テート・ブリテン恒例のクィアの祝祭をレポート! 美術館を「あらゆるアイデンティティが歓迎される環境」に【エンパワーするアート Vol.3】

これまでとは異なる物事の見方を教えてくれるアートの力を借り、社会をより良い方向に進めようとする取り組みが生まれている。ロンドン在住の清水玲奈が伝える連載「エンパワーするアート」第三回は、テート・ブリテン美術館が毎年恒例で開催しているLGBTQIA+の祝祭「Queer and Now」について。

Photo: Tate Photography - Jordan Anderson

6月のプライド月間に合わせて、ロンドンのテート・ブリテン美術館では、LGBTQIA+のアートとカルチャーをテーマとした恒例のイベント「Queer and Now」が開催された。

このイベントが始まったのは2017年。同じ年にテート・ブリテンで英国の近代美術史におけるクィア・アートをテーマに開催された展覧会「Queer British Art 1861-1967」を記念してのことだった。同年のロンドンのプライド・パレードと同じ日に行なわれた「Queer and Now」は、伝統的な美術館ではまだ珍しかった「LGBTQの祝祭」として脚光を浴びた。

その後のコロナ禍でのオンライン開催を経て、2023年は5年ぶりにリアルでの開催。32のイベントが全て入場無料で実施され、過去最大の規模となった。

Photo: Tate Photography - Jordan Anderson

LGBTQIA+を歓迎する祝祭

テート・ブリテンは今年、常設展の大規模な展示替えを実施したばかりだ。5月23日に公開された新たな展示では、現代アート部門で男女比を半々にするなど、白人男性中心主義の美術史に沿った展示が改められている。「Queer and Now」では、この新たな常設展をクィアの視点から鑑賞するガイドツアーが4回開催され、受付開始と同時に満員になるほどの人気を見せた。

ほかにも同館で開催中のアイザック・ジュリアン展ロセッティ展に関連したトークやクィア・アートにインスピレーションを受けた作品を作るワークショップ、朗読会も開催されたほか、日中は展示ギャラリーを練り歩くパフォーマンス・アート、夜は人気のクィアD Jによるクラブイベントと盛りだくさんの1日だ。

テートはこのイベントについて「幅広い多様性を持つLGBTQIA+の人たちを歓迎する大胆で祝祭的な一日」と説明する。「来場者、美術館スタッフ、そしてすべてのパートナーにとって安全で、包括的で、尊敬に値するスペースを維持することを何よりも重視しています」と、ステートメントでは語られている。「スタッフはバイブス・チェッカー(Vibes checker/場の雰囲気を管理する係)として機能し、すべての来場者が自由に参加し、体験を楽しめるように努めます。排他的な言動を耳にした場合、不快に感じる状況に遭遇した場合、または静かなスペースを見つける必要がある場合、いつでも声をかけてください」

夜は「Queer Joy」と題して18歳以上対象のDJイベントやクラブナイトが行われ、会場は普段の美術館とは少し違った熱気に包まれた。Photo: Tate Photography - Jordan Anderson

「クィア・アート」とは何か?

企画を担当したのは、テートのキュレーター、ジェニファー・シアマンとE・J・スコットだ。ふたりは「クィア・アートの定義はひとつではありません」と語る。

確固たる定義がない中で「Queer and Now」が対象とするのは、「LGBTQIA+のアーティストによって作られたアート、またはクィア文化の紹介や歴史の再発見につながるアート作品。具体的には、LGBTQIA+の人々やストーリーをテーマとする作品や、あるいはクィア・カルチャーの一部であると解釈できる作品」であり、その中身は幅広いという。

「2017年以来、異なる世界情勢に対応し、LGBTQIA+の人々にとってその時々に最も差し迫った問題に取り組む努力を重ね、多くの観客を集めて好評を博してきました。クィアのコミュニティが集い、祝い、つながり、議論するための安全な場を提供できていると思います」とふたりは話す。またイベントの意義についても「プライド月間に合わせて、クィアのアートと文化のためのスペースを一貫して設けることで、クィアがアートや文化全般に果たしている貢献に光を当てることです」とした。

