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セクシュアリティや人種、漫画まで。アートの「主流」に問いを突きつけるアーティスト、ニーナ・シャネル・アブニーの挑戦

アメリカ人アーティスト、ニーナ・シャネル・アブニーは、インクルージョンの旗手であり、真のディスラプターだ。サイト・スペシフィックな作品制作からNFTまで、さまざまなメディアを駆使しながら、彼女は複雑で多様な社会課題を自身の作品を通じて可視化させている。

アーティストのニーナ・シャネル・アブニー(Nina Chanel Abney)。Photo: Courtesy of the artist

12月のアートバーゼル・マイアミビーチの開催に合わせて、アメリカ人アーティスト、ニーナ・シャネル・アブニーは、マイアミ現代美術館(Institute of Contemporary Art Miami)で「Big Butch Energy」と題した新作を発表した。11月にはシアトルのヘンリー・アート・ギャラリーで新しい展覧会を開催しており、まさに飛び鳥を落とす勢いだ。

マイアミ現代美術館のアーティスティック・ディレクター、アレックス・ガーテンフェルドはUS版『ARTnews』の取材に、「ニーナには無数のアイデアと取り組みたい課題がある」と語っている。

アブニーの作品に描かれる女性を男性と勘違いするオーディエンスは少なくない。そうした誤解に焦点を当てたのが、今回の「Big Butch Energy」だ。ガーテンフェルドは、「どのような特徴が人々に男性、女性と認識させる要素なのか、という問いが、今回の作品制作につながった」と話す。

アブニーが表現のニュアンスを考えていたとき、彼女はナショナル・ランプーンの『アニマル・ハウス』(1978年)や『ポーキーズ』(1981年)といった映画作品を見返したという。これらのコメディ作品は、当時のアメリカのキャンパスライフ、特に大学の社交クラブを舞台に、若い男性たちがセックスに溺れる姿を描いている。アブニーはこれを題材に、男性的な黒人女性であふれるフラットハウスの絵画シリーズを制作した。

2点の絵画作品と数点の大規模なコラージュ作品で構成される「Big Butch Energy」シリーズは、全体的にパウダーピンクとベビーブルーで彩られている。作品には、パーティーに参加する人、カレッジスウェットを着ている人、2020年の作品「Mama Gotta Have A Life Too」にも登場したような赤ちゃんを抱く人などが描かれている。そこには、HBCU(歴史的黒人大学。古くからアフリカ系アメリカ人学生の教育を目的としていた高等教育機関の総称)のアーカイブ写真や、『ポーキーズ』のスナップ写真、バロック調のコラージュ作品など、豊富な資料からの引用が見て取れる。

漫画やグラフィックデザインからの影響

アブニーが、ユートピア的なクィア空間を描いたのは今回が初めてではない。2020年にニューヨークのJack Shainman Galleryで開催した個展で発表された作品にも、森を舞台に、授乳する女性、サイクリングやカヌーに興じる人、じゃれあう恋人同士など、有色人種のクィアな人々が人生のさまざまな営みを行う姿があった。

しかし、そのときとは決定的に異なるのが、「Big Butch Energy」シリーズのほとんどがコラージュで構成された作品であるということだ。アブニーはこれまでも、グラフィックアートやグラフィティから着想を得てきたし、彼女がアートに興味を持ったきっかけも漫画だったと語ってきた。アブニーの作品が、エッジィでありつつも親しみやすいのは、こうしたことが影響しているのかもしれない。

ほかにも、アブニーの作品に影響を与えたものがいくつかある。例えば、《Because I Am Somebody》では、アメリカ公民権運動の舞台となったメンフィスで1968年に起きた衛生労働従事者によるストライキのポスター──そこには「I am a man」という強いメッセージが書かれている──がヒントになった。この図版を用いた看板をマーティン・ルーサー・キング・ジュニアが抗議運動で掲げる姿が写真にも残っている。《Because I Am Somebody》では、そのポスターにあった「man」の文字は切り取られているが、ガーテンフェルドはその理由を、「この作品において彼女は政治的・美学的な抗議活動におけるポスターや版画の伝統を参照し、メッセージの意味を開放している」と説明する。アブニーの作品においては、これまで芸術とみなされてこなかったグラフィックアートも、芸術の一部となるのだ。

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