2000年前の豪華遊覧船をアレクサンドリア港沖で発見──伝説の巨大船「タラマゴス」、初の実物か
- TEXT BY ARTNEWS JAPAN
エジプトのアレクサンドリア港沖で、初期ローマ時代の遊覧船の遺構が見つかった。全長約35メートルに及ぶこの船は、紀元前1世紀のギリシャ人歴史家ストラボンが書き残した記述と驚くほど一致しており、2000年の時を経て、文献の中の存在が考古資料として姿を現すかたちとなった。
オックスフォード大学海洋考古学センターと協働する海洋考古学者フランク・ゴディオの指揮のもと、欧州水中考古学研究所(IEASM)がエジプト・アレクサンドリア港沖で実施した調査により、1世紀前半のものとみられる遊覧船の遺構が発見されたとガーディアン紙が伝えた。
アレクサンドリアは、紀元前331年にアレクサンドロス大王によって建設され、ローマ帝国時代まで繁栄した古代都市だ。世界の七不思議の一つに数えられ、高さ100メートルを超えたとされるファロス灯台を擁していたことでも知られる。今回の船は、かつて「ポルトゥス・マグヌス(大港)」の一部を成していた、水没したアンティロドス島沖合で発見され、水面下わずか約7メートル、堆積物の下約1メートル50センチの地点に横たわっていた。
現存していた遺構は全長約28メートルだったが、良好な状態で保存された木材の分析から、船は全長約35メートル、幅約7メートルに及ぶと推定されている。これは、初期ローマ時代に王侯貴族の娯楽や宗教儀式に用いられた大型船「タラマゴス」であった可能性が高い。船体中央には豪華に装飾された客室が設けられており、航行には20人以上の漕ぎ手を必要としたと考えられている。
この船は、同時代の外洋航行船とは異なり、アレクサンドリア港内の浅い水域を進むのに適した平らな船底と、鋭角に傾斜した船首を備えていた。また、船体の木材に刻まれたギリシャ語の落書きを古書体学的に分析した結果、初期ローマ時代にあたる1世紀前半に製作されたことが明らかになった。
ギリシャ人の歴史家ストラボンは紀元前29年から25年頃にアレクサンドリアを訪れ、港で目にした船について次のように記している。
「これらの船は豪華に装備されており、王族の人々が遊覧に使用している。また、アレクサンドリアから運河を通って祭礼へ向かう大勢の遊興客も利用する。昼も夜も、船には人々が絶えずあふれ、思いのままに笛を吹いたり踊ったりし、ときに極めて奔放な振る舞いまでするのだ」
この記述と今回発見された船の特徴が一致する点について、ゴディオはガーディアン紙に対し、次のように語っている。
「非常に胸が高鳴りました。この種の船がエジプトで実際に発見されたのは、今回が史上初めてだからです。こうした船はストラボンをはじめとする古代の著述家たちによって言及され、図像資料にも描かれてきました。たとえばパレストリーナのモザイク画には、より小型ではありますが、貴族たちがカバを狩る同種の船が描かれています。しかし、実物が見つかったことは、これまで一度もありませんでした」


ゴディオは1992年以降、エジプト考古省と協力しながら、アレクサンドリア東港やアブ・キール湾を中心に調査を続けてきた。2000年には、アブ・キール湾で古代都市トニス=ヘラクレイオンと、カノプス市の一部を発見している。これは近年でも屈指の考古学的成果とされ、プトレマイオス朝時代の王と王妃の巨大な石像など、数々の壮麗な遺物が回収された。2019年には、同じ海域で、古代ギリシアの歴史家ヘロドトスの記述と一致する特徴を持つ沈没船も発見している。
今回船が見つかった場所は、ゴディオが発掘を進めてきたイシス神殿跡から50メートルも離れていない。神殿は、1世紀半ば頃に起きた大地震と津波によって崩壊・沈没したと考えられており、ゴディオはこの船も同じ災害によって海底に沈んだ可能性が高いとみている。
沈没船の研究はまだ初期段階にあるが、ゴディオはこの発見が「ローマ帝政初期のエジプトにおける水上の生活、宗教、贅沢、そして享楽」を理解するための新たな手がかりになると期待を寄せる。
オックスフォード海洋考古学センター所長のダミアン・ロビンソン教授もこの船の発見について、「これまで一度も発見されたことのないタイプです。古代文献や美術作品では船室付きの船を確認できますが、実際の考古学的実物が見つかったことは驚異的です」と評価している。
船は、水中遺構は現地保存が望ましいとするユネスコ(UNESCO)の規定に従い、引き揚げられることなく海底に残される予定だ。探索は海域のごく一部しか行われておらず、調査は今後再開されるという。
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発見された副葬品。Photo: Instagram/Luxor Times

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