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  • 2023.03.07

美術評論家とヨガ・インストラクター、どちらがベター?【認めたくない真実:アート業界のお悩み相談室】

読者から寄せられたアートに関するお悩みや質問に、ニューヨークを拠点とする敏腕アートコンサルタント、Chen & Lamper(チェン&ランパート)の2人が答える。今回は、美術評論を続けるか迷っているフリーライターと、久々に会った美大時代の教授に犬の世話を頼まれた人のお悩みだ。

Illustration: Barbara Kelley

質問1:先が見えない美術評論を続けるより、ヨガのインストラクターに専念すべき?

美術史が専門の私は、フリーランスのライターとしてアート系メディアに展評や長文記事を寄稿しています。しかし、そもそも小さいアートメディア業界がさらに縮小していくことに、戦々恐々としています。博士課程で一緒だった同窓生の多くは、大学で何らかのポストを得ているか、キュレーターとしてのキャリアを築きはじめています。しかし私は独自の道を歩むことを選び、今はライターとして生計を立てていますが、それ以前は並行して、クンダリーニヨガのインストラクターもやっていました。ヨガで大事なのは呼吸法ですが、今の私は書いても発表の場がないことに息苦しさを感じますし、学究的な批評を発表できる場があまりに少ないことに閉塞感があります。啓蒙的なアート記事を書く機会がどんどん減っていく現実を前にして、私は迷っています。そろそろペンを捨てて、ヨガに専念するべきなのでしょうか?

実は、同じようなことを私たちも考えます。腹筋が鍛えられる上に、レッスン代だけでなくホリデーシーズンにはプレゼントまでくれる弟子を持てる──そんないい仕事を選べるのに、なぜ苦労してまで生活のためにアートについて書かなければいけないのだろうか、と。パソコンの前にじっと座って「強烈な臭いを放つ」の類義語(たとえば「異臭がする」とか)を思いつこうと頭をひねるより、ヨガのインストラクターの仕事のほうが、ずっと多くの収入を得ることができるでしょう。それでも、書くことへの衝動、あるいは欲望は、簡単に振り払えるものではありません。確かにあなたは、上部僧帽筋を駆使して難しいポーズをキープできるのかもしれませんが、一番力を出せるのは、やはり脳なのです。頭脳明晰なブランデン・W・ジョセフ(コロンビア大学教授、美術研究者)か、筋骨隆々なジョセフ・ピラティス(ピラティス・エクササイズの創始者)、どちらを目指すべきか決断する時かもしれません。

ヨガは、身体を整えてチャクラを解放するものですが、芸術批評は精神を養い、肛門を刺激する(*1)ものです。リアム・ギリックの思弁的な彫刻の美学的特徴を分析することで涅槃に達した人はいませんが、キャット&カウのポーズで背骨の歪みを直した人はいます。あなたのヨガのレッスンは、生徒の心身の健康を向上させて日常生活のあらゆる面に良い影響を及ぼすでしょう。では、ポスト・カント派に対して独自の思想を展開する哲学者のグレアム・ハーマンが、現代アートをオブジェクト指向存在論で読み解いた論文に対する、あなたの脚注だらけの反論についても同じことが言えるでしょうか? これはあくまでも修辞的な質問ですが、その修辞的な答えは断固として「ノー」です。


*1 フロイト心理学の「肛門期的性格 anal stage personality」(細かいことに徹底的にこだわる、完璧主義などの性格的特徴)への言及。

批評家として生きていくのは、いつの時代も決して簡単なことではありませんが、あなたの持ち前の柔軟性と饒舌さを考えれば、書くことをやめる必要はなさそうです。独自の美学的知見を、コンテンツ配信プラットフォームのSubstack(サブスタック)で読者に直接届けてみてはどうでしょうか。ヨガマットのスペースがあれば、作家のポーズを取ることもできるし、なによりも練りに練った文章をリライトしてくる細かい編集者のことを気にする必要もないのです。友人の何人かは、ただ読みは悪いと思って有料購読をしてくれるかもしれません。悪い話じゃないと思いませんか?

質問2:犬の世話を頼んできた美大時代の教授に何と答えればいい?

先週、心酔していた美大時代の教授にばったり会って、その場で近況報告のよもやま話をしました。自分がいかに精力的に制作に取り組み、新しい創造的地平を切り開いているかをアピールしたところ、別れ際に教授から、イタリアの美術館で開く展覧会のオープニングに出るため留守にするので、その間、犬の世話をしてくれないかと頼まれたのです。私を頼ってくれたことは光栄だとはいえ、彼の犬はブサイクでオナラばかりしている厄介者。教授はどこへでもその犬を連れて歩き、周囲の人はみな本心とは裏腹に、その犬を世界一かわいくて愛すべき存在であるかのように振る舞います。私の住んでいるアパートはペット禁止ですが、人脈を保つ絶好のチャンスだから断りにくい状況です。どうすればいいでしょうか?

あなた方はこれまで連絡を取り合っていなかったようですし、教授はしばらくあなたの絵を見ていないようです。彼があなたに見出したのは、芸術的才能というより、修士号を持った犬のフン拾いとしての可能性でしょう。ドッグシッターの仕事を引き受ければ、あなたが短い鎖につながれた雑種犬のような存在になるのは目に見えています。いい仕事をしたら、教授は見返りに骨を与えてくれるでしょうか? 自分がかわいいのなら、「猫派なんです」と言って、しばらく隠れているのが賢明です。(翻訳:野澤朋代)

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