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モネは「大気汚染」を描いていた!? 気象科学者が画風の変化と汚染の推定値を比較検証

クロード・モネが描いた、ぼんやりともやがかかったような風景。印象派運動の発端となった幻想的な絵画は、大気汚染に着想を得たものだとする研究論文が米国科学アカデミー紀要(PNAS)に発表された。CNNが研究者への取材を報じている。

クロード・モネ《印象・日の出》(1872)油彩、キャンバス、約48×63 cm Photo: Courtesy Marmottan Museum of Monet, Paris

この研究は、フランスとイギリスの画家、クロード・モネジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナーの作品を対象にしたもの。2人の活動期間は、蒸気機関や石炭を燃料とする工場から、かつてない量の煙や煤が大気中に排出された産業革命の時代にあたる。

研究グループは、約100点のモネとターナーの絵画を詳細に調査。印象派の特徴であるぼんやりとした幻想的な絵は、2人が多くの作品の着想を得たロンドンやパリの空が大気汚染で霞んでいたのを、独自の表現に落とし込んだ結果だという仮説の検証を試みた。

パリにあるソルボンヌ大学動的気象学研究所の科学者で、論文の共著者であるアンナ・リー・オルブライトは、CNNの取材にこう答えている。

「私は大気汚染の研究をしているのですが、ロンドンテートパリオルセー美術館でターナー、ホイッスラー、モネの絵画を見ているうちに、作品の様式が変わっていったことに気づいたのです。絵に描かれているものの輪郭がだんだん曖昧になり、使われている色の幅が広くなり、画風が具象的なものから印象派的なものに変わりました。こうした変化は、大気汚染が光に与えるとされる物理的な影響による変化と一致しています」

オルブライトによると、大気汚染のために「霞んで見えるように」なることで物の輪郭がぼやけるだけではなく、汚染物質が「あらゆる波長の可視光線を反射する」ことから、光の散乱で景色全体が白っぽく見えるようになるという。研究グループは、輪郭線の明瞭さと絵に使われた白色の量を調べ、それらの指標を絵画が制作された1796年から1901年の間の大気汚染の推定値と比較した。

「両者の指標は驚くほど合致することが分かりました」と、オルブライトはCNNに語っている。

研究グループは、これらの指標には「美術史的な変遷や様式のレベルを超えた」相関関係があると指摘している。その根拠として、ロンドンとパリは産業革命が進展した時期にはずれがあり、それぞれの都市で大気汚染の度合いは異なっていたと考えられるが、調査対象の作品にはこうした都市間の違いが反映されているという。モネ自身も、1901年に妻に宛てた手紙の中で、悪天候で「インスピレーションを少しばかり刺激してくれる」ような煙、列車、船を描けないと嘆いている。

ヨーロッパ美術史を専門とするボストン大学のジョナサン・リブナー教授は、「ターナーもモネも、ある特定の状況を観察するために、実際に現場に行って自分の目で確かめずにはいられなかった作家です」とCNNに説明する。リブナーは、モネなどのフランスの画家たちが、「大気汚染のもたらす効果を好んだので、もやを見るためにわざわざロンドンを訪れた」ことを指摘し、これを「フォグ・ツーリズム」と呼んでいる。リブナーは、大気汚染がモネとターナーの両者に影響を与えたことを初めて理論的に主張した美術史家の1人だ。

ただし、印象派の誕生が空一面を覆っていた灰や煤に起因するものだという研究結果には批判的な意見もある。美術評論家のセバスチャン・スミーは、ワシントン・ポスト紙の記事で、2人の画家の「様式的進化」の背景にあったのが創造性ではなく大気汚染だったとする研究グループの説に真っ向から反論した。

スミーはこう主張する。「モネは、大気汚染が悪化する環境に影響を受けて制作していたという確立された考え方に信ぴょう性がないと言いたいわけではない。ただ、今回発表された最新研究は、論証方法に穴があり過ぎて価値がないとしか思えない」(翻訳:清水玲奈)

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