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  • 2022.01.21

アート×フード:アーティストが食べ物を使って新作を「調理」する方法

アートの世界がその境界を広げ、あらゆるカルチャーを取り込もうとするなか、雑誌版ARTnewsの8・9月号ではアートとさまざまな分野のコラボレーションに関する取材を行った。「アート×フード」など、関連する特集記事を配信する。

バジナル・デイビスのパンを用いた《Dirty Mariah Lower Mesopotamia 40 BC(汚れたマライア メソポタミア南部 紀元前40年)。2021年の光州ビエンナーレで展示された Photo Sang Tae Kimバジナル・デイビスのパンを用いた《Dirty Mariah Lower Mesopotamia 40 BC(汚れたマライア メソポタミア南部 紀元前40年)。2021年の光州ビエンナーレで展示された Photo Sang Tae Kim

バジナル・デイビス×パン

2021年の光州ビエンナーレ(韓国)では、ピンク色の光に包まれた部屋の壁に、大きなパンがつるされていた。遠くから見ると胴の丸いリュートか分厚いボディボードのようだが、近寄るとパンだとわかる。うねるように膨らんだ皮が、目、鼻、口と、二つの乳房を思わせる。

これはバジナル・デイビスによる作品だ。デイビスは40年以上にわたるキャリアのなかで、パンクミュージックのレコードを出したり、映画を作ったり、ドラァグクイーンとして活動したり、アパートメントギャラリーを運営したり、化粧品や着色料を使って絵を描いたりしてきた。その活動の一つに、製パン所の協力を得て作るパン彫刻がある。

ベルリンの拠点でデイビスはこう語っている。「亡くなった私の母、メアリー・マグダレーヌ・デュプランティエは芸術家ではありませんでしたが、パンや食品を使ってオブジェを作っていました。私は彼女へのオマージュとしてパンの彫刻を作り始めたのです」

この制作材料に対する彼女のアプローチは、母親とは異なるものだ。「母のパン彫刻は比較的小さいものでしたが、私の作品は実物大で原始信仰的な趣があります」

デイビスは2012年にニューヨークのギャラリー、Participant Inc.(パーティシパント・インク)で初めてパン作品を発表している。そこで展示された中には、《Dirty Mariah(汚れたマライア)》もあった。

この作品は、イギリスの女性デュオ、シャンプーがポップスターのマライア・キャリーを引き合いに出している歌詞にちなんで名付けられ、デイビスいわく「ウィレンドルフのヴィーナス(旧石器時代の女性像)のような形に焼けた」もの。また、シンガーソングライターのジャスティン・ティンバーレイクがモデルの2メートル近いパン彫刻には、巨大な男根が付いていた。

この風変わりなパンを焼いたのは、ニューヨークのダウンタウンにある有名店、グランデイジーベーカリーだ。店主のモニカ・フォン・トゥン・カルデロンとデイビスの共通の友人であるアーティストのジョナサン・バーガーの紹介で、このコラボレーションが実現している。巨大なオーブンから出てきたパンの裸像は、冷ましてから保存のために透明な硬化剤でコーティングされる。

この作品に比べると、光州ビエンナーレの出展作品《Dirty Mariah Lower Mesopotamia 40 BC(汚れたマライア メソポタミア南部 紀元前40年)》は小さいサイズになっている。韓国で使えるオーブンが、ニューヨークで作品を焼いたオーブンよりもコンパクトだったからだ。コロナ禍で現地を訪れることができなかったデイビスは、光州のベーカリー、クァンスにドローイングを送って制作を依頼した。

女性らしさや自らのアイデンティティーを表し、確固たる存在感を放つこのパンは、ビエンナーレ期間中、幽霊のようにやさしく会場を見守っていた。時間の経過とともに少しひび割れたものの、形が崩れることはなく、時間が経つにしたがってより風変わりに、より味わい深くなっていった。

エヴァ・アギーラ×トルティーヤ

フードアートのファンが実際に作品を食べられる展覧会に巡り合うには、相当の幸運が必要だ。しかし、食を中心テーマに掲げた2019年のカレント:LA(Current:LA)ビエンナーレでは、かなりの数の食べ物が来場者に供された。

