会社員からアートの伝道師へ。動画クリエーター、Aviの「耳で聴く美術館」が支持される理由【アートなキャリアストーリー #2】
わずか1分弱の短い動画の中に、注目のアート展情報や美術の魅力などをギュッと詰め込み発信する「耳で聴く美術館」をご存知だろうか? TikTokからスタートし、現在、YouTubeやInstagramでも展開する同チャンネルには、合計して37万人以上ものフォロワーがいる。生みの親である動画クリエイターのアビ(Avi)に、アートのエヴァンジェリストとして活動する原動力を聞いた。
──2021年8月、気軽に楽しめるアートコンテンツを発信する「耳で聴く美術館」をTikTokで始められました。何かきっかけはあったのでしょうか。
当時はデザイン会社でパートタイムの仕事をしていたのですが、コロナ禍になり出勤する時間が限られ、本当にやることがなかった、というのが本音です(笑)。自宅にいる時間が増えたことでTikTokを見るようになり、その世界がもつ可能性に惹きつけられ、自分の好きなことを発信してみようと思うようになりました。
──なぜアートをテーマにしようと思われたのですか?
もともとアートが好きで、大学では美術教育を学んでいました。そこで既成概念にとらわれないユニークな教授たちに出会い、アートの世界に一層引き込まれていきました。大学教員をやりながら彫刻家や舞台芸術のパフォーマーとして活動していたり、コスプレのような服装で音楽史を教えていたり──そうした姿に、「芸術の世界はなんて自由なんだ!」と活力を与えられたし安心しました。「好きなことを好きだと言って良い」という価値観が刷り込まれた大学での4年間は、今の私の活動に深く繋がっていると感じています。
──にもかかわらず、卒業後は鉄鋼会社に就職し、アートの世界から離れる選択をしたんですね。なぜですか?
大学で美術教員免許を取っていたので、教員という道もありました。でも、実際に教育実習で生徒たちに教える中で、自分は人の上に立つタイプの人間ではないと感じたんです。その次にあった選択肢は、美術館の学芸員。大学在学中に学芸員資格も取得したのですが、実際に学芸員として就職するのは狭き門。毎年募集があるわけでもなく、もし募集があっても自分の専攻と一致していなければならないため、現実的ではないと諦めました。ほかにどうすればアートの世界で収入を得ることができるのかわからなかったので、全く違う分野で会社員として就職しました。
──「好きなことを好きだと言っていい」という環境の中で学生時代を過ごしたのに、その先には「好き」を諦めざるを得ない状況があったのは辛いですね。でもこの悩みは、今も多くの学生が抱えているのではないでしょうか。
「アートの仕事に就きたいけど、どうしたらいいかわからない」という相談は、SNSのダイレクトメッセージを通してよく頂きます。でも、今の活動を通してアート関係のありとあらゆる職種の方々と会うようになり、作家や学芸員以外にも、さまざまなアートに関連する仕事があることを知りました。人とコミュニケーションするのが得意であれば美術館広報という道もあるし、文章を書いたり企画を考えるのが好きであれば、イベント会社やアート系メディアを目指すこともできる。そうやって、自分の好きなことや得意なこととアートを掛け合わせれば、自分が思う以上に可能性は広がっていく。ただ、残念ながらそうした情報が十分でないのが現状なので、いずれは学生などに向けて、アートに携わるさまざまな職種について紹介する本を出したいと考えています。
若手アーティストと伴走しながら、アート業界を盛り上げる
──Aviさんは、オールドマスターから新進作家まで幅広く紹介されていますが、今一番関心のあるトピックはなんですか?
特に若手の作家を、より多くの人たちに知ってもらいたいたいと思っています。次世代アーティストを発掘して育てる場所であるアートカフェ「WHAT CAFE」と仕事をする機会が多いのですが、そこで出会う作家の方々は、本当に熱い思いを持って制作活動をしています。その一方で、彼らは自分の作品をどうすればより多くの人々に知ってもらえるか、作品を買ってもらえるか、模索しています。常に、作家としての活動を継続できなくなるかもしれないという不安と対峙しています。なので、私のメディアを活用することで、彼らの存在をより幅広い層に知ってもらえる方法があるのではないかと考えています。
──YouTubeではより尺の長い、若手アーティストを紹介する動画も公開していますね。
はい。再生回数という点では、こうした動画を多くの人に見ていただくのは簡単ではありません。でも、若手アーティストを網羅的に紹介する場所として、積み重ねていくことが非常に大事だと思ってます。アーティストが自分で宣伝費を賄うのは難しいし、私がこの動画から得られる収益もほとんどありませんが、彼らと伴走しながらアート界を盛り上げていけたらと思っています。
──盛り上げていく、というのは具体的にどういう意味ですか?
