気象現象と身体の変化に魅せられたアーティスト、笹本晃。気鋭の気象科学者が、その思考を紐解く
近年、「100年に一度」の台風や集中豪雨、酷暑といった異常気象が世界的に増えつつある。気候変動への危機感が高まる今の時代に、こうした気象現象を作品に取り入れるパフォーマンスアーティストの笹本晃と、気鋭の気象研究者、ニック・ルツコが語り合った。
かつては世間話の話題にのぼる程度のものだった異常気象が、今では世界の終焉を想起させる差し迫った問題になっている。
彫刻家、パフォーマンスアーティストとして活動し、イェール大学芸術大学院 彫刻専攻 専攻長でもある笹本晃は、近年さまざまな気象現象を小さな規模で再現している。たとえば、2020年にロウアー・マンハッタンのセント・マークス教会で特別な器具を用いて行われたパフォーマンスでは、老化と変容のメタファーとして、多様な気象現象を表現した。こうした実験は、自分がカオス(混沌)と秩序の間で存在するための助けになっていると彼女は言う。
気象科学者でスクリプス海洋研究所の助教授を務めるニック・ルツコも、手段は異なるが、気候パターンを解明するために種々の気象現象モデルを作成している。気象現象を再現するそれぞれのアプローチを比較しながら、捉えどころのない異常気象のどこに魅力を感じるのか、二人がZoomで語り合った。
気象パターンは予測不可能な即興劇
ニック・ルツコ(以下、ルツコ):私が気象学や大気科学を学んだのは、気候変動に興味があったからです。気候変動というと、平均的な気候がどう変化するかという観点で見られがちですが、気候変動による被害のほとんどは極端な現象によるものです。ですが、極端な現象が起きることは稀で、それぞれ固有のものである場合が多いことが理解を難しくしています。
私は最近、太陽系外惑星の気象を研究しています。2021年に打ち上げられたジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡の途方もない性能のおかげで、太陽系外惑星での生命の存在の可能性について、今までになかった知見が得られそうです。私にとっては、普通とは違う条件の下で気象を研究する新しい機会でもありました。その中で、潮汐ロック(同期自転)という、主星に対して常に同じ側を見せている惑星をずっと観察してきましたが、こうした惑星は、常に片側は暖かく、片側は冷えています。月の裏側が影になっているのと同じです。
笹本晃(以下、笹本):私が気象現象に取り組むようになったのは、数年前、風を動力とするキネティック・アート(動く彫刻)のシリーズ作品を制作したころからです。元々はパフォーマンスアーティストなのですが、当時は妊娠していてパフォーマンスができませんでした。だから、パフォーマンスをするオブジェを作ろうと思ったのです。その方法として相転移(*1)を用い、オブジェが私の代わりにパフォーマンスするようにしました。
*1 同じ物質であっても,その物のおかれた環境に応じて物の様態が変わる現象(たとえば、水を冷やすと氷になり、温度を上げると沸騰して水蒸発になる)。
キネティック・アートは動かすのに電源を使うことが多いのですが、私はモーターではなく環境を利用したいと思い、その頃から気象パターンに興味を持つようになりました。空気や熱を循環させたときのパターンは予測不可能ではありますが、それでも何らかのシステムの産物であるからです。構造化されたインプロ(即興)をやってきた経験からして、ある程度パターンが分かっていても、近い将来を予測することが難しい気象パターンも基本的には構造的インプロなのだと考えたのです。
ルツコ:気象においては、このカオス現象(*2)と予測の組み合わせが重要なのです。昼間は夜より暖かく、夏は冬より気温が高いものですが、予想外の現象もよくあります。構造化と無秩序のバランスをどう考えていますか。
*2 わずかな初期状態の差が、やがて大きな違いを引き起こす現象。
笹本:カオス(混沌)と秩序という二項対立に、ずっと興味がありました。それは、コレオグラフィー(振り付け)では大きな要素です。振り付けをするときには、作品の全体像や構造と、パフォーマーの身体の動きの両方をしっかり把握していなければなりません。最高のダンサーであっても完璧に同じ演技をするのが不可能なのは、身体の状態が日によって違うからです。天気も然りというわけです。
まったく同じ公演は存在しない
ルツコ:パフォーマンスをしているるときにカオスを感じますか? それとも、観客のためにカオスを引き起こそうとしているのでしょうか?