ロサンゼルスのコアキシャル・アーツ・ファウンデーション(Coaxial Arts Foundation)の共同設立者でアーティストのエヴァ・アギーラが手がけた《Comida a Mano》(スペイン語。手で食べる料理という意味)というプロジェクトは、タイトル通り手で食べる行為への賛歌となっている。

プロジェクトの核となるのは、2トン程もある頑丈な陶土の竃(かまど)だ。アギーラが入念なリサーチの末、アーティスト兼デザイナーのボブ・ドーンバーガーに依頼したもので、ジョエル・エル・メンドーサの作品である陶製の板が乗せられている。トルティーヤを焼く時はコマルという平たい鍋を置いて使うこともできる。

ある晩、リシーダ地区の公園で開かれた関連イベントでは、地元のイジーズ・カフェ(Izzy's Café)の店主であるマリア・オルネラスが、トルティーヤの生地をその場で焼いて振る舞った。トルティーヤ作りについてアギーラは「体で覚えるものなので、何年か経験を積まないとできない作業」だと言う。

できたてのトルティーヤで包む具材には、ワカモレ、ノパル(食用サボテン)、豆、米などが並べられ、アギーラとアーティストのアルシア・ファティマ・ハクのキュレーションによるビデオ上映会も行われた。上映作品はいずれも有色人種の女性が制作したもので、テーマは「道具を使わない食事」。

「世界各地の文化に共通する部分に光を当てながら、手で食べることが野蛮だというイメージを払拭したかった」。そう語るアギーラ自身が制作した映像も上映されたが、そこにはメキシコのラパスでトルティーヤ作りを仕事としている彼女のいとこや、トルティーヤを使って食べるのが大好きだという父親も出てくる。インタビューのなかで彼女の父親は「スプーンで食べるとおいしさが半減する」と説明している。

現在ニューヨークに拠点を置くアギーラは、以前はポートランドに住んでいた。当時、毎朝のように卵とトルティーヤをコマルで焼いていたところ、ルームメイトから「へぇ、やっぱりメキシコ人だね」と言われたそうだ。「その発言に衝撃を受けた私は、以来トルティーヤを食べるという行為について強く意識するようになりました。白人中心の街では、それによってメキシコ系アメリカ人一世という自分の異質さが際立つからです」

この竃プロジェクトは、アギーラ自身が家族や自分が受け継いでいるものとつながる手段となった。「時々、自分が二つの文化の間にいることを感じます。そして食べ物はルーツを思い出すための一つの方法になっています」とアギーラは言う。

彼女はプロジェクトで作った竈(かま)を地元の人々が利用できるよう、公共の場に常設したいと考えている。ただ、今のところカリフォルニア州サンバーナーディーノにある叔母の家の裏庭に置いてあり、頻繁に使われているという。

リクリット・ティラヴァニ×パッタイ

数多くのフード・アート(そしてアート・フード)作品を生み出し、神格的な存在ですらあるリクリット・ティラヴァニ。ARTnewsが今後の活動について取材した2021年の5月、彼はちょうど大きな仕事を一段落させたところだった。

「ちょっと宣伝をさせてください。アンクルブラザーのことです」。ティラヴァニが話しているのは、彼が2015年にアートディーラーのギャビン・ブラウンと共にニューヨーク州ハンコックで立ち上げた、夏季限定のレストラン兼ギャラリーのことだ。車の販売店だった建物を改築したこの店は、2020年の夏はコロナ禍の影響で休業したものの、今年は再開したという。

取材時、ティラヴァニはこれまで何度も一緒に仕事をしてきたフィンランド人シェフ、アント・メラスニエミと共に、6月から9月まで開催されるヘルシンキ・ビエンナーレのためのプロジェクトを準備している最中だった。世界中で料理を作ってきた二人の最新の試みは、ヘルシンキ市立美術館でキノコを栽培するというもの。ティラヴァーニャは、このキノコを使ってその場で料理をしたり、「持続可能な食」などをテーマにトークを行ったりする予定だという。

