ドクメンタ15が反ユダヤ問題で異例の措置。批判を受けた展示作品を覆い隠す
ドイツのカッセルで5年に1度開催される世界的な美術展、ドクメンタ15が2022年6月18日に始まった。これまでも民族主義をめぐる論争や事件に見舞われていたが、オープニング直後には、反ユダヤ的と批判された作品を覆い隠すという異例の措置が取られている。
ドクメンタの主催者が問題とされる作品に黒い覆いをかけた後、21日にドイツの報道機関は、カッセル市当局が作品を完全に解体する旨の発言をしたと報じている。
作品の制作者は、インドネシアのアーティストコレクティブ(集団)、タリンパディ。ドクメンタ15の出展作品には新作が多いが、彼らの作品《People's Justice(民衆の正義)》は、制作された2002年にアデレードで行われた南オーストラリア芸術祭で発表されたものだ。
《People's Justice》は、インドネシアのスハルト独裁政権の暴力を考察する巨大な垂れ幕状の作品で、イスラエルの国家情報機関モサドのメンバーとされる兵士や、頭が豚になった兵士が描かれている。ドイツの美術雑誌モノポールによると、「耳の前の毛を長く伸ばし、SS(ナチスの親衛隊)マークの帽子をかぶって葉巻を吸っているユダヤ人を揶揄した絵」も見られるという。
タリンパディは、他国での戦争や暴力とインドネシアの現状を結びつけるような作品を制作してきた。2022年2月のアート&マーケットによるインタビューでは、「パレスチナやミャンマーとの連帯」を示す版画など、さまざまな問題意識に基づく作品を制作していると答えている。
ドクメンタ15に出展された作品について、タリンパディは6月20日の声明でこう述べた。「反ユダヤ主義とは一切関係ありません。この作品が、本来の狙いとは異なる形で理解されているのを悲しく思っています。そして、このために傷ついた方々に対して謝罪します」
声明はこう続く。「そのため、遺憾ではありますが、私たちはこの作品を覆い隠すことにしました。この作品は、対話が不可能であることを悼むモニュメントになるのです。このモニュメントが、新しい対話の出発点になることを願っています」
覆いをかけられようとするタリンパディ《People's Justice(民衆の正義)》 Photo: Swen Pförtner / dpa 画像引用元:https://www.monopol-magazin.de/kasseler-ob-umstrittene-banner-installation-wird-abgebaut
今年のドクメンタ15では、キュレーターを務めるインドネシアのアーティストコレクティブ、ルアンルパが、パレスチナのグループ、クエスチョン・オブ・ファンディングの展示を決めたことで反ユダヤ主義との批判が起き、激しい論争に発展した。しかし皮肉なことに、タリンパディはその論争に巻き込まれることはなかった。
クエスチョン・オブ・ファンディングの問題では、このグループの参加に刺激されたドイツの一部のユダヤ人団体がドクメンタ批判を展開。ドクメンタは反ユダヤ主義やイスラム恐怖症などについて話し合うイベントを予定していたが、事態の緊迫を受けて中止された。また、開幕直前には、クエスチョン・オブ・ファンディングの展示スペースに、脅迫的な言葉がスプレー塗料で落書きされる事件が発生している。ルアンルパはこれを「死の脅迫」と批判した。
反ユダヤ主義を批判する団体は、クエスチョン・オブ・ファンディングのメンバーは、ドイツで問題になっているBDS(ボイコット、投資の引き揚げ、制裁)という親パレスチナ運動の支持者だと主張。ルアンルパとドクメンタはこれを否定している。
こうした主張は根拠が薄いにもかかわらず、ドイツの複数の主要紙に取り上げられ、政治家も議論に乗り出してきた。実際、ドイツのフランク=ヴァルター・シュタインマイヤー連邦大統領は展覧会のオープニングで、芸術の自由には「限界がある」と発言している。
シュタインマイヤー大統領は「入植地の建設など、イスラエルの政策に対する一部の批判が正当であるのと同様に、イスラエルの国家としての地位を認めることは、現代のユダヤ人社会の尊厳と安全を認めることを意味する」と述べた。
しかし、クエスチョン・オブ・ファンディングについての論争ではドクメンタとルアンルパの擁護に回った人たちからも、タリンパディの作品を批判する声が出ている。
たとえばモノポール誌のエルケ・ブール編集長は、反ユダヤ主義疑惑が浮上した時、真っ先にドクメンタを強く支持する姿勢を見せた数少ないドイツ人ジャーナリストの1人だが、20日に 「限界を越えた」という短い記事を発表。「この作品のためにドクメンタの立場は弱まった」としている。
ドイツのクラウディア・ロート文化大臣も、反ユダヤ主義論争では慎重に「芸術の自由」を擁護していた。しかし、20日のツイートではタリンパディの名前を出さないながらも、ドクメンタから「反ユダヤ的図像」を撤去するよう求めた。また、「もう一度言う。人間の尊厳を保護し、反ユダヤ主義や人種差別、人間嫌悪を排除することは、人類共存の基礎だ。そして、ここに芸術の自由の限界が存在する」と書いている。
在ドイツ・イスラエル大使館はロート文化大臣のツイートに呼応し、さらに一歩踏み込んでタリンパディの作品を「ゲッベルス式プロパガンダ」と呼んだ。第2次世界大戦中、ナチスによる人種差別・反ユダヤ主義メッセージの発信を指揮したヨーゼフ・ゲッベルス宣伝相を念頭に置いた発言だ。
さらに、ドクメンタとフリデリツィアヌム美術館の総監督、ザビーネ・ショルマンは、声明を発表し、タリンパディ問題から距離を置く姿勢を示した。
ショルマンは「ドクメンタの運営組織は、展示されるアート作品を事前に検査するための機関ではないし、今後もそうあるべきではない」と述べるとともに、問題の作品が今回のドクメンタ15のために制作されたものではなかったことを指摘し、次のように締めくくった。「関係者一同、このような形で人々の感情を傷つけたことを遺憾に思います」(翻訳:清水玲奈)
※本記事は、米国版ARTnewsに2022年6月20日に掲載され、21日午前10時15分に更新されました。元記事はこちら。