笹本:カオスを作り出そうとしているわけではありませんが、同じ作品を何回も上演するのが好きです。もし、2回の公演の間に2週間あったとしたら、私の身体は同じ状態にはありません。女性である私の身体は、月の位置の影響を受けて変化するのです。コンセプトを書いたものや台本はなく、ただパフォーマンスを繰り返します。
それは、ストーリーを語ることと書くことに違いがあるようなものです。ストーリーを語る場合、内容が同じであっても周りの環境が変わります。私が同じパフォーマンスをしても、20歳のとき、30歳のとき、40歳のときで全部違うはずです。ある本を10年後に読み返したら、昔読んだときとは違うと感じるように。それが繰り返すことの魅力です。
ルツコ:私はそれとは正反対ですね。何らかのパターンを見つけようとすることが多いので、変化が多いと落ち着かない気分になります。自分が研究しているシステムを、ちゃんと理解できていないのではないかと不安になるのです。
笹本:天気予報は過去のデータの分析に基づいているわけですが、データは常に増え続けていきますよね?
ルツコ:その通りです。ある気象現象を理解しようとするとき、過去の事例が少ない場合は心配になります。それは異常気象の場合によくあることで、大規模な被害につながります。たとえば、20の現象があって、それぞれ少しずつ違うとします。でも、共通点が多ければ、そうした現象の予測をしたり、一般化した説明をしたりするためのデータが十分だと言えるかもしれません。
一方、ある極端な現象について研究していて、事例がたった1つしかないとしたら、次にそれが起きるときの予測は外れる可能性が非常に高いでしょう。ここカリフォルニアでは、巨大な爆弾低気圧と線状降水帯が発生したばかりです。異常気象のシステムを理解し、次の予測精度を向上させるためにやるべきことはたくさんあります。
笹本:異常気象に関しては、人間の活動が災害を引き起こすような気象条件を作り出しているということが議論の焦点になっているようです。人間が遊牧民のままで、電気などに頼らなかったら、これほど悲惨な気候にならなかっただろうと。
ルツコ:最近は、「イベント・アトリビューション(*3)」と言われるものに関心が集まっています。一部には、たとえば「人間の活動が暴風雨を15%悪化させた」と言いたい人がいますが、私はこうした主張をいつも慎重に見ています。ハリケーンのときには特にそういう傾向があります。というのは、猛烈な強さのハリケーンは毎年2、3回来るだけなので、データが足りないという懸念があるからです。
*3 ある年に起きた特定の異常気象などについて、人間活動の影響を評価する試み。
笹本:日本には昔から地震と台風があります。《Weather Bar》(2021)という作品を制作する中で風に興味を持ったのですが、風を扱うにはとても細い調整が必要です。ウイスキーグラスをテーブルの上で永遠に回り続けるようにしたかったのですが、渦巻状の風を起こすのはとても難しかった。ある形状の容器にグラスを閉じ込めて風を送り込むのですが、これが寸分の狂いもないような精密さを要求されるのです。
スタジオの中では、様々な気象現象を再現する実験をたくさん行いました。内圧を変化させて瓶の中に雲を作るとか。そのとき私は妊娠中で、身体の中の状態が変化するのを感じていました。体形や感覚、体温など、何もかもが変化して予測不可能でした。子どもが生まれ、中年になることは、人生の新しい章の始まりです。それで、雲や風が発生する相転移をテーマにした作品を作ろうと思いつきました。
妊娠前から腎臓の状態の影響でお酒が飲めませんでした。お酒を飲むのは大好きだったので、バーが恋しかったんです。ときどきスポーツバーのハッピーアワーに行って、大きなスクリーンを見ていました。こうしたことを1つのアイデアにまとめ、エイジングの要素を含めた気象予報のビデオを制作して、バーを再現したインスタレーションで上映し、テーブルではウイスキーグラスがくるくる回るようにしようと考えたのです。
ルツコ:気象の歴史について書かれた本で知ったのですが、1600年代にはガラスのボウルのようなものを使って実験をしていたそうです。当時の科学者は、中の空気を温めて空気圧を測定し、温度と圧力の間に何らかの関係があることを突き止め、これが大気中で起きていることかもしれない、と考えたわけです。また、水を加えて温度を変化させると凝結が起きるのを見て、これが雲なのではないかと考えました。笹本さんの実験はこれに似ていますが、これについて読んだことがあったのですか?