ヘルシンキで何軒ものレストランを経営するメラスニエミとティラヴァニの出会いは10年ほど前、ストックホルム近代美術館で行われたフェラン・アドリアの講演会でのことだった。

際立った独創性を持つシェフ、アドリアがスペインで営んでいたレストラン、エル・ブリは、2007年にドイツのカッセルで開催されたドクメンタ12の(特別に選ばれた人だけが入れる)サテライト会場となった。2011年の閉店前にエル・ブリを訪れたティラヴァニは、そこで忘れられない時間を過ごしたという。「驚くような料理、細部へのこだわり。まるでアートのような体験でした」と彼は振り返る。

ティラヴァニは1990年以来、アートスペースで食べ物(主にタイ料理)を作品として提供してきた。プレゼンテーションは至ってシンプルで、来場者が順番に並んで皿を受け取り、料理を楽しむというもの。

2021年の5月、香港のDavid Zwirner Gallery(デビッド・ツヴィルナー・ギャラリー)で開催されたグループ展では、彼の初のフード作品《untitled (pad thai)(無題〈パッタイ〉)》が再現された(2022年には同ギャラリーで個展も開催予定)。アーティスト自身が調理することもあるが、基本的には作品の所有者や展覧会主催者がキッチン業務を受け持つ。香港の展覧会では、かつてのアシスタントで、現在はツヴィルナーに勤務するトニー・ホアン・ジヨンが担当した。

ティラヴァニは「やり方は知ってるよね。それでやってみて」とジヨンに言い、調理方法が載っている本も教えた。「アメリカ人女性によるレシピなので、アメリカ流に解釈したタイ料理になっています」とティラヴァニ。タマリンドでなくケチャップを使うなど、伝統的な食材が別物で代用されていることに関してはこう述べている。「“もどき”ではありますが、ある意味成功しています。ケチャップを使うというアイデアはすばらしい」

ティラヴァニの料理作品は、アートについて大きな疑問を投げかけている。アートが宿るのは、料理自体なのか? それともアイデアなのか? アーティストが展覧会場にいない場合、私たちは彼が意図した通りのものを体験しているのか? ティラヴァニいわく、ジョン・ケージが偶然性を重視したように、ありのままに委ねるのが彼のアプローチだそうだ(ちなみにケージも食べ物に関心があり、無類のキノコ好きだったことで知られている)。

自分のレシピは、音楽作品やフルクサス風のスコア(作者がコンセプトや手法を記したもの)に例えられるかもしれないとティラヴァニは説明する。「それを手にした人が、自分の好みや技術レベルに合わせて作ってくれればいいのですが、自らの手に委ねられているということを、みんななかなか分かってくれません。私は、各自ができることを、やりたいようにする権限をみんなに与えているのです」

ジョシュ・クライン×パスタ

2014年、ジョシュ・クラインはマンハッタンのハイライン(廃止された鉄道の高架部分に作られた空中庭園)に冷蔵庫を設置し、鮮やかな色のジュースが入ったおしゃれなボトルを並べた。

それらは一見おいしそうだ――ラベルに書かれた成分を読むまでは。緑色の濃厚なジュースの原材料は、サラダ用ほうれん草、ベビーケール、テニスボール、そしてナイキル(風邪薬)。紫色のジュースには、ココナッツウォーター、ウコン、ヨガマット、ガラスが入っている。《Skittles(スキットルズ、フルーツ味のキャンディー)》と名付けられた作品の扉は、人々が誤って飲んでしまわないようにロックされていた。

「私は初期の頃から、味覚とそれが資本主義のなかで果たす役割をテーマにしてきました」。クラインは「身体を変容させるために私たちが摂取する」物質への関心についてそう語る。

食べられるもの、怪しげなもの、さらには毒性のあるものを混ぜ合わせた独特な作品は、見るものを不安にさせ、強烈な印象を与える。2013年に発表されたクラインの作品《Energy Drip(エナジー・ドリップ)》は濃いオレンジ色の液体が入った点滴袋で、レッドブルとナルコレプシー(発作性睡眠)の治療薬であるプロビジル、そしてガソリンを混ぜたもの。働き過ぎのトラック運転手やプログラマー、あるいは彼らの栄養のために捧げられた恐ろしげなモニュメントだ。