Photo: Tate Photography - Jordan Anderson

クィアの視点で見る常設展

プログラムの中で人気を集めたのは、常設コレクションの一部をクィアの視点から解説するガイドツアーだ。「Queer Collection Tour: 1890-1945」は、近代イギリス美術を専門で普段からクィアに関連したアートの紹介に取り組んでいるアシスタント・キュレーター、トーマス・ケネディがガイドを担当。19世紀末から第二次世界大戦中まで活動したクィア・アーティストたちの作品とそこで描かれた人物に焦点を当て、グウェン・ジョンやダンカン・グラント、ニーナ・ハムネット、グラックなどの作品を通して、イギリスで同性愛が違法だった時代のセクシュアリティ、ジェンダー、人種、政治について語った。

またこのツアーとは別に、6人のクィア・コミュニティーのボランティアガイドがリレー形式で1点ずつ好きな作品について解説するガイドツアー「Queer Relay」も行なわれた。あるガイドが紹介したのは、ヨハン・ゾファニーの絵画《Colonel Mordaunt’s Cock Match》(1784-6頃)。18世紀インドで栄えたラクナウで1784年に行われた闘鶏の様子を描いた作品だ。鶏のオーナーは地元の権力者でアワド太守だったアーサフ・ウッダウラと、イギリスの東インド会社の駐在員でアーサフの護衛長を務めていたジョン・モードーント大佐。イギリス人もインド人も混じり合って闘鶏を見守っている。

ガイドはラクナウに遷都したことで国際的な文化と芸術の都市を作りあげたアーサフの功績に加え、アーサフがジェンダーも国籍も様々な愛人を多数抱えていた事実にも触れ、19世紀にイギリスの植民地支配によって失われる前のインドのダイバーシティや、ノンバイナリーであるインドのシヴァ神信仰に見られる自由な思想をたたえた。

また別のガイドはヘンリー・ムーア(1898〜1986)のブロンズ彫刻《King and Queen》(1952-3, cast 1957)を取り上げ、エリザベス女王の戴冠式と同時期に「男性である王と女性である妃」のカップルの彫刻を作り上げたヘンリー・ムアの意図をどう読み取れるかについて、鑑賞者たちに問いかけた。この日のツアーには、このほか時代もテーマも幅広い作品が登場した。

また展示作品とは別に、「Discover LGBTQIA+ art at Tate through drawing and conversation(テートのLGBTQIA+アートをドローイングと会話を通して発見する)」と題したワークショップも開催された。テートが所蔵していながら過去にほとんど展示されていなかったクィア・アーティストによる絵画や書籍をもとに、クィア・アーティスト、特にその中でも非白人のアーティストによるコレクション全体の作品に触れるこのワークショップは、仮想の「クィア美術館」をキュレーションするという試みなのだという。

テート・ブリテンのアシスタント・キュレーター、トーマス・ケネディによるガイドツアー。Photo: Tate Photography - Jordan Anderson

自分のアイデンティティを見出せる

「Queew and Now」の開催日、テート・ブリテンの建物の屋上には「インターセックス・インクルーシブ・プライド・フラッグ」がはためいていた。2021年にこれをデザインしたのは、インターセックス主導の組織であるIntersex Equality Rights UKの創設者で、アーティスト、作家、プレゼンター、パブリックスピーカーとしても活躍するヴァレンティノ・ヴェッキエッティだ。

2021年にヴェッキエッティがデザインしたこの旗 はたちまち国際的に拡散され、新しくより包括的なプライド・フラッグとしてインターセックスの認知度を世界的に高めるきっかけとなった。ヴェッキエッティは、インターセックスであり、レズビアンの性的指向を持ち、移民2世でもある。「テート・ブリテンに掲げられた旗を見ると、エンパワーされるのを感じる」と語った。

美術館における伝統的なジェンダーの扱いについて、ヴェッキエッティは医学界の言説と比較しながらこう語る。「過去の美術館では、歴史の解説において、私たち全員を支配する権威的な物語を作ろうとする姿勢が感じられました。学界にも、インターセックスの身体を持って生まれた私たちの生き方を権威で支配しようとする言説があります。私は、両者には関連性があると考えています。男性か女性の身体しか存在しえないという考え方に適合するように、私たちの身体を変化させようとする考え方です」

ヴェッキエッティはこの日開かれたトーク「WHAT DOES A GENDER QUEER MUSEUM LOOK LIKE?(クィア美術館はどんな美術館になる?)」にも登壇し、テート・ブリテンの新たな常設展を評価し、館内を鑑賞した感想を感慨深げにこう語った。「美術館で自分自身のアイデンティティを見出せるのは、本当にすばらしいことです。さまざまなアート作品が、私に語りかけてくるのを感じます。過去の時代の作品も、新しい文脈で見ることができるのです。自分がきちんと認められていると感じ、新しいアート作品と力強くつながる体験ができました」

