ジョアン・ミッチェル作品はなぜ高騰し続けるのか──生誕100周年を迎えた画家、その人気の理由
2023年にパリのフォンダシオン・ルイ・ヴィトンで開かれた「モネ - ミッチェル」展と、それに先立つ回顧展で大きな話題となったジョアン・ミッチェルの市場価格上昇が勢いを増している。男性作家が主流の抽象表現主義において独自の存在感を示したミッチェルは、市場でどう評価されてきたのだろうか。

昨年12月のアート・バーゼル・マイアミ・ビーチで、出品作が最も高額だったアーティストは誰か? そう聞かれてまず思い浮かぶのは、ジェフ・クーンズ、ゲルハルト・リヒター、アンディ・ウォーホルなどの男性作家かもしれない。
残念ながらその推測は外れだ。ニューヨークのギャラリー、レヴィ・ゴルヴィ・ダヤのウォーホル作品は、確かに1800万ドル(最近の為替レートで約28億1000万円、以下同)というハイレベルの金額で売れた。しかし、それを上回る最高額をマークしたのは、ニューヨークとシカゴに拠点を置くギャラリー、グレイが出品したジョアン・ミッチェルの抽象画《無題》(1979)の1850万ドル(約28億9000万円)だった。
ミッチェルが「偉大な作家」である理由
2025年に生誕100年を迎えたジョアン・ミッチェルは、主にニューヨークとフランスで活動したアメリカ人画家で、1992年にフランスで亡くなった。抽象表現主義を代表する作家の1人として広く知られるミッチェルは、表現力あふれる叙情的な抽象画で高い評価を得ている。
これまで長きにわたり、女性アーティストの作品はアート市場で男性作家に遅れをとってきた。そんな中でもミッチェルの絵画は、オークションでもプライベートセールでも高値で取引され、価格は3000万ドル(約46億8000万円)近くまで上昇している。とはいえ、オークションでの落札価格は、ジャクソン・ポロックやマーク・ロスコといった同時代の男性レジェンドにはまだ及ばない。
では、なぜミッチェルはなぜ偉大な作家と言えるのか? その問いに対し、遺作を管理するニューヨークのジョアン・ミッチェル財団でキュレーション担当シニアディレクターを務めるサラ・ロバーツはこう答えた。
「ミッチェルは、1950年代のアメリカとフランスの抽象絵画に洗練とエネルギー、そして卓越した感性で創造された独特の空間をもたらしました。それは同世代の作家たちとは一線を画すものです。彼女は類まれな集中力と粘り強さで多様な作品を生み出し、それらを通じて独自の方向性を追求する真剣な姿勢を貫いています。そのときどきの流行や市場の動向、あるいは展示の時期や場所などに左右されることはありませんでした」
オークションでは高額落札が続く

去る11月にニューヨークで開催された主要オークションでも、ミッチェル作品の売れ行きは好調だった。クリスティーズの《Sunflower V(ひまわり V)》(1969)が予想最高額の1670万ドル(約26億円)で落札、フィリップスでは《無題》(1957-58)が予想落札額の上限に近い1430万ドル(約22億3000万円)で落札されるなど、11月のオークション出品9点全てに買い手が付いている。
しかし、秋のオークションシーズンの成績が完璧かというと、そうはいかなかった。10月にサザビーズ・パリで行われたオークションには、1975年に制作された4枚組の抽象画《無題》(全体で100×292cmセンチ)が出品されたが、予想落札額が最高600万ユーロ(約11億円)と控えめだったにもかかわらず、不落札に終わっている。
ミッチェル作品のオークション最高額は、2023年11月にクリスティーズ・ニューヨークで落札された《無題》(1959)の2920万ドル(約45億6000万円)だ。最近クリスティーズの南北アメリカ部門・戦後美術および現代アート担当チェアマンに昇進したサラ・フリードランダーはこの作品について、「ミッチェルの色彩に対する深い理解と、大胆な筆遣いが示された最高レベルの作品です」とUS版ARTnewsに語っている。