数年前には液体だけでなく、パスタにも挑戦。イカ墨とニューヨーク・タイムズ紙のページを使った一品を作っている。

そして2021年の春、アーティストのアリソン・ヴィエイラと、ARTnewsの姉妹誌「Art in America」のライターであるブライアン・ドロイトクールから、マンハッタンのローワーイーストサイドにあるオールウェイズ・フレッシュ(Always Fresh、元はピザ屋)で開催されるグループ展への参加を打診された時、クラインはまたパスタを作ってみようと考えた。「今回はUSAトゥデイ紙と除菌ジェル、砕いたタイレノール(解熱鎮痛剤)で」

クラインのアシスタントたち――作家いわく「みんな食べ物のことを真剣に考えていて、料理の腕もある」――は、乾燥パスタを作り、錠剤を砕いた。これは、1カ月にわたる会期中、スタッフが毎朝パッパルデッレをゆで、その日の終わりに廃棄するという1日限りの作品だが、見る者のうちに快感と嫌悪感を同時に生じさせ、心を揺さぶるものだ。クラインは「2021年を表現したパスタ」と説明している。

G・ウィリアム・ウェブ×豚の丸焼き

2020年2月下旬、ブルックリンの高速道路脇にあるプロジェクトスペース「La Kaje(ラ・カージェ)」は、詰めかけたアート関係者でいっぱいになった。食事とアートを楽しむ一夜の目玉は、120cmほどもある豚の丸焼きで、タコスの具材のような野菜の上に乗せられていた。

「外部の人が入れない屋上に一晩逆さづりにして、2月の夜の寒さのなかで肉を保存しながら水気を切りました」。このイベントを企画したアーティストのG・ウィリアム・ウェブはそう語っている。イベントではディズニーの『三匹の子ぶた』の上映や、ガイ・ヘンリーとマイルズ・ヒューストンによる魅惑的なパフォーマンスなどが行われ、フードスタイリストのスコッティ・フレッチャーがローストを担当した。

ジャック・ルイス・ヴィダルとケイト・レヴァントの2人のアーティストが運営するスペースで開催されたこの夜のイベントは、ウェブ一家とその友人たちが次々と出す風変わりなアイデアの連鎖反応によって完成していった。

ウェブの妻でアーティストのロビン・キャメロンは、会場を照らす真鍮(しんちゅう)のキャンドルホルダーを制作。義理の妹でグラフィックデザイナーのトレイシー・マーは、ラズベリーとビーツで染めたテーブルクロスを作った。知人のフードスタイリストたちが野菜を調理し、チポトレという香辛料入りのトルティーヤを用意した。

ウェブが追求したのは「目いっぱい大げさで劇的」な効果だ。「時間の捉えどころのない性質を祝うため、豚の丸焼きイベントの開催日はうるう日(2月29日、英語ではリープデイと言う)に設定し、タイトルは豚が空を飛ぶファンタジックなイメージの《leaPInG(リーピング)》にしました。狙ったのは(虚栄のはかなさを暗示する)寓意的な静物画や、メメント・モリ(死を忘れることなかれ)の精神を思わせる雰囲気です」。

その晩は、みんなが楽しい時間を過ごしたようだった。「食べ物は人々を結びつけ、展覧会のオープニングにつきものの堅苦しさを和らげてくれます」とウェブは言う。

だが、その場においても、後から振り返ってみても、宴にはほろ苦い雰囲気が漂っていた。ウェブは、この集まりは「物質の非永続性を通して生きることを祝う」ために開催されたと言う。しかしその翌日、ニューヨーク州で初めて新型コロナウイルス陽性者が確認され、20日後には外出禁止令が出されるとは、その時は誰一人として予想していなかっただろう。(翻訳:野澤朋代)

※本記事は米国版ARTnewsに2021年9月17日に掲載されました。元記事はこちら

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