サザビーズが幹部社員やNFTスペシャリストを解雇。6月のオークション結果に市場軟化の兆候
大手オークションハウス、サザビーズで社員の解雇が相次いでいる。その中には長年同社に勤務していた幹部社員も含まれているという。その実態と背景を取材した。
幹部社員やNFT関連スタッフが相次いで離職
6月28日、25歳のブライアン・ベッカフィコはツイッターに大文字で「LEAVING SOTHEBY'S(サザビーズを辞める)」と投稿した。大手オークションハウスの社員としてはいささか礼儀を欠く印象を与えるかもしれないが、サザビーズに1年弱勤務していたNFTのスペシャリストにとっては、ごく自然なことだった。Web3コミュニティの主な活動場所はツイッターなので、ベッカフィコはそこで発表しないわけにはいかなかったのだ。
ベッカフィコがUS版ARTnewsの取材に答えたところでは、6月中旬にサザビーズから今後パリでのNFTセールは行わないと通告され、同地のNFT部門責任者である彼のポジションはなくなった。
しかし、サザビーズから解雇されたのはベッカフィコだけではなかった。詳細は不明だが、US版ARTnewsが接触した2人の元社員によると、4月以降、少なくとも10人の幹部社員が解雇されたほか、この1年で、同社のWeb3プラットフォーム「メタバース」などNFT販売部門のスタッフが少なくとも4人(ベッカフィコとは別のNFTスペシャリスト1人を含む)離職したという。その結果、サザビーズのNFT関連スタッフは半減し、NFT販売に携わるスタッフは3人だけになったと見られる。その3人とは、現代アートのスペシャリストでデジタルアートとNFTの責任者であるマイケル・ブハンナ、プレセールコーディネーターのデイヴィス・ブラウン、そしてもう1人のスタッフだ。ある情報筋によれば、パリオフィスだけで10人のスタッフが解雇されたという。
また、複数の情報筋によると、解雇された幹部社員にはサザビーズで約15年、サザビーズ・メタバースに約2年勤務したジェネラルマネージャーのジェイミー・ダーキン、2004年にインターンとして入社して以来、20年近くサザビーズで働いてきたバイスプレジデント兼クライアント・エクスペリエンス・ディレクターのモーリー・C・ベリーが含まれる。
記事公開の時点で、ダーキン、ベリー両者のコメントは得られていない。サザビーズ側は具体的な人事についてのコメントは避けたが、人件費に関する理由での離職があったこと、そしてNFT関連業務の一部が他と統合されたことを認めた。また、成長分野の職種については、積極的な人材募集を行っているとしている。ただし、成長分野が何かは特定されなかった。
NFT低迷と景気後退の中、新たな動きも
サザビーズのNFT関連事業縮小が目立つ背景には、NFT業界自体の凋落がある。実際、暗号資産の価値は、2021年のピークから3分の1近くにまで減少した。とはいえ、6月中旬にサザビーズは、経営破綻した暗号資産ヘッジファンド、スリー・アローズ・キャピタルが所有していたNFTアートのオークションを成功させ、事前予想の2倍以上となる1100万ドル弱(約15億円)を売り上げた。また、アートブロックス(Art Blocks)と提携し、競り下げ方式のダッチオークションを導入した新プロジェクト「Gen Art Program」の立ち上げを発表。ジェネラティブアートのパイオニア、ヴェラ・モルナールのシリーズ作品のセールを皮切りに、間もなくプロジェクトをスタートさせる予定だ。
ベッカフィコは、サザビーズがパリでのNFT事業を閉鎖したのは、フランスにおける新たな課税制度と暗号資産に対する規制強化が理由で、パリオフィスはニューヨークや香港と比べて競争力がなくなったとの見方を示している。しかし、サザビーズがNFTから完全に撤退しようとしているわけではないとも強調し、こう述べた。
「サザビーズ・ニューヨークは、スリー・アローズ・キャピタルのオークションやGen Art Programの立ち上げなどでフル回転しています。ただ、私が知る限り、全ての部門で人員を削減しています」
しかし、ダーキンやベリーのような幹部社員の離職の理由は推測が難しい。サザビーズは6月に、ニューヨークを象徴する建築の1つであるマルセル・ブロイヤー設計のビルをホイットニー美術館から買い取ると発表したばかりだ。一方、エコノミストや大手投資企業などは、高金利やインフレで景気は下り坂だと警告しており、今年に入ってほとんどの主要産業でレイオフの動きが広がっている。アート投資プラットフォームのマスターワークス(Masterworks)や、オンラインアート販売のアーツィー(Artsy)でもレイオフが行われるなど、アート業界にも景気後退の波は及んでいる。
不調に終わった6月のオークションと人員整理の広がり
オークションの動向についても、ニューヨークとロンドンで最近行われたセールでは市場の軟化が見られ、一部には「調整局面」に入ったとの見方もある。事実、6月末に行われたクリスティーズ・ロンドンの20世紀・21世紀イブニングセールでは、ほとんどのロットが予想最低落札価格以下かそれに近い水準での落札となった。また、ロンドンの夏のオークションウィークを締めくくるフィリップスの「20世紀から現在へ」セールの売上総額は、900万ポンド(約16億5000万円)にとどまっている。このオークションでは、5つのロットが出品取り下げとなり、18ロットが不落札、複数の高額作品が予想最低落札額を下回る結果に終わった。
一方、サザビーズの6月のオークションでは、グスタフ・クリムトの《扇を持つ貴婦人》(1917-18)が手数料を含む総額8530万ポンド(156億円)で落札され、欧州の美術品オークション史上最高額を樹立した。とはいえ、US版ARTnewsが発行するニュースレター「On Balance」でも6月にリポートされていたように、ロンドンのオークションでは最近の注目アーティストによる作品の予想落札額の多くが数年前のオークションでの落札額以下で、中にははるかに下回る金額のものもあった。
さらに、サザビーズ以外にも人事面で大きな動きがあった。ニューヨーク、ロンドン、香港に拠点があるフィリップスは、アメリカ西海岸での戦略を見直し、7月初めにサンフランシスコとシアトルで太平洋岸北西部の顧客対応を管理していた上級職の2人を解雇した。元太平洋岸北西部地域ディレクターで、今回解任された2人のうちの1人であるシルビア・コックス・ウォルトナーは、リンクトインへの投稿で、同社は今後、ロサンゼルスを中心に西海岸の事業を運営し、「主要市場にオフィスを集約する」と述べている(ウォルトナーは、US版ARTnewsの取材要請に応じなかった)。フィリップスの担当者はUS版ARTnewsに対し、今回の体制変更は西海岸事業のロサンゼルスへの集約の一環だと答えた。
同社の地域業務に詳しい情報筋は、今回の人事が社内の不協和音の表れだとの見方を否定している。また、あるフィリップスの元社員はUS版ARTnewsに対し、一般的に売り上げが少ない春のシーズンを前に「出品作品の獲得は以前より厳しかった」としながらも、事業全体への影響は大きくないとし、「顧客は騒動に惑わされない」と語った。フィリップスの担当者はコメントを避けた。(翻訳:清水玲奈)
from ARTnews