことのないエイケンが、新しい領域に挑戦するものだ。彼はインタビューで次のように答えている。「最初はVRを扱うことにかなり抵抗がありましたね。これまでピンとくるものをあまり見たことがなかったので」
しかし、VRに対する彼の考えはコロナ禍で変化した。「美術館やギャラリーといった展示スペースが軒並み閉鎖される中、VRには可能性があると思ったんです」。新作の制作には、ギャラリーオーナーであるビクトリア・ミロの息子、オリバー・ミロが経営するVRの制作会社、Vortic(ヴォーティック)の協力を得ている(エイケンの最新プロジェクトは、ギャラリー展示のほか、Vorticのウェブサイトやアプリでも見ることができる)。
「Open」展が開催されているギャラリーを訪れた人は、Oculus(オキュラス)のヘッドセットを装着し、エイケンが作り上げた不思議なデジタル空間を歩きながら作品を鑑賞する。エイケンの仮想展示空間は、VRにありがちな幻想的でどぎつい色合いの、ゲームのような世界観とは異なり、どちらかというと地味でミニマルだ。
ある部屋では、楕円形の鏡が組み合わさったデジタル彫刻《Metallic Sleep(メタリック・スリープ)》(2022)が、高いコンクリートの壁に囲まれた小さな台の中央に置かれている。上空では黄昏時の空が非現実の風とともに移ろっていく。また、ホワイトキューブ(白壁や床、天井で囲まれた展示スペース)の部屋もあり、天井に開いた隙間から晴れた空が見える。空の明るさと色は、時間の経過を反映して刻々と変化する。鏡のような表面の熱気球《New Horizon(新しい地平)》(2019)や文字の形の彫刻など、エイケンのよく知られた作品の多くも、この個展では新たな文脈で参照され、再現されている。
現実離れした巨大な立体作品のために、まったく新しい展示空間を作り出せる。これが、VRを活用してみる価値があるとエイケンが思うようになった理由だ。「試してみればみるほど面白くなってきたんです。物理的な世界には存在し得ないものを作れる、展示空間を作り直すチャンスだと思えた」とエイケンは言う。
彼はこう続ける。「デジタル展示は物理的な展示に取って代わるものではなく、言ってみれば支流のようなものかもしれませんね。私たちはリアルを求めているし、物理的なアートを見たい。でも、今まさに体験しているように、それができない状況もあるわけですから」(翻訳:野澤朋代)
※本記事は、米国版ARTnewsに2022年2月15日に掲載されました。元記事はこちら。