サザビーズが競り下げ方式を採用へ。7月下旬にジェネラティブアートのセールで導入予定
オークションと聞いてすぐ頭に浮かぶのは、競争相手より高い値を提示していく方式ではないだろうか。しかし、世界2大オークションハウスの1社、サザビーズが、それとは逆の方式を取り入れるという。その背景を取材した。
なぜダッチオークションを導入するのか
300年の歴史を誇るサザビーズには、こだわりのある伝統がいくつかある。その最たるものは、イングリッシュオークションだろう。イングリッシュオークションでは、入札者が競り合えば値段は吊り上がり、競争がなければすんなり落札される。しかし、6月下旬にサザビーズは、競り下げ型のダッチオークションを新たに採用すると発表。まず、一流のデジタルアーティストによるジェネラティブアート作品に特化したNFTの新オークション、「Gen Art Program」で採用される。
ダッチオークションでは、オークショニアが初めに作品の最高価格を提示して入札を募り、その後、買い手がつくまで、あるいはあらかじめ設定された最低価格に達するまで、価格を段階的に下げていく。
サザビーズは、新方式のオークション導入にあたり、初期ジェネラティブアートのパイオニア、ヴェラ・モルナールの作品を出品する。今年99歳のモルナールは、1960年代にコンピューターとアルゴリズムを使ったアートの制作を始めた。2021年の熱狂的なNFTアートブームで再発見されて脚光を浴び、2022年にはヴェネチア・ビエンナーレ公認のコラテラル・イベントとして展覧会が開かれた。7月26日にサザビーズのWeb3部門、サザビーズ・メタバースで販売されるのは「Themes and Variations」シリーズの作品だ。
Gen Art Programは、年に2〜3人のアーティストにスポットライトを当て、アートブロックス(Art Blocks)が開発したWeb3ソフトウェア、アートブロックスエンジン(Art Blocks Engine)を利用して行われる。アートブロックスは、イーサリアムのブロックチェーンでジェネラティブアートの発行と販売を行うNFTプラットフォームで、この分野の新しい市場を作り上げてきた。同社のソフトウェアを使用することで、コレクターはダッチオークション方式、かつブロックチェーン上で作品購入ができる。
サザビーズは、ダッチオークション方式を試験的に採用する決定について、アートブロックスが自社のマーケットプレイスでこれを利用していることが背景にあるとしている。
サザビーズのデジタルアート&NFT部門の責任者であるマイケル・ブハナは、US版ARTnewsにこう説明した。
「アートブロックスは、ジェネラティブアートの熱心なファン層という新しいタイプのコレクターのために、全く新しいエコシステムを構築しました。ジェネラティブアートの愛好家は、この種の作品を購入するプロセスであるダッチオークションになじみがあります。ダッチオークションは、アートブロックスやジェネラティブアートの販売で大きな成功を収めているのです」
ジェネラティブアートは次の宝の山になるのか
アートブロックスの創設者でCEOのエリック・カルデロンは、2021年の夏、自社プラットフォーム上での入札があまりの過熱状態になったため、事態を沈静化させる方法としてダッチオークションを導入した。
カルデロンはUS版ARTnewsの取材に、NFTのコミュニティがよく利用するインスタントメッセージのディスコード(Discord)で起きたことをこう説明した。
「(ダッチオークションを)使おうと決心したのは、それぞれの作品に500から1000のエディションがあるのに加え、ドロップの当日にディスコードで質問する人が2万人にもなったからです。ディスコードに集った全員が作品を購入しようとしていたわけではありませんが、作品の供給と潜在的な需要の間には明らかな不均衡がありました」
そこでダッチオークションを導入し、コレクターに最高入札額を前もって知らせると、真剣に購入を考えるコレクターだけが競争に参加するようになった。また、競り下げ式と聞いて直感的に思うのとは逆に、最初の入札がそのまま落札に直結するダッチオークションでは、入札のチャンスは一度しかないため、一般的に落札価格は高めになる。
サザビーズは、カルデロンがもっぱらダッチオークションを使うようになったのと同じ成功を期待できるのだろうか? 暗号資産(仮想通貨)の世界でも、市場全般でも悲観と楽観が錯綜する今の状況では、見極めは難しい。
6月28日には、サザビーズのパリの拠点でNFT部門の責任者だったブライアン・ベッカフィコ(ツイッターのアカウント名は@Arthemort)が、サザビーズを退社するというニュースが流れた。
ベッカフィコはUS版ARTnewsの取材に対し、「6月12日に私のポジションとパリでのNFT関連の事業中止を知らされました」と説明。ただし、将来的には事業再開の可能性があるとも付け加えた。
ベッカフィコによると、サザビーズがパリでのNFT関連事業を縮小した背景には、ここ数カ月でフランスでの規制強化が相次いだうえ、暗号資産のキャピタルゲインに対する課税方法が変更されたことがある。この新しい規制環境下で、パリのNFT市場はニューヨークや香港に比べて競争力が低下した。それでもベッカフィコは、サザビーズはNFTとWeb3に引き続き力を入れており、中でもサザビーズ・ニューヨークは「全速力で走っている」と答えている。
暗号資産企業の破綻からインフレ率の上昇まで、悪いニュースが後を絶たないにもかかわらず、2023年に入ってからサザビーズはNFTアート分野で好調な売り上げを記録している。6月15日には、経営破綻した暗号資産ヘッジファンドのスリー・アローズ・キャピタルが所有していたNFTアートのオークションが開催され、1100万ドル(約15億円)弱の売り上げを記録した。また、ジェンダーバランスをめぐる問題で中断されるなどのハプニングはあったものの、今春行われたグリッチ・アートのオークション「Glitch: Beyond the Binary」も成功を収めている。ブハナはこう強調する。
「すでに昨年を上回る売上を達成しています。特に、ジェネラティブアートなど、特定のカテゴリーのマーケットにコレクターが集中しています。新たにダッチオークションを取り入れるのは、こうした需要に応えるのと同時に、新たな戦略として需要に応じた機能と販売形態を導入するためです」
サザビーズがコレクターの望むものを提供できたどうかは、7月下旬に行われるオークションの結果で明らかになるだろう。(翻訳:清水玲奈)
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