2023年以降は、2000万ドル(約31億2000万円)を超えた作品が3点ある。また、これまで17点に1000万ドル(約15億6000万円)を超える価格が付いているが、そのうち12点は2020年以降に販売されたものだ。そして、これから市場に出回る可能性のある作品も少なくない。ミッチェルの全作品を収録するカタログ・レゾネを制作中の財団によれば、およそ1400点ある絵画の中で、現在美術館に収蔵されているのは150点ほどだという。ニューヨークのアートアドバイザー、エリカ・サミュエルズは、ミッチェル作品の価格についてこう話している。
「オークションの落札額記録を見るにつけ、なぜウィレム・デ・クーニングに匹敵する額にならないのか疑問に思います。2人は同じ抽象表現主義グループの仲間であり、同等に評価されていますから、ミッチェルが3000万ドル、4000万ドル、5000万ドル(約47億〜78億円)クラスのアーティストになれない理由は見当たりません」
「ようやく世界が追いついた」
もちろん、1つの作品の価格が全てを物語るわけではないが、各アーティストの最高額比較は市場を理解する一助になる。抽象表現主義のアーティストによる最高額を見ると、マーク・ロスコが8690万ドル(約135億6000万円)、ウィレム・デ・クーニングが6890万ドル(約107億5000万円)、ポロックが6120万ドル(約95億5000万円)と、ミッチェルの2倍から3倍近い。
それでも、同時代の女性作家の中でミッチェルの価格はずば抜けている。たとえば、リー・クラズナーの最高額は1170万ドル(約18億3000万円)、ヘレン・フランケンサーラーは800万ドル(約12億5000万円)で、グレース・ハーティガンとエレイン・デ・クーニングはそれぞれ160万ドル(約2億5000万円)と110万ドル(約1億7000万円)止まりだ。
過去10年あまりの間、セカンダリー市場における女性作家の価格でミッチェルを上回るのは、ジョージア・オキーフの《Jimson Weed/White Flower No.1(チョウセンアサガオ/白い花 No.1)》(1932)の4440万ドル(約69億3000万円)だけだった。しかし昨年11月、この記録が塗り替えられた。サザビーズのオークションで、フリーダ・カーロの《El sueño (La cama)(夢 [ベッド] )》(1940)が、5470万ドル(約85億3000万円)で落札されたのだ。これらに迫るのがシュルレアリスムの画家レオノーラ・キャリントンで、2024年に10分におよぶ入札合戦が行われ、落札額は2850万ドル(約44億5000万円)に達している。
サミュエルズもミッチェル作品の売れ行きは好調であるとし、「キャリアのどの時代の作品にも市場が存在する」と指摘する。実際、オークションでの落札額トップ10には、1960年代、70年代、80年代それぞれの作品がランクインしている。サミュエルズはまた、最近開催されたミッチェルの回顧展に自分がアドバイザーをしているコレクションの作品を貸し出した際、「信じられないような金額」での買い入れをオファーされたと明かした。それを断った彼女は、ミッチェル作品の重要性に「多くの人が目覚めつつあります」と強調し、「ジョアン・ミッチェルの創造する世界の美しさと物語性に、ようやく世界が追いついたのです」と付け加えた。
死後も高まり続ける評価
ミッチェルは女性アーティストの多くが直面する障害をものともせず、そのキャリアを力強くスタートさせた。1957年にはUS版ARTnewsが、ニューヨークのステーブル・ギャラリーで開催された個展を同年の展覧会ベスト10に選んでいる。さらに、この展覧会に出展された作品は、著名コレクターやホイットニー美術館に買い入れられた。
同じ年に美術評論家のアーヴィング・サンドラーは、US版ARTnewsの特集「Mitchell Paints a Picture(ミッチェルが描く絵)」の中で、「私の作品制作における自由度はかなり抑制されたものです」というミッチェル本人の簡潔かつ明快な発言を紹介している。この頃からミッチェル作品は、オランダや日本など世界各地の主要美術館の展覧会で展示され始めた。
1958年はヴェネチア・ビエンナーレとホイットニー美術館の「Nature in Abstraction(抽象の中の自然)」展に出展。翌59年にはサンパウロ・ビエンナーレ、ドイツのドクメンタII、そしてホイットニー・アニュアル(ホイットニー・ビエンナーレの前身)というメジャーな3つの美術展に参加する快挙を果たした。さらに1961年、ニューヨーク近代美術館(MoMA)が《Ladybug(てんとう虫)》(1957)を取得している。まだ30代のアーティストとしては悪くない実績だ。

その後もミッチェルの作品は注目を浴び続け、財団によれば、今もロサンゼルス・カウンティ美術館やシカゴ美術館、パリのポンピドゥー・センター、キャンベラのオーストラリア国立美術館など世界70以上の美術館で年間100点近い作品が常設展・企画展で展示されるという。
また近年は、美術史における不均衡の是正(過小評価されてきた作品の再発見)という大きな流れの中で女性作家の見直しが行われ、その市場が拡大している。生前から高い評価を得ていたミッチェルに対する需要も、21世紀に入った頃から着実に伸びていると指摘するのは、2018年からミッチェル作品を扱っているメガギャラリー、デイヴィッド・ツヴィルナーの共同経営者デイヴィッド・ライバーだ。ライバーは、US版ARTnewsのメール取材にこう答えている。
「2002年にホイットニー美術館で行われた回顧展が大きな転換点になりました。これがきっかけで2004年にミッチェル作品が初めて100万ドルを超え、それ以来、価格は上昇を続けています。特にこの10年の伸びには目を見張るものがあります」
2021年から23年にかけ、回顧展がサンフランシスコ近代美術館、ボルティモア美術館、パリのフォンダシオン・ルイ・ヴィトンを巡回したことにもその勢いは表れている。また、デイヴィッド・ツヴィルナーは、同ギャラリーにとって3回目となるミッチェル展「To define a feeling: Joan Mitchell, 1960-1965(感情を定義する:ジョアン・ミッチェル 1960-1965)」を、昨年12月13日までニューヨークで開催していた。
2025年の春には、US版ARTnewsのトップ200コレクターに名を連ねるホルヘ・M・ペレスとダーレーン・ペレス夫妻がロンドンのテート・モダンへ多数の作品を寄贈したが、その中にはミッチェルの大型三連画《Iva(イヴァ)》(1973)が含まれていた。同作品は現在、マーク・ロスコの「シーグラム壁画」シリーズと並んで展示されている。

