第1回ART SGは成功だったのか? ギャラリー関係者に売れ行きを聞く

大手ギャラリーが揃う国際アートフェアの新設は、開催都市と周辺地域のアート市場の成長を加速させる契機になる。先週シンガポールで初開催されたART SGをギャラリー関係者はどう見たのかを取材した。

ART SG会場のあるマリーナベイサンズ・エキスポコンベンションセンター。Photo: Wikimedia commons

新しいアートフェアに対するアートディーラーの見解からは、ビジネス展望や市場の変化、コレクターの状況などについて多くを知ることができる。シンガポールART SG開催にあたり、US版ARTnewsは各国のアートディーラーに同フェアに出展した理由、アジア太平洋地域のアート市場の将来性、アジアの他のフェアとART SGとの違いについて話を聞いた。

シンガポールと香港の違い

香港とロンドンに拠点を置くギャラリー、Rossi & Rossiの共同オーナー、ファビオ・ロッシはARTnews US版の取材に対し、ART SGはすでに評価が確立されているアート・バーゼル香港とは異なる意味を持つと語った。とくに、東南アジアのアート市場に現在大きな関心が寄せられていること、今回有力ギャラリーが参加したことがプラスの要素となると分析している。

香港アートギャラリー協会の共同代表でもあるロッシはまた、こう答えている。「まず言えるのは、競争はどんな場合でもポジティブな効果をもたらすということ。複数のアートフェアが競合し、かつ異なるニーズに応えて補完し合うだけのポテンシャルがアジアにはある。今後、拡大するものもあれば、縮小するものもあるだろうが、この地域のマーケットには余力が十分にある」

ART SGの出展ギャラリーからは、参加を決めた主要な理由としてART SGの共同設立者であるマグナス・レンフリューの実績を挙げる声が聞かれた。また、海外ギャラリーの進出やオークションハウスの活動が活発化していることから、シンガポールのアート市場が拡大傾向にあるとする意見も少なくない。

一方で、アート・バーゼル香港や、2022年9月に初開催されたフリーズ・ソウルといったアジア地域の他のアートフェアとの比較において、ART SGは競合ではなく、むしろそれらに付加されるものという見方もある。

これについてペース・ギャラリーのCEO、マーク・グリムシャーは、「アートの中心都市が入れ替わりつつあるのではなく、新たな中心都市が加わったという印象。アート業界はゼロサムではなく、加算されていくことでより発展するはず」と語った。

リーマン・モーピンの新しい東南アジア地区統括ディレクター、ケン・タンも同様の意見で、「アジアの他の地域と勝敗を決めたり、分割統治を目指したりするような戦略は採らない」と述べている。

シンガポールのランドマーク、マーライオン。Photo: Wikimedia commons

ギャラリーには慎重さも

ART SG開催前の予想では、来場者はシンガポールやベトナム、マレーシア、タイ、インドネシアなど東南アジアからの参加が中心となり、オーストラリア、中国、台湾、韓国、日本からのコレクターも姿を見せると考えられていた。また、1月8日に中国が入境者への集中隔離を撤廃したことが、中国人コレクターの来場が予想を上回った理由と見る向きもある。来場者の数と顔ぶれにおいては、今回のアートフェアはほぼ期待通りになったようだ。

デビッド・ツヴィルナーの香港シニアディレクター、Leo Xuは初日の手応えを、アジアのさまざまな世代のコレクターと出会うことができ「信じられないような、ほかにはない経験」と表現。Xuはまた、ART SGの今後の成功のカギを握るのは、国外からの来場者数ではなく、地元コレクターのコミュニティを長期的に発展させること、と見ている。

ニューヨークのギャラリー、P.P.O.W.は、過去5年間アート・バーゼル香港に出展していたが、新しい試みとしてART SGへの参加を決めた。シンガポールで従来からの顧客と再会するとともに、新規開拓をしたいという思いがあったという。

ギャラリー共同設立者のWendy Olsoffは、シンガポールが台頭しつつあるという見方には賛同するものの、開催初日の印象としては「先行きの不透明さ」を挙げる。彼女は、「アートディーラーは一種のギャンブラーであり、これは賭けのひとつ」と言う。

収支面でのリスクを抑えるために、P.P.O.W.はシンガポール入りするスタッフの数を絞った。また、展示作品はすべてアジアのコレクターや美術館などに売却する予定だという。「カーボンフットプリント(温室効果ガスの排出量)を抑えることを心がけているので、シンガポールに作品を持ち込んで、それを再びアメリカに送り返すようなことはしたくない」

高額作品の販売が低調だった理由

デビッド・ツヴィルナーのXuが会場でコレクターに会って感じたのは、若い世代が現代アートの理解者だということだ。親世代の蒐集対象は古美術や仏像だが、子世代は新たなコレクションの対象を見出しつつある。「とはいえ、子どもの好みに触発された親が現代アートを購入するケースも。子世代よりずっと資産の多い親世代が、フェアで初めて現代アートに出会って新規顧客になることも少なくない」

会場には、オートクチュールや高級腕時計、数十万ドルもする限定版のハンドバッグを身につけたVIPゲストの姿も見られた。しかし、必ずしも作品の販売にはつながらなかったようで、ART SGでは高額作品が会期早々に多数売れることはなかった。

シンガポールのギャラリー、STPIのディレクターEmi Euは、初日に高額作品の買い手がつかなかったのは、経済状況が理由ではないと考えている。「単純に、美術品に大金をはたくことに慣れていないだけ。新しい顧客を引き込むには時間がかかる。アートはぜいたく品だが、他のラグジュアリーグッズとは消費のされ方が違うことが障壁になっている。私たちの課題は、その障壁を越えられるよう手助けをすること」(翻訳:清水玲奈)

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