視覚障がいについてオープンな議論を! 「違い」を伝えるオランダの体験型ミュージアム

視覚障がいをテーマにした作品に点字用タイプライターの体験、暗闇の中のツアー。オランダのネイメーヘンにある「muZIEum」は、ミュージアムという空間を起点に視覚障がいについてのオープンな議論を生み出そうとしている。

Photo: muZIEum

視覚障がいがテーマの作品たち

オランダ南東部の都市ネイメーヘンに、視覚障がいについて学べる体験型のミュージアムがある。2012年にオープンした同館の名は、その名も「muZIEum」(ムージユム)。「ZIE」はオランダ語で「見る」を意味する。ディレクターのヘイリーン・フェアマーレンによると年間約42,000人が来館し、平日は会社の社員研修や学校での利用が多いという。

展示室でひときわ目を引くのは、アーティストのマーク・シュハースマによって制作された20人のポートレート写真、《マイン・ヘシヒト》(Mijn Gezicht)だ。同一人物の顔写真が2枚並んでおり、右側の写真にはデジタル加工がしてある。全体がぼやけていて表情が判別できない写真、左右の目の位置が上下にずれている写真、右半分だけが真っ暗になっている写真──。

 これは、「弱視」の見え方を再現したものだ。弱視は眼鏡やコンタクトレンズなどを用いても視力が十分に上がらない視力低下を指し、その見え方は人によって大きく異なる。《マイン・ヘシヒト》は、さまざまな見え方に加工した写真と元の写真を並列することで、弱視者の見え方を視覚的に伝える展示だ。パネルの下にはスピーカーがあり、被写体のストーリーが語られる。

《マイン・ヘシヒト》(私の顔)の展示風景。Photo: Maiko Sato

その奥に展示されているのは、ジョージ・コーボルとドレ・ディドゥリンスによるフォトシリーズ《ザ・コンタクト》。病気によって30歳前後で失明したコーボルが街を歩いているときの通行人の反応を、写真家のディドゥリンスが写真に収めた連作だ。振り返ってコーボルの動きを見つめたり、コーボルに全く気づかず歩みを進めたりと、その反応の違いが浮き彫りになる。

こうした作品のほか、展示室には視覚障がい者が使う拡大読書機や点字用タイプライターなどを実際に手に取れる展示も。タイプライターの脇にはアルファベットと点字の対照表があり、点字でメッセージカードも作れる。

ジョージ・コーボルとドレ・ディドゥリンスによるフォトシリーズ《ザ・コンタクト》の一部。Photo: Maiko Sato

暗闇や街中でのツアーも

展示と並んでmuZIEumの核となっているのが、屋内と屋外で実施されるツアーだ。

屋内のツアーは、視覚障がい者の生活や旅行を疑似体験できるもの。広さや詳細を視覚で把握できないほど真っ暗な部屋の中を、ガイドのバートの声と存在を頼りに、白杖を使いながら歩いていく。

例えばパリ旅行がテーマのツアーでは、白杖の先の感覚や手で物を触れた感触、そしてガイドによって楽しそうに語られるパリの情景を手がかりに、お店や観光名所を訪れる。ショッピングの際は、ブティックのハンガーにかけられた洋服を一点一点触りながらウィンドーショッピングをする。階段を降りた先には小舟があり、船の揺れでセーヌ川クルーズを体験できる。その後も、次々に観光名所を巡ったが、視覚が失われると日常的に行なっていた歩行や物を選ぶなどのこれまで強く意識してない動作に注意が向くようになる。

一方の屋外のツアーはVRゴーグルを装着し、白杖を持って街中を散策するもの。視覚に障がいのない晴眼者と弱視のスタッフが付き添い、周辺の状況を参加者に伝える。

VRの画面に映し出されるのは、弱視の状態で見た街の風景だ。上を見上げるとVRのメニュー画面が起動し、4種類の視覚に切り替えられる。例えば、弱視の症状のなかにはトイレットペーパーの芯を覗いた時のように、見える範囲が中心に限定される視野狭窄(きょうさく)がある。周囲は真っ暗なので、白杖を左右に大きく振らなければ周辺の障害物が確認できない。

実際に街を歩くと緊張する。自転車大国のオランダにおいては、特にサイクリストや無秩序に駐輪された自転車がネックになり得る。横断歩道を渡る際は、白杖を斜め前に突き出せばサイクリストは停車するそうだが、自転車が来ていないかどうかスタッフに何度も確認することになる。

展示やツアーによって「晴眼者に気づきを得てもらうことがミュージアムの目的のひとつ」とディレクターのヘイリーンは語る。ミュージアムでの体験が、例えば点字ブロックの上に自転車を駐輪しないように注意したり、ウェブサイトを制作する際には視覚障がい者にもわかりやすい設計にしたりといった行動につながるかもしれない。

Photo: muZIEum

オープンな議論のために

muZIEumがネイメーヘンに位置するのは、視覚障がい者向けに訓練やサポートを提供する非営利組織「Visio」が近隣に存在することが大きい。同館はVisioをはじめとする視覚障がいに関する機関と協力することで、雇用機会の継続とさらなる創出を目指している。オランダでは視覚障がい者の3分の2が職に就いていないと言われており、雇用と自立の促進のために設立された。

現在、muZIEumには40名以上の視覚障がい者が勤務しており、スタッフルームには大きな文字と色で設定されたパソコンや、盲導犬の待機場所があるなど、働きやすい環境が整備されている。同館は私設の財団によって運営され、政府や地方公共団体からの助成は受けていない。入場料やスポンサーからの寄付による収入がメインだ。

スタッフが研修を受ける際に最も大事にしているのは、「ガイド自身に障がいを受け入れてもらうこと」だとヘイリーンは説明する。不慮の事故や抗えない病気によって、視覚障がいを受容できない人もいるからだ。しかし、自分の障がいを受け入れることで、来館者とのよりオープンな会話につながる可能性がある。

ヘイリーンは、「晴眼者が、視覚障がいに対して疑問や好奇心を抱くのは当然のこと」と、視覚障がい者への興味を肯定する。視覚障がいの有無にかかわらず、障がいをあまり特別視せずに素直かつ気軽なコミュニケーションができれば、より良い理解につながるかもしれない。屋内ツアーで案内をしてくれたガイドのバートは、視覚障がいをもつ自分の家庭内での家事の役割分担やパートナーと出会ったきっかけなどもオープンに話してくれた。

概してミュージアムは、何かに対してひとつの明確な答えが示される場ではない。その一方で、性別や人種、文化、立場が違う人たちが集まり、出会い、異なる視点を共有する機会を生み出し、差異に対する想像力を深める可能性をもつ。

現代のミュージアムは、社会に必要とされる多様性をどのように体現するのか試されている。その意味で、muZIEumもまた、見ることや見えづらさを体験することで、多様な人を包摂し、理解し合う場をつくる役割を果たしているのだ。

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