キャリアのどの時期の作品にも需要
ミッチェルについてライバーは、かつては特定の時期の絵画が高く評価されていたが、今はその作品の幅広さへの認識が高まっていると話す。
「ミッチェルを扱い始めた頃は、彼女のニューヨーク・スクール時代、つまり1950年代か60年代前半の作品にしか興味がないと言う顧客ばかりだったのですが、状況は大きく変わりました。オークションで高値を付けたミッチェル作品の多くは、2018年にクリスティーズで当時の最高記録である1670万ドル(約26億円)で落札された《Blueberry(ブルーベリー)》(1969)よりも後に描かれた作品です」
ライバーはさらに、ミッチェルの市場が拡大した理由をこう説明する。
「1968年にパリ北西のヴェトイユに引っ越してからは、色彩が爆発的に豊かになりました。その作品には現地の風景だけでなく、モネやゴッホなど19世紀から20世紀にかけての画家に対する愛情が感じられます。今は70年代や80年代のミッチェルの作品に関心を持つ顧客が増えていて、市場は拡大を続けています。複数の時代に関心を持たれていることこそ、彼女が偉大なアーティストである証です」

ミッチェル作品は「まだまだ開拓の余地がある」
ミッチェルと生前から付き合いのある、あるいは逝去後に作品を扱うようになったギャラリーは、チェイム&リード、ザビエル・フォルカード、ジャン・フルニエ、マーサ・ジャクソン、ロバート・ミラー、ステーブルなど数多い。そこで課題となるのが、いかに新鮮な視点で展覧会を企画するかだとライバーは言う。
たとえば、デイヴィッド・ツヴィルナーが2019年に開いた初のミッチェル展「Joan Mitchell: I carry my landscapes around me(ジョアン・ミッチェル:私は風景とともにある)」展では、この世代のアーティストとしては珍しい複数のパネルで構成される絵画に焦点が当てられた。こうした抽象作品について、ミッチェルが語った次の言葉はよく知られている。
「私は、心に刻み込まれた記憶の中の風景と、それに対して抱いた感情の記憶に基づいて絵を描きます。もちろん、それらは変容していくものです。自然をそのまま映し出すことなど到底できません。むしろ、自然が私に残してくれるものを描きたいのです」

ライバーはまた、ミッチェル財団と共同で開催した最近の展覧会は、近年の回顧展であまり展示されていなかった1960年から65年にかけての作品に焦点を当てたと話す。
「この時期の力強く骨太な作品は、従来は黒い絵画と言われていました。しかしそれは誤った認識で、実際には黒はほとんど使われておらず、驚くほど多様な色彩と実験的なストロークが見られます。限られた期間の作品を数多く展示することで、それらの絵をより深く鑑賞し、ミッチェルがどのように作品を発展させていったかが正確に感じ取れます。これらの作品群が、ミッチェルのアトリエに並んで置かれていた様子を想像することができるのです」
300万ドルから1500万ドル(約4億7000万〜23億4000万円)の価格が付けられた同展の出品作について、ライバーはこう続けた。
「ミッチェル作品の市場は、さまざまな変容を見せたキャリアの奥深さを考えると、まだまだ開拓の余地があると感じます。彼女がフランスに移住した当時、フランスではヌーヴォー・レアリスムやポップアートが台頭していましたが、ミッチェルの画業はそれとはまったく違う大胆なものでした。我が道を行くリスクを取った彼女の真価が、今ようやく認識されつつあるのです。今後に向けても、複数の展覧会企画が進行しています」
ライバーはさらに、オークションにおけるミッチェル作品の落札価格は、今後も確実に更新されると見ている。
「1950年代後半に描かれた代表作のほとんどが美術館に所蔵されていますが、もしそれが市場に出回るようなことがあれば、新記録が出るのは間違いないでしょう。1956年から59年にかけて制作された大型の重要作品はもちろん、有名な「La Grande Vallee(グランド・バレー)」シリーズ(1983年に制作された21点の連作)のような後期作品であっても、3000万ドル(約46億8000万円)を超えるレベルになると思います」(翻訳:清水玲奈)
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