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  • 2022.12.06

「アートは若者たちの人生を変えるきっかけになる」──地元密着型フェス「LOOP」の試み【アートバーゼル・マイアミビーチ2022】

アートバーゼル・マイアミビーチの開催に合わせ、マイアミ地区では数々のアートイベントが行われる。その中で異色の存在なのが「LOOP(ループ)」だ。ニューヨークが本拠地のクレア・オリバー・ギャラリーが主導するこの試みについて取材した。

スタン・スクワイアウェル《Easter Monday Mums and Dandelions(イースター・マンデーの母親たちとタンポポ)》(2002) Claire Oliver Gallery

アートバーゼル・マイアミビーチを核とするマイアミ・アートウィークは、アートファンが市場の最新動向を読む手がかりを得られる場だ。全米各地からやってきたアートディーラー、コレクター、アーティストが一堂に会し、一杯飲みながら再会を喜び合い、業界のゴシップを交換し、新しい年に向けた計画を話し合う。

一方、マイアミに実際に暮らす住民の多くにとって、こうしたフェアや関連イベント、招待者限定のディナーやカクテルパーティは「自分ごと」ではなく、インスタグラムのフィードに流れてくる大量の情報の一つにすぎない。そんな中で異色の試みを実現したのがクレア・オリバー・ギャラリーだ。同ギャラリーはマイアミ・アートウィークの期間中、マイアミのオーバータウン地区全体を巻き込んだ体験型アートフェスティバル「LOOP(ループ)」を開催していた。

ギャラリーのオーナー、クレア・オリバーはUS版『ARTnews』の取材に対し、こう答える。「私たちは常に既成概念にとらわれないやり方を考えてきました。世の中にはアートフェアがたくさんありますが、どれも似たり寄ったり。だから、何か体験型の試みをしてみたいと思うようになりました。アートフェアを訪れた人が会場を後にしてからも、そしてアートウィークが終わってからも、ずっと心に残るような体験をしてもらいたいんです」

LOOPの主会場は約460平方メートルのスペースで、ロバート・ピーターソン、ジオ・スワビー、スタン・スクワイアウェルら8人のアーティストの作品を展示。その外では、ニューヨークを拠点とするアートフォトのNPO、フォトビルによる大がかりな写真インスタレーション、音声や視覚によるパフォーマンス、そしてマイノリティの人々が運営する飲食サービスなどが展開されていた。

LOOPに展示されたアーロン・T・ステファンの大型彫刻《Luminous Twist(輝くねじれ)》。

オリバーは、何年もLOOPの構想を温めてきた。それが具体的な計画に発展したのは、ギャラリーの所属アーティスト、スタン・スクワイアウェルと、幅3メートルほどの大型作品をアート・バーゼル・マイアミ・ビーチの会場で展示する方法について話し合っていたときだという。「もしその作品を会場に持ち込めば、ブースでは1点しか展示できなくなってしまう。それが良い方法でないことは明らかだったし、クリエイティブな面ではアーティストが裁量権を持って、望み通りの表現をしてもらいたいというのが私の考えです」。そこでオリバーは、アーティストが思うままの展示をできるような会場をマイアミで探し始めた。

オリバーはこれまでも、ギャラリーのあるニューヨークのハーレム地区で地元コミュニティのためのアートプログラムを展開してきた。そこでは、自分たちが周囲のコミュニティの一部であることを、ギャラリーで展示する作品と同じくらい重視しているという。そのマイアミ版として構想されたのがLOOPというわけだ。

ハーレムのクレア・オリバー・ギャラリーでは、アーティストによるレクチャーや、ときにはオペラなどのイベントも開催される。「新しいアーティストを歓迎するために、近所の人たちが大勢集まってくることもよくあります。仲間が集まるサロンのような場になっていて、まるで30年前のアート界に戻ったような雰囲気なんです」とオリバーは言う。

LOOPの開催地となったマイアミのオーバータウンは、黒人や有色人種のコミュニティの文化的中心地だ。かつては活気のある街だったが、ここ数十年は貧困問題の悪化で荒廃していた。そんな中、オーバータウンの地元住民たちは荒れた街区の再建に乗り出し、植樹活動、公園の開設、建物の改修など、地域全体のリノベーションを進めてきた。

LOOPではジェフリー・ヘンソン・スケールズが撮影したブラック・パンサー党の写真の特別展示も行われた。上の写真は《In a time of Panthers(パンサーたちの時代に)》と題された作品。

LOOPは、オーバータウン東南部/パーク・ウエスト・コミュニティ再開発局と、その責任者ジェームズ・マックイーンの協力なしでは実現できなかったとオリバーは話す。たとえば、リリック・シアターの再建は、地域に新しい活気をもたらすために同局が行った活動の一例だ。かつてはナット・キング・コールサミー・デイヴィス・ジュニアなど、伝説的なミュージシャンのコンサートがこの劇場で開かれ、その多くが入場無料だった。

LOOPはアート・ウィーク期間中、地区全体で多様なイベントを実施していた。フォトビルは、リリック・シアターの前に2.4メートル四方のインタラクティブな「家」のインスタレーションを設営し、ジェフリー・ヘンソン・スケールズによるブラック・パンサー党(*1)の写真で壁全体をラッピング。ファッションデザイナーのブルースグレンは、ジオ・スワビーとロバート・ピーターソンとのコラボでコレクションを発表するショーを行い、その後はギャラリーで即売会を開く。また、先住民を祖先に持つミュージシャン、ムームー・フレッシュのライブも行われた。


*1 1960年代から70年代にかけて、アフリカ系アメリカ人のコミュニティを人種差別による暴力や警察官の暴行から守るために組織され、活動を行った集団。

「1つの体験が、ある人にとって思いがけず大きな変化のきっかけになることもあります。だからこそ、LOOPのような地域密着型のイベントが重要なんです」とスクワイアウェルは言う。「どんな体験が若い人たちの人生を変え、新たな行動を起こすきっかけになるのか予想はできません。でも、全ての人が自分を取り巻く社会に参加すれば、誰にとっても有意義な結果が得られます。それを可能にするイベントがLOOPなんです」(翻訳:清水玲奈)

from ARTnews

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