笹本:いいえ、読んだことはありません! でも、いろいろな科学者の公開講座を見て、彼らの研究室に心を奪われましたし、気象パターンを可視化するための実験装置からインスピレーションを受けました。とても彫刻的だったからです。私はイェール大学の機械工学部や材料科学部によく出入りしていたのですが、特に工学系の科学者が、実験のための条件をどうやって作り出しているかに興味を持つようになりました。
ルツコ:それは、ブルーノ・ラトゥール(*4)が「実験を行うのに使う機器も参加者である」と書いているのと同じですね。気象をモデル化する場合、相転移や雲が大きな不確定要素になります。ですから、現実的なモデルやシミュレーションを生み出す答えを選択することと、システムが自ら進化して興味深い答えを出せるような自由度を持たせておくことは、ある種のギブアンドテイクと言えます。
*4 フランスの哲学者・人類学者・社会学者。科学技術と社会構造の相互作用に着目し、「近代」の見直しを図る哲学を展開した。2021年に稲盛和夫が設立した京都賞を受賞。
カタツムリの殻に影響される気流の流れ
笹本:実験室や風について考えた作品が、昨年のヴェネチア・ビエンナーレに出展した《Sink or Float》(2022)です。それはテーブルの上を気流が流れ、そこに置く物体の形状によって無秩序な動きが生まれるというものです。たとえば、右巻きのカタツムリの殻だと必ず反時計回りに回転し、羽根を入れると今度は必ず反対回りに回転します。それぞれの物体は同じ風を受けながらも、動きが異なるのです。
ルツコ:この作品は塵を連想させます。衛星写真のような広い視野で見ると、塵は空気の流れに物質性のようなものを与えるのが分かります。西アフリカの海岸を捉えた見事な衛星写真がありますが、そこにはサハラ砂漠から飛散してくる塵が写っています。それを観察すれば気団を追跡することができます。《Sink or Float》でも同じように、物体の動きによって気流を見ることができますね。
天気の変化は人間の身体に似ている
笹本:メタファー(比喩)との関係についてはどうでしょうか。文学や映画、アートの世界では、気象現象が何らかの感情と結びついていることが多いですが。
ルツコ:私がやっていることは、マトリョーシカのような入れ子の箱に似ています。気候システムや大気は非常に複雑なので、全てを研究することはできません。大気中の分子を全部調べるのは不可能なので、研究を行う現象の本質に迫るためには、物事を単純化する必要があります。
複雑なシステムを、いくつかのシンプルな原理や方程式に落とし込むのはとても楽しいですし、最も基本的なメタファーを通して、つまり最も単純なレベルで何かを理解できたと感じたら、そこからまた複雑なレベルへ戻って考え始めればいいのです。そして、自分が理解したと思ったシステムが、そのレベルでも使えるかどうか確認するのです。
笹本:特定の気象現象から想起される感情はありますか?
ルツコ:私に強い感情が起きるのは、たとえば、複雑な入れ子の箱があって、それをうまく説明ができる物理特性を解明できたことをエレガントだと感じるときだと思います。そういうときは、とても満足感があります。
笹本:研究室に、そういうタイプの人がいたような気がします。
ルツコ:最後に、相転移というタイトルについて質問させてください。相転移と気象をどう関連付けていますか? 1日中荒れ模様だったかと思えば、次の日には穏やかな天気になるなど、一時的な天気と日常生活について考えているのでしょうか。
笹本:私が注目しているのは、10代、中年期、老年期というような年齢による違いです。体は同じ素材でできているのに、これほど異なった反応をするようになるのは驚きです。自分の身体が変化し、今まで理屈でしか知らなかった科学的な考え方が、実際に自分の身に起きたことで本当に理解できるようになった気がします。
また、液体と気体の区別がつかなくなる超臨界流体にもとても興味があります。一体どんな感じなのかと。私の作品は、二分法ではなく、閾値(*5)をテーマにしていることが多いので、その臨界点(*6)を軸にした環境を作ろうと思ったのです。
*5 その値を境に、上下で意味や条件、判定などが異なるような境界となる値のこと。
*6 物質の相転移における臨界状態を示す変曲点。液体と蒸気との共存状態がなくなって連続的に変化するようになる点。
中年になって、本当に戸惑いました。アメリカに来たときは同性愛者だったのですが、その後、ストレートの男性との間に子どもができました。10代でカミングアウトしたのに、気がついたら戻っているなんて、わけがわからなくなったんです。現実に相転移が起きたような感じでした。(翻訳:平林まき)
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