フランスにユニークな個人美術館が相次いでオープン。セーヌ川やブドウ畑に囲まれたシャトーでアートを楽しむ
近年、アートコレクターたちは、自分がどんなアート分野を推していて、どんな作品を所有しているかを一般に公開するためのスペースを相次いでオープンさせている。この“個人美術館ブーム“に関しては、フランスも例外ではない。その中から2つの個性的な美術館を紹介しよう。
フランスでは今年5月、韓国生まれのアーティスト、李禹煥(リ・ウーファン)がアルルに自らの作品を展示する美術館をオープン。また、美術史における「微笑」に注目する美術評論家のアレクシア・グジモは、パリ17区の旧セルジャン・マジャールの羽ペン工場を改築し、ミュゼ・ドゥ・スリール(微笑の美術館)として開館する計画を進めている。
こうした個人美術館の中から、ここ数年で新たにオープンした2つの特徴あるアートスペースを取り上げる。
ニコラ・ロジェロ・ラセール(左)とアーティストのジョンワン Courtesy Nicolas Laugero Lasserre
みんなに開かれたアートを
長年ストリートアートに情熱を注いできたニコラ・ロジェロ・ラセールが、コレクションを始めたのは20年以上前のこと。その収集活動は、このところ特に目立つようになっている。そんな彼の「こだわり」は、アートを可能な限り身近で、誰もが楽しめるようにすることだという。
ラセールはこれまで世界各地で70以上の展覧会を企画しているが(いずれも入場無料)、やがて自分が所有する作品を常時一般公開したいと考えるようになった。2016年以来、約150点がフランスの大富豪グザビエ・ニールが経営するコンピューターサイエンス専門校エコール42に貸与され、文化・アート市場のマネジメントを教える専門学校ICARTには30点が貸し出されている(ICARTはここ7年ラセールが運営)。
また、パリのスタートアップインキュベーター、スタシオンFのために40点のインスタレーションを制作。フランス最大のホームレス保護施設、ミ・ド・パンでは30点の記念碑的なインスタレーションの制作を行った。同施設には約100点の貸し出しもしている。
そして2019年、フランス初の水上美術館「フリュクチュアール」がグラン・パレ前のセーヌ川にオープン。ここでは、ラセールの800点を超えるコレクションのうち20点を常設展示している。23年夏には、姉妹館として現代写真専門の水上美術館がパリ13区のケ・ド・ラ・ガール近くに開館する予定だ。
この夏、ボニソン・アート・センターで展示されたクロード・ヴィアラの作品 Photo Gabrielle Voinot/Courtesy Bonisson Art Center
アートとワインを無料で楽しめるシャトー
シャトー・ボニソンは、ポール・セザンヌの出身地エクサンプロバンスから車で30分ほどのロニュにある。ここには個人の邸宅や1万平方メートル以上のワイン用ブドウ畑があるのだが、そこが文化を楽しめる観光スポットにもなっている。
このプロジェクトを始めたのは、2017年に同シャトーを購入した腫瘍専門医のクリスチャン・ル・ドルズ。自分には「この地域に提供できる何かがある」と感じていたという。彼の言う「何か」とは、すなわちアートだ。ちなみに、ブドウ畑のほうは娘が管理している。
昨年、ル・ドルズはボニソン・アート・センターをオープンさせた。一流ギャラリーとの共同で、2フロアの4つのスペースを使って年4回の企画展を開催している。展覧会では毎回、自費出版のカタログが用意され、サイトスペシフィックなインスタレーションは常設化される可能性もある。
さらに来場者は、アートを楽しむだけでなく、彼の畑のブドウで作られるワイン(赤、白、ロゼ)を無料で味わうこともできる。
ボニソン・アート・センターに展示されたナオミ・サフラン=ホンの作品 Photo Gabrielle Voinot/Courtesy Bonisson Art Center
ル・ドルズのアートへの情熱が芽生えたのは40年前。このとき彼は、ディジョンを拠点とするアーティスト、ヤン・ペイミンが制作した1枚目の毛沢東の肖像画を入手している。この作品はほかの逸品とともに自宅に飾られ、鑑賞できるのはごく一部の人々に限られていた。
ル・ドルズにとって、コレクションとは「自己満足的な楽しみ」ではない。彼は、できるだけ多くの人々とアートへの情熱を分かち合いたいと考えている。(翻訳:平林まき)
フランスにおけるその他の主要なプライベートコレクション(コレクター名、所在地、収集分野の順に記載)
Philippe Austruy(フィリップ・オーストルイ)
フラッサン=シュル=イソル
コンセプチュアル・アート
Françoise and Jean-Philippe Billarant(フランソワーズ&ジャン=フィリップ・ビララン)
マリン
コンセプチュアル・アート、ミニマル・アート
Évelyne and Jacques Deret(エブリーヌ&ジャック・ドレ)
パリ
現代アート
Sandra Hegedüs(サンドラ・ヘゲデュス)
パリ
現代アート、デザイン
Guillaume Houzé(ギヨーム・ウゼ)
パリ
現代アート
Garance Primat(ギャランス・プリマ)
マシニャック
現代アート
Patricia and Eric Laigneau(パトリシア&エリック・レニョー)
レムレ
古典および現代アート
Bernard Magrez(ベルナール・マグレ)
ボルドー
現代アート
Patrick “Paddy” McKillen(パトリック〈パディ〉・マッキレン)
ル・ピュイ=サン=レパラート
現代アート
Helena and Guy Motais de Narbonne(エレナ&ギ・モタイ・ドゥ・ナルボンヌ)
パリ
16世紀・17世紀のフランスおよびイタリア絵画
Frédéric Perez(フレデリック・ペレス)
パリ
環境をテーマとするアート
Bernar Venet(ベルナール・ベネ)
ル・ミュイ
コンセプチュアル・アート、ミニマル・アート
※本記事は、米国版ARTnewsに2022年10月6日に掲載されました。元記事はこちら。