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激動のスリランカ アーティストたちが作品に込めた“抗議運動”

  • 2022年8月10日
  • INTERNATIONAL

Text: Maddie Klett

大統領一族による支配で経済危機に陥ったスリランカ。3月以降続いていた抗議デモは次第に大規模化し、7月9日に大統領公邸を占拠。その数日後には、ゴタバヤ・ラジャパクサ大統領が国外へ脱出し、辞任に追い込まれている。そんな中、スリランカのアーティストたちも積極的に活動していた。

スリランカ初のプライドパレード参加者のフェイスペイント。ブルー、ピンク、白の縞模様のトランスジェンダー・フラッグをアレンジしている(2022年6月25日) Photo: Vasi Samudra Devi

スリランカの人々は、燃料や食料の価格が急騰する中、深刻な経済危機に耐えてきた。しかし、コロナ禍で経済の柱の1つだった観光産業が大打撃を受け、ラジャパクサ政権による財政運営の失敗、汚職による混乱がそれに追い打ちをかけた。

政権に対する抗議運動が3月に始まって以来、参加者は最大都市コロンボの海沿いの公園、ゴール・フェイス・グリーンを占拠し、野営地として使っていた。「Gota go home(ゴタバヤは帰れ)」というデモ隊のスローガンをもじって「ゴタ・ゴー・ガマ(GGG: Gota Go Gama)」(Gamaはシンハラ語で村の意)と名付けられたこのテント村は、アラガラヤ(闘争)と呼ばれる抗議運動の拠点だ。そして、将来の国のあり方を構想する場となったGGGの設立には、アーティストたちも貢献している。市民による平和的な抗議運動の一環として、彼らも作品を通して不満や理想を表現したのだ。

だが、7月21日の深夜、新大統領になったラニル・ウィクラマシンハ(元首相)が、就任から24時間もたたないうちにGGGの解体を軍に命じるなど、現地はいまだ混乱の中にある。

GGGが出来た時、アーティストたちはすぐにテント村に集った。作品を展示する場を作り、パブリックアートを手がけるフェミニストのプロジェクト「フィアレス・コレクティブ」は、木の壁を立てて壁画を描いた。フィアレス・コレクティブの運営責任者、テハニ・アリヤラトネは、ARTnewsへのメールでこう述べている。「GGGのアートスペースで絵を描いていて感じたのは、アートが抵抗運動の強力な媒体となっているということ。また、現場に集まったデモ参加者の気持ちを表現する手段となっていることです」

GGGで見られるアートの多くは、デモ参加者の怒りを反映している。だが、地元アーティストが共同で描いたフィアレス・コレクティブの壁画は、アラガラヤから生まれるかもしれない新しい国の形を表現するものだ。画家たちは、自分たちのリーダーにふさわしい資質を体現する4人の人物を、それぞれのシンボルとともに描いた。髪に刺した花は思いやりを、天秤は正義を、稲は豊かさを、素焼きのオイルランプは機動力を表している。フィアレス・コレクティブのアーティストたちが描いた壁画の周辺は希望と喜びの場となり、そこに音楽と笑いが溢れるような工夫が凝らされていたとアリヤラトネは振り返る。


スリランカの最大都市コロンボの公園、ゴール・フェイス・グリーンを占拠したデモ隊のテント村、GGG(ゴタ・ゴー・ガマ)に立つフィアレス・コレクティブの壁画 Photo: Tavish Gunasena

この壁画のコンセプト立案と制作に関わったアーティストの1人に、ヴァシ・サムドラ・デヴィがいる。トランス女性のアーティストでアクティビストでもあるデヴィは、6月にコロンボで行われたスリランカ初の大規模なプライドパレードの企画にも関わっている。ちなみに、イギリス植民地時代の1883年に制定された刑法により、スリランカでは現在も同性愛は犯罪とされている。

テント村で作品を作るようになってから、デヴィの画風は以前より抽象的になった。きっかけになったのは、プライドパレードでのボディペインティングだという。この時はプライドフラッグの色を使って、抽象的な模様を参加者の顔や身体にペイントした。

身体に描くことの直接性と公共性が、カンバスでの制作に影響を与えたとデヴィは語っている。また、野外で、絵の周りに集まってきた人々と一緒に踊ったりしながら制作することの影響も大きいという。彼女がGGGで描いた「Polycule(ポリキュール)」というシリーズは、明るく流れるようなフォルムと人体の形を組み合わせながら、変化するセクシュアリティーを生き生きと表現している。このシリーズの絵には、政治や暴力の描写はない。しかし、いつの日かこの国で実現してほしいことを視覚化した作品は、闘争の中から生まれ、未来を志向するという意味で、まさに政治的なものだとデヴィは強調している。

デモの中で展開されたアーティストたちの活動について記事を執筆したのは、コロンボとベルリンを行き来しながら活動しているキュレーターのナターシャ・ジンワラだ。記事では、大統領公邸に「No More Corruption(汚職はやめろ)」という文字を投影して国民の連帯を呼びかけ、正義を求めたことや、不正行為が横行する政府を浄化するため、悪魔払いのダンスパレードが組織されたことなどを取り上げている。