「アート作品を買う」ことのハードルをいかに下げられるか、でしょうか。アートを購入して自宅に飾って楽しむという文化や習慣が日本にはまだ根付いていないので、実際に作品を購入し、それを賃貸の家でも上手く飾れる方法などを紹介するコンテンツを増やしていきたいと考えています。
ライブ配信から生まれる新たな潮流
──コンテンツの作り方として、大切にしていることは?
高校生のころの私は、アートは敷居が高く、学識豊かな人たちのもの、というイメージを抱いていました。まずはそうした敷居をなくしていきたい。これまでアートの世界へのアクセスがあまりなかった人々とアートを繋げる橋渡し役のような、翻訳家のような役割を目指しているんです。
そのためには、私の動画を見てくれる人と同じ立場から伝えることが重要です。例えば展覧会レポートでは、すでに知識がある前提ではなく、いちから伝えるために情報量の多さにこだわっています。また、事前のリサーチから配信内容の入念なファクトチェック、ネットや音声環境を確認した上での動線づくり、作家のインタビューをどのタイミングで盛り込むかなど、伝わりやすく飽きさせないための工夫を凝らしながら配信に挑んでいます。配信中には視聴者から作家への質問がたくさん届くのですが、オーディエンスの方々とインタラクティブに対話できるのはとても楽しいです。
──橋渡し役という意味では、TikTokなど、より若い世代の人たちが直感的に楽しめるプラットフォームで発信することの意味は大きいですね。
天王洲アイルの寺田倉庫G1ビルで行われていた「ウェス・アンダーソンすぎる風景展 – AWA展」の解説動画をあげた際、福岡の学生から、「たまたまTikTokで流れてきた動画を見て、展覧会を見てみたいと思い立ち、航空券を買って行ってきました!」というコメントをいただきました。若い人がお金を払ってまで行動しようと思い立つきっかけを作れたことを嬉しく思いますし、そうした行動から得られる体験には、何にも代え難い価値があると思います。そういうメッセージが、私の原動力にもなっています。
──フランスの現代作家クリスチャン・ボルタンスキーによる、ホロコーストの記憶をテーマにしたインスターレーション作品など、社会性の高い作品を紹介する際に心がけていることはありますか。
匿名性のあるTikTokは、若者が本音で議論しやすい場所でもあります。なので、社会問題など繊細なテーマを扱う作品を紹介する際は、より客観的な発信に留めながら、コメント欄で「皆さんの意見を教えてください」と促すようにしています。そうすることで議論が生まれ、考えるきっかけになったらいいなと思うからです。ただし、作品の見方や解釈を誘導するような議論に発展しないように注意しています。アートの見方にたった一つの正解があるわけではないので、いろんな意見を受け止めながら、大事なメッセージをどう伝えていくか、常々気を配っています。
──TikTok、Instagram、YouTube、note、Spotifyなど、プラットフォームごとにがらりと作り方を変えているのも印象的です。
バズれば何百万回もコンテンツが再生されるTikTokは、認知拡大という面で非常に優れているので、さまざまなプラットフォームの中でも重きを置いています。最初の2〜3秒でオーディエンスをアートの世界に引き込めるよう、できるだけ多くの人に気に留めてもらえる言葉選びに気をつけています。例えば、京都国際写真祭「KYOTOGRAPHIE2023」の「HAPPY PILLS(幸せの薬)」展を紹介する際には、学生のフォロワーが多いので「学校の成績を上げる薬」という言葉をあえて冒頭に入れました。
一方、インスタグラムは動画にしなくても写真をその場ですぐにアップすることができるので、展覧会の最新情報をいち早く投稿し、アートのコアファンに届くような情報を詰め込んでいます。YouTubeは、アーティストのアトリエ訪問やインタビューなど、芸術選考の学生やアート業界で働く人などに向けて、ニッチで濃い内容のコンテンツづくりを心がけています。またnoteでは、ファンの方々に向けたよりパーソナルな発信をしています。
──美術館や展覧会を、より一層楽しむ方法を教えてください。
例えば私の動画で展覧会の全体像を知ってもらって、気になる作品があったらネットで少し調べてみるなど、少しでも情報を得てから作品を見るともっと楽しめると思います。私は日本の洋画家である鴨居玲が好きなのですが、作家がどれだけ苦労をして画家を続け、絵にどんな想いを込めたかを知った上で作品と対峙すると、それまでとは全く異なる体験ができるんです。
──今どんなことにワクワクしていますか。そして、今後は新たに挑戦していきたいこととは?
美術館からオファーをいただく機会が格段に増え、今まで出会えなかった人と繋がることができ、来月はどんなイベントに行けるだろう? とワクワク刺激的な毎日を送っています。
今後は、日本の若手作家の作品を中心に、海外に向けてのコンテンツ発信にも挑戦していきたいですね。アートには、言語の壁を越える力がある。「耳で聴く美術館」チームのみんなでチャンスを掴み、成長していけることがやりがいです。
Text: Mina Oba Photo: Yuri Manabe Editor: Yuya Yamazaki