ロンドンのウェルカム・コレクション、ビショップスゲイト・インスティテュート、ロンドン・メトロポリタン・アーカイブスの3つの博物館、機関によってロンドンのクィアの歴史を振り返る展示とワークショップも開かれた。Photo: Tate Photography - Jordan Anderson

年1回のイベントから次のステップへ

来場者には、同性カップルや鮮やかなヘアメイクやファッションで決めたクィア・コミュニティーのメンバーに加え、テートの常連らしい中年夫婦や家族連れの姿も少なくなかった。

一部のトークや夜のDJイベントは年齢制限が設けられたが、日中はファミリー向けのイベントが多数行われた。中でも子どもたちに人気だったのが、ロンドン在住の若手アーティスト、ジェシー・マクローリンの主導で行われたワークショップだ。子どもたちは、言葉を素材として用い、壁一面を使ってコラージュを作る体験を自由に楽しんだ。

マクローリンは「世代の壁を超えた作品は、学際的なアートの実践と同じように、世界やアートを新しい視点で見るための刺激的な機会を提供してくれます」と語る。今回企画したワークショップは、1980年代〜90年代にかけて、主にロンドンのゲイコミュニティで使われていた歴史的なクィアの言語「ポラリ」にインスピレーションを得たという。同じ会場にはクィア・アーティストたちが複数参加し、子どもたちは服装や音楽も使って、ジェンダーにとらわれない自己表現を実践した。

マクローリンは、自分が小学生だった90年代ロンドンを振り返る。「当時、非白人やクィア、労働者階級のアーティストは、経済的に生計を立てるチャンスがほとんど与えられていませんでした。だから、私が小学生の遠足でテートに来ても、そうした少数派のアーティストの作品は見られなかった。それから状況は変わりましたが、変化は急進的というにはほど遠いのが現実です」。年1回のイベントだけでは限界があると批判する。「テートはそれを知っていて、展示のキュレーションやプログラムに反映させ始めているのでしょう」

それでも、「Queer and Now」については高く評価している。「やはりすばらしい祝祭で、今年も開かれたことをうれしく思います」。マクローリンが「Queer and Now」に参加するのは今回が3回目だ。テートのスタッフが過去のイベントの体験を踏まえて、参加型と鑑賞型のプログラムをバランスよく用意し、静かに休める休憩室を設けるなど、どんな人にとっても参加しやすい工夫をしていると感じている。「そのおかげで訪れる人も、思慮深さ、注意深さと同時にエネルギーをもってイベントに積極的に参加できていると思います」

ジェシー・マクローリンの主導で行われたワークショップ。Photo: Reina Shimizu

美術館という場だからこそ

前述のテートのキュレーター、シアマンとスコットは、単発のイベントで終わりにするのではなく、子どもたちを対象としたLGBTQIA+の歴史についてのプログラムを作り、イギリスの芸術や文化についての学習を継続的にサポートしたいと説明した。その背景には、アイデンティティを見つける過程にある子どもや若者こそが、「あらゆるアイデンティティが歓迎され、祝福される環境」を必要としているという認識があるという。

「Queer and Nowにインパクトがあるからこそ、すべての年齢層を温かく迎えています」と強調する。「美術館は多様な家族を招き入れ、誰も排除しないようにすることができるし、そうしなくてはなりません。私たちのファミリープログラムは世代を超えたもので、子どもだけでなく、親や保護者にも世代を超えた交流、遊び、創造性、学習に関わってもらえるように常に心がけています。テートはこれからも、LGBTQIA+の家族を受け入れることを目的としたプログラムを継続的に提供していきます」

クラブでもプライド・パレードでもなく、美術館で行なわれる無料のイベントだからこそ、子どもから高齢者まで誰もが気軽に参加できる。そして、アートを通して気軽にクィアの人たちと会話し、その文化や思想に出会うことができる楽しいひとときを過ごせる。

こうしてアートや社会において、これまで見えない存在にされがちだったLGBTQIA+の人たちが果たしてきた役割についての認識が広がれば、クィアにとってもそうでない人にとっても、豊かな文化と社会を築くためのきっかけになるはずだ。

Text: Reina Shimizu Editor: Asuka Kawanabe

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