ジンワラは、ベルリンの展示施設グロピウス・バウでアソシエイト・キュレーターを務めるかたわら、数多くの国際的なビエンナーレに参加している。2015年からは、コロンボで2年に1度開かれている芸術祭、コロンボスコープ(COLOMBOSCOPE)の企画にも携わるようになった。

あるインタビューの中でジンワラは、市民が公の場で一丸となってアクションを起こすことの重要性を指摘した。さらに、多くのスリランカのアーティストにとって、(抗議運動は)内省の時間でもあり、自分自身や仲間を気遣うこと、つまり彼女が「見えない労働」の一形態と呼ぶ、ケアするための時間だったと語っている。

アーティストたちは、この国の社会的・政治的構造を「見守り、観察し、真の改革を受け入れる」という大事な役割を担っているのだと、彼女は言う。そして、「既存のシステムの崩壊による影響は甚大だが、政治的な失敗や経済的な破綻が繰り返される中で、いかに創造的な仕事を継続し、再構築し、持続させるか」が重要だと付け加えた。


イマード・マジード《Testimony of the Disappeared(行方不明者たちの証言)》(2022)2022年のコロンボスコープでの展示風景 Photo: Shehan Obeysekara/Courtesy the artist and Colomboscope

現在スリランカで活動する多くの表現者にとって、「内省」は共通するテーマのようだ。コロンボを拠点とする詩人のイマード・マジードは、1月にコロンボスコープで発表したプロジェクトのために、イスラム教徒やタミル人などマイノリティの人々と交流したという。出版プラットフォームのザ・パケット(The Packet)と共同で制作された作品《Testimony of the Disappeared(行方不明者たちの証言)》(2021-22)は、1980年代に始まった内戦で殺されたり行方不明になったりした人々の家族で作る団体「The Mothers of the Disappeared(行方不明者の母たち)」の公開証言に基づくドローイングと具体詩(*1)で構成されている。


*1 コンクリート・ポエトリー(具象詩とも言う)。1950年代にドイツやブラジルで起こった実験詩の運動で、文字やテキストが持つ物質性や具体性に注目し、空間的、視覚的な展開を探究した。

このプロジェクトは、タミル系の人々が2021年に行ったラジャパクサ政権への抗議デモが、一般国民の間であまり関心を持たれなかったことから生まれた。スリランカでは、2009年に終結するまで30年近く続いた内戦中に、多数派のシンハラ系が占める政府がタミル系への残虐行為を行った。特に、タミル系の分離独立を掲げる武装組織「タミル・イーラム解放の虎(LTTE)」の支配地域では、激しい爆撃で数千人の民間人が命を落としたり、内戦終結時にスリランカ軍に自主投降したLTTE幹部が行方不明になったりしている。タミル人の多い北東部の州では、こうした行為に対する政府の責任を問うため、2021年に数千人規模のデモ行進が行われた。

マジードが《Testimony of the Disappeared》を作った背景には、反政府運動アラガラヤの参加者が、経済問題だけでなく、少数民族を含む全てのスリランカ人が抱える問題に関心を持つようになってほしいという思いがある。

「ゴタバヤ追放が達成された今、さらに一歩進んで、スリランカ政府の構造改革と包括性を求めて行動するようになれば、私はこの運動にもっと信頼を寄せることができるだろう」とマジードは述べている。彼の主張は、まず多数決を万能とするような民主主義から脱却するために憲法を改正し、全ての民族の平等を認めることを出発点とすることだ。また、もし過去の残虐行為を裁くことができなければ、LTTEと同じような分離主義グループが新たに生まれるかもしれないとしている。


ヘマ・シロニ《Cage Free and Proud(ケージ・フリー・アンド・プラウド)》(2020) Courtesy the artist and Saskia Fernando Gallery 

テント村から離れたところで活動するアーティストもいる。ヘマ・シロニは、2021年に子どもが生まれてすぐにコロンボ郊外に引っ越した。子育てが忙しいのと、デモの拠点に通うための公共交通機関がないことから、彼女は自宅で作品を作っている。主に布の端切れを使って制作するシロニは、物資が不足している今のような時期でも、作品を作るのにあまり苦労しないと話す。

《Cage Free and Proud(ケージ・フリー・アンド・プラウド)》(2020)は、網を張ったケージの中にセメントの瓦礫が入っているミクストメディア作品だ。ケージにはシンボルマークのようなものが刺繍されているが、これは内戦で激戦地となった北部の街、キリノッチの復興のためにインド資本で建設された住宅プロジェクトのマークだ。キリノッチに住んでいた彼女の親戚も戦時中に街を逃れ、その後帰還したものの、新しく建てられた住宅団地の画一的な街並みに馴染めずにいるという。

抗議運動と直接関連のある作品は作っていないかもしれないが、自分の作品はスリランカの政治情勢の中で体験したことに基づいているとシロニは言う。そして、複雑なデザインの刺繍を通して、自分も人々と一緒に運動に参加しているような気持ちになれると語る。「作品は全て、抗議運動に根差しています。私はデモについての作品を作るのではなく、私自身の物語や経験を表現していますが、こうして家で作っているものも運動とつながっているんです」(翻訳:野澤朋代)

※本記事は、米国版ARTnewsに2022年8月2日に掲載されました。元記事